遥かなる
桜の花が綻び始める三月、日向宗家に女児が誕生した。
ヒナタに続く次女。
嫡子であるヒナタの力量に見切りをつけていたヒアシは、彼女の誕生を殊のほか喜んだ。祝いのために訪れた屋敷で、ネジはもう一人の宗家の娘を捜して歩いていた。
能力が劣ると家中で噂されているとはいえ、宗家の血を引く人間。
分家の身として、彼女に挨拶をせずに辞去するのは気が咎めた。
「鯉、お好きですか」
背後から問われ、水面を見つめていたヒナタは振り返る。
ネジの姿を見つけるなり、ヒナタは淡く微笑んだ。
「はい。それに、水を見ていると落ち着くんです」
ネジは池の近くに佇むヒナタに歩み寄る。私有地であるこの池には日向家の者以外が立ち入る事が出来ない。
それゆえ警備も緩みがちで、周りに二人以外の気配はなかった。
「ヒアシ様のお側にいなくても、いいのですか」
「・・・・」
「ハナビ様を、お嫌いなのですか」
ネジの口から出た名前に、ヒナタは激しくかぶりを振る。
「いいえ、嫌いなはずがありません。私の妹ですもの。ただ・・・・」
ヒナタの声は、途中で力なく途切れる。振り向いたネジは、じっとヒナタの言葉の続きを待つ。
その視線を強く感じ、ヒナタの瞳が、僅かに揺れた。「居場所がなくて」
池の鯉が跳ね、水面に波紋を作る。
その方角へ目を向け、ヒナタは再び口を開いた。「私、我が侭なんです。父を、取られてしまったような気がして」
無理に微笑んだヒナタの瞳から、ふいに涙がこぼれ落ちる。
そのことに、ネジよりも、ヒナタ自身が驚いた。
ネジの優しい眼差しと声に、自然と気が緩んでしまっていた。「ご、ごめんなさい」
慌てて目元を擦るヒナタに、ネジは無言になる。
その肩に触れて、慰めてあげたいと思うのに、宗家に対する気持ちがそれを拒む。
ネジはヒナタから目を逸らすと、掌を強く握り締めた。
ヒナタは以前から気付いていた。
自分に、日向宗家を治めるだけの能力がないということを。
才覚のないヒナタを頼りなく思う者は、家中にも大勢いる。
それでも、父が側にいてくれるかぎり、頑張れると思った。
ハナビの存在は、そうしたヒナタの心の支えを崩すものだ。ハナビの誕生を嬉しく思うのに、心に芽生えた寂しさを、拭うことが出来ない。
ハナビから片時も離れない父を、恨めしく思ってしまう。
そんな自分があさましく、ヒナタは激しい自己嫌悪に陥っていた。
「ごめんなさい。こんな話、誰にもできなくて」
「ヒアシ様は、ヒナタ様のことも大切に思われていますよ」
ハッとして顔を上げたヒナタに、ネジはハンカチを差し出した。
「今は、新たに誕生した娘に夢中になっているだけです。時が経てば、またヒナタ様へ目を向けられますよ」「・・・・有難う」
ハンカチを受け取り、ヒナタが柔らかく微笑むと、ネジも安堵の笑みを浮かべる。
ヒナタの涙を見ていると、心が痛む。
宗家を憎む気持ちがある反面、忍びの道を歩むにはあまりに儚げなヒナタを、支えたいとも思う。
その矛盾した感情に、ネジは戸惑いを隠すことが出来なかった。
あとがき??
あと1、2個続くシリーズなんです。
友達がネジヒナ好きーでして、話しているうちにもの凄くこの二人を書きたくなりました。(笑)
影響されやすいので。
今回は河村恵利先生の『恋ひわたりの・・・』でしたが、テーマは夢来鳥ねむ先生の『飛翔伝』。
しかし、5歳と6歳の会話じゃないなぁ、これは。(汗)
必要以上に敬語なのは、個人的趣味。