強く儚い者たち A


雨は降り続いている。

ようやく小降りになった雨だが、雲はいまだ鬱蒼と空を包んでおり、いつまた本降りになるか分からない。
近くの家々で必要最低限なやり取りを終えると、村民は各自の住処へと散っていく。
そんな中、群れ集う村人達に混じりカカシは密かに聞き込みをした。

サクラが身を置いている家庭は、何の波風もない幸福な家庭のようだった。
仲の良い夫婦に、まだ幼い娘が一人。
家には身よりのない遠戚の子供を引き取る余裕まである。
少々聞きかじった程度だが、その家の悪口を言うものは一人もいなかった。
およそ、悪事とは縁遠い人々。
またカカシの目から見ても、主人は善人以外の何者でもない福々しい人相をしていた。

「おかしいなぁ・・・」
カカシは途方に暮れたように声を出す。

 

お世話になっているのだからと、7班は各自寝泊りをしている家で手伝いをしている。
だが、家に閉じこもる生活の中でできることは高が知れており、おおよそは自由の身だ。
7班の面々はたびたび顔を合わせるが、額当てをはずしたままのサクラは、目に見えてやせた。

気遣う言葉をかけても、彼女は「平気」だと言って笑うだけだ。
気の強いサクラのこと、世話になっている家で不当な扱いを受けているのならすぐに表だって非難の言葉を言うだろう。
しかし、サクラは沈黙を守っている。
その様は、痛々しくさえあった。

このままでは埒が明かないと感じたカカシは、そのまま、サクラの滞在している家へと向かう。
雨足は朝に比べ、いくぶん強まったように思えた。

 

 

カカシの姿を見るなりサクラを呼びに行こうとする夫婦を引き留め、事情を聞き出す。

「こちらも心配してるんです。お預かりしているお嬢さんに何かあったら大変ですから」
「食事はちゃんと取っているんですが、顔色が冴えない様で」
人の良さそうな夫婦は顔を見合わせて不安げな顔をして言った。
彼らもサクラの元気がないことは察しているようだった。

二人の言葉に嘘はない。
長年の経験から、カカシにはそれが一目で分かる。
そして、夫婦に何か隠し事があることも。

「でも、原因に心当たりはありますね」
カカシは単刀直入に聞く。
夫婦は全く同時に、表情を曇らせた。

 

 

流しに、雨以外の水音。
出しっぱなしにした蛇口からは、水が勢いよく流れ出している。
洗面台に手と付いたまま、サクラは苦しげな息を繰り返した。

夫人の心遣いの料理を、サクラは全て吐きだしてしまっていた。
胃袋には胃液しかないというのに、治まらない嘔吐感。
口端ぬぐうと、サクラは崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。

陶器製の冷たいタイルの床が、その場所に面した肌の温度を奪っていく。
だが、冷ややかなその感触が今のサクラにはやけに気持ちよく思える。
流れ落ちる水と一緒に、このまま溶けてしまったらもっと気持ちが良いかも知れない。
サクラは頬を緩めると、力無く笑った。

 

しとしとと、一定のリズムで雨樋を伝う雨音。
背後の壁に寄りかかり、目をつむるとより鮮明に雨の気配を感じる。

思考が深いところへと沈む中、ふいに。
すぐ耳元で聞こえた。
耳の奧にこびりついて離れない、暗い声が。

 

ヒトゴロシ

 

サクラは今まで、あれほどまでに強烈な憎しみをぶつけられたことはない。
自分を睨みつける、怒りに燃えた瞳。
思い出しただけで、鼓動が早まる。
傷がずきずきと鈍い傷みを伝え、サクラは顔をしかめた。

額の痣はすでに目で立たなくなってきている。
今サクラを苛んでいるのは。
心の方の傷だった。


あとがき??
再びやばい。暗い部屋に置くべきだったか。(汗汗)
雷波少年の企画「ラストツアー」を観てるときに浮かんだ話なんですけどね。
あれも後半はなかなか辛い旅だった。(カズにとって)

カップリングはないですが、どちらかというとカカサクっぽい話。
カカシ先生がいろいろと動いてくれるので。
あくまで部下を思いやる上司といった感じですが。


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