袖引き


見たこともない、綺麗な場所だった。
花は咲き乱れ、綺麗な音楽が流れ、空気は澄んでいる。

そこで、カカシはすることもなくぼーっと座っていた。
ここがどこなのかも分からず、何をすればいいのかも分からない。
ただ、居心地のいい場所だと感じるだけだ。

 

 

「よぉ」
ふいに声を掛けられ、カカシは振り返る。
見ると、すぐ隣りに見知った顔の男が立っていた。

「おお」
何となく答えてから、思い出す。
彼が、2ヶ月ばかり前に死んだという話を。
だけれど、そんなことはどうでもいいような気持ちだった。
とにかく、最高に良い心持ちなのだ。

 

「お前、死んだんじゃなかったの?」
「お前もだよ」
すげなく言われ、カカシは少しだけ目を見張る。
「マジ!?」
「ここをどこだと思ってるんだよ。あの世とこの世の中間地点だぞ」

言われて、カカシは周囲を見回す。
確かに、これは現世ではあり得ない光景のように思える。
それにいつになく浮いた気持ちなのは、場所だけでなく、魂が体から離れているせいかもしれない。

「・・・・はぁ。そうか」
何となく納得してカカシは頷く。
死後の世界というのが、ここまで綺麗なものだとは想像だにしなかった。
こうした場所ならば、どんな極悪人でも浄化されて心を入れ替えることだろう。

「知った顔が見えたからよ。わざわざ迎えに来てやったんだ」
言いながら彼は光の強まった場所を指差す。
「あっちはもっといいところだぞ」
たぶん、その先は生者の入り込めない世界。
ここよりもいい場所、という言葉に、カカシは反応する。

 

 

導かれるままに立ち上がったカカシのその足は、一歩も動かずに止まった。
驚いて視線を向けると、自分の体を掴んでいる子供達の手。

傍らに、サクラがカカシの右腕を引いて立っていた。
その反対側にナルトが、そしてサスケもカカシの服の裾を掴んでいる。
何か言葉を発するわけではなく、彼らはただ訴えるような眼差しでカカシを見詰めている。
声はなくとも、それだけで十分に気持ちは伝わってきた。

 

 

「・・・悪い。俺、やっぱり戻るわ」
「誰だ、これ」
「俺の大事な子供達」
頬をかきなら、カカシは照れくさそうに言う。
カカシを迎えに来た彼は、目を丸くしてカカシを見詰めた。
「お前も、随分と腑抜けになったもんだな。あの写輪眼のカカシが」
「うん・・・」

それは、カカシは自分でも分かっている。
昔は任務とあらば女子供構わず殺めたものだ。
だけれど、今、同じことをしろと言われれば、カカシはきっと躊躇する。
下忍達と過ごした日々は、カカシに確実な変化を与えていた。
そんなカカシを、過去を知るものは甘くなったと言うだろう。

 

「でもさぁ」
生徒達の頭に手を置いたカカシは、穏やかな口調で続ける。
「こうした気持ちがなきゃ、生きててもしょうがないんじゃない?」
生徒を見詰めるカカシの表情は、愛情に満ちている。
彼が知らないカカシの顔が、そこにあった。

「・・・お前は俺と同類だと思ってたのにな」
どこか寂しげな声音に、カカシは微笑して応えた。

 

 

 

 

目を開けると、病室と思われる天井とカカシを囲む下忍と知り合いの忍びの姿。
自分が致命的な怪我を負って倒れたことが、急速に思い出される。

 

「先生!」
顔をしかめたカカシに、ナルトが大きく呼び掛けた。
その声が体に響き、カカシの顔は一層苦しげになる。
ゆっくりと動かした手を、カカシは下忍達に向けて呟いた。

「お前らな、あんまり強く引っ張るなよ。おかげで痛い思いをしなきゃならなくなっただろ」
「へ?」
一番近くにいたナルトが、気の抜けた声を出す。
傷がうずくのか、カカシは呻き声と共に目を瞑った。
「せっかく楽になろうと思ったのに・・・・」

それからカカシは再び意識を失う。
医師によると、絶対安静な状態だが、峠は越したとのことだった。

 

廊下に出た下忍達は顔を見合わせた。
カカシの残した意味不明な言葉が、気に掛かる。

「・・・カカシ先生のあれは、何のことだろう?」
「さぁ」
首を傾げるナルトとサクラ、そして眉を寄せるサスケ。
彼らは自分達の祈りがカカシをこの世界に引き戻したことを、全く分かっていなかった。


あとがき??
カカシ先生を引き留める下忍達を書きたかったのです。
ハリー部屋にある『黒と白』の対の話なんですが、雰囲気がちょっと違うかも。
究極な状況に追い込まれたときの生死の境目ってのは、やはり、待っていてくれる大事な人がいるかどうかだと思います。
忍びのような危険な仕事は、よけいに家族がいた方が良いと思いますよ。
カカシ先生、早くサクラを嫁にもらって下さい。(笑)

ああ、そうだ。
この話にかぎり、カカシ先生の声は辻谷耕史さんで読んで下さい。
辻谷さんというと、今は『犬夜叉』の弥勒様の声なのかな。
私にとっては、永遠にタイラー艦長ですよ。
タイラーは原作もTV版も大大大好きです。


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