お姫様ごっこ


ヒナタの誘いに応じ、気軽に彼女の家を訪問する約束をしてしまったことを、サクラは半ば後悔していた。
絢爛たる門構えに入る前から萎縮していたサクラは、広大な敷地面積を持つ屋敷に、さらなる緊張を強いられている。
名家だとは聞いていたが、ここまでとは予想していなかった。

「普通にしてて良いのよ」
ヒナタは朗らかに言ったが、両端に使用人達がずらりと並ぶ廊下を歩き、普通になどしようがない。
まるで大手百貨店の開店時の光景だ。
値踏みするような視線を痛いほど感じる。
「あ、あのさ、この人達ずっとこうしているの」
サクラは彼らを指し、おずおずとした声を出す。

「嫌なら下がらせるけど」
ヒナタが手を打つのと同時に、恭しく控えていた者達は全員姿を消した。
煙のように。
まるで、手品を観ているようだ。
目を丸くして唖然としているサクラに、ヒナタはにっこりと笑いかけた。
「行こう」

 

当然なことに、案内された彼女の部屋はゆうに20畳以上はあると思われる広さだった。
調度品も、高価な作りの物が揃っている。
ヒナタ専用だというこの棟だけでうちの家の何倍くらいあるのか、というサクラの計算は途中で放棄された。
答えが分かってもむなしくなるだけだと気付いたからだ。

「ヒナタってお姫様よね」
サクラは高い天井を見上げながらしみじみと言う。
「羨ましいわ」
先ほどから、ヒナタが一声かけるだけですぐに人がやってくる。
下にも置かない歓待を受け、サクラは感慨深げにヒナタを見詰めた。
たぶん、ヒナタは毎日このように丁寧に扱われているのだろう。
「そんなにいいことでもないのよ」
「でも、いいなぁ」
衣食住に困らないとはいえ、一般的家庭に育ったサクラには皆に傅かれるヒナタの生活が非常に眩しく映るらしい。
しつこく「羨ましい」と繰り返すサクラに、ヒナタはクスリと笑う。

「私がお姫様なら、サクラちゃんもお姫様だと思うな」

 

 

「どういう意味かしら」
翌日、いつも通りに任務地に向かうサクラは、ヒナタの言葉を思い出していた。
ヒナタのように、呼べば現れる従者がいるわけではない。
家にお金が有り余っているわけではない。
それならば、ヒナタの言う「お姫様」とは、一体何を意味しているのか。

「サクラ、前」
「え?」
ふいにかけられた声に反応する間もなく、サクラはその場で転倒した。

考えごとをしながら歩いていたサクラはうっかり道端の石段を見逃していた。
サクラは地べたに座り込んだまま、動く気配がない。
「おいおい、大丈夫か」
「・・・大丈夫」
無駄だったが、忠告をしてくれたカカシにサクラは引きつった顔で応える。

 

足をひねった瞬間に感じた激痛。
サクラが思うに、靱帯が切れている。
本当は泣きたいぐらい痛いのだが、滲んでくる涙を必死でこらえた。
忍らしからぬ不注意に、情けなさがこみ上げてくる。
こらから任務に向かうというのに、とんだ失態だ。

「さ、先に行ってて。すぐに追いつくから」
サクラは何とか怪我を悟られまいと無理に平静を装うのだが、あまり功を奏さなかった。
サクラ以外の7班の面々は、互いの様子を窺うように視線を合わせる。
皆一様に、どうしたものか、という顔。

彼らの中で、一番に行動を起こしたのはサスケだった。
「ほら」
いかにも、渋々といった様子でサクラに手を差し出す。
「一人じゃ立てないんだろ。医者に診て貰え。肩貸してやるから」
照れ隠しなのか、いつも以上につっけんどんな物言いだ。
思わぬことに暫し呆然とその手を眺めていたサクラは、サスケの咎めるような視線に気付き、慌てて手を伸ばす。

だが、その掌に触れるか触れないかというときにサクラの視界からサスケが消え、彼女の手が空を切った。
「え、あれ!?」
そのまま地に手を付いたサクラはわけが分からず首を巡らす。

 

サクラの傍らには、言い争うサスケとナルト。
「あの、ちょっと・・・」
サクラが声をかけるが、二人はまるで聞いていない。
ナルトが、サスケの胸ぐらを掴んで何やら文句を言っている最中だ。
「抜け駆けしようったって、そうはいかないってばよ。サクラちゃんを病院に連れて行くのは俺だ」
「何言ってるんだ、この馬鹿」
「誰が馬鹿だ!!」
「お前だ」
あくまで冷静な口調のサスケに、ナルトは逆に熱くなっている。

「・・・お前のせいだぞ」
ふいに視線をそらし、サスケはぼそりと言った。
いきり立っていたナルトは、サスケのその言葉で我に返る。
「あれ?」
見ると、先ほどまで傍らで座り込んでいたサクラが、忽然と消えている。
カカシの姿も。
「馬鹿が」
吐き捨てるようなサスケの呟きはナルトの胸に深く突き刺さっていた。

 

 

「ちょっと先生」
「何?」
「病院に連れて行ってくれるのは有り難いけど、任務はどうするの。私、一人で大丈夫よ」
カカシの腕に抱えられながら、サクラは心配げに声を出す。

下忍が一人抜けたところでさほど任務に支障はきたさないだろうが、担当の上忍がいないのでは、全く話しにならない。
俯いて暗い顔をしているサクラに、カカシは苦笑をもらす。
「サクラを病院に連れて行かないことには、ナルトもサスケも心配で任務なんて手が着かないと思うよ。もちろん俺も。だから、サクラが優先でいいんだ」
「え?」
「サクラは7班のお姫様だからね」
カカシの言葉に、サクラはハッとなった。

お姫様。
ヒナタの言う「お姫様」とは、7班でのサクラの立場を指していたのか。

ヒナタの家の従者とは違って、仲間。
だけれど、そこには雇う側と雇われる側といった利害が絡むこともなく。
怪我をしたサクラを、それぞれ真から心配してくれていた。

 

「えへへ」
「何?」
急に微笑を浮かべたサクラに、カカシが怪訝な顔で問いかける。
「何か、こういうのも悪くないなぁって」
サクラはカカシを見上げ、嬉しそうに言った。


あとがき??
カカシ先生、さりげなく抜け駆けです。(笑)
というか、転ぶ前のあの忠告といい、先生、サクラのことよく見てますね。ハハ。
日向家の描写はいいけげん。こんなんじゃないと思われますが、お姫様なヒナタにしたかったので。

僅かな段差で靱帯切ったのは私です。
休日の朝、イベントに行く約束をしていた出掛けだったので、湿布貼ってそのまま会場に直行しました。
靴がはけないほど足が腫れていたのに、帰りにカラオケまで行ってしまいました。(馬鹿)
さすがにその後の映画は断ったけど、暫く足引きずってましたわ。

切れた瞬間、ブチッって音が聞こえたのを覚えている。
あと、目の前を星が飛んだ。よく漫画等で描写される、殴られて星が飛ぶ古典的な絵はマジなんだと初めて知りました。


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