遙かなる 3


いつも見ていた。

ネジ兄さまは、とても才能のある人。
道場にやってきたネジ兄さまに、初めて組み手の相手をしてもらったとき。
すぐに分かった。
この人は、私が全く及ばない、もしかしたら、父すらも越える力を持った人だということを。
それから、ネジ兄さまは私の中で、ただの分家の人間という立場から、この世で最も尊敬すべき存在へと変化した。

 

 

 

「ネジ兄さま」

私が声をかけると、ネジ兄さまは決まって一歩下がって、一礼する。
私が、敬うべき宗家の人間だから。
私の父に対しても、ネジ兄さまは、同じ行動を取る。
ネジ兄さまのそうした無意識の行動は、会うたびに、私たちの間にある隔たりを嫌でも意識させた。

でも、私は知っている。
彼が、宗家でただ一人だけ、親しみをこめた瞳で見る人を。

 

「ネジ兄さま、お相手してくれない。これから、道場の方へ行くのでしょ」
その腕にまとわりついて言うと、ネジ兄さまは、はっきりと困惑した表情を見せる。
「・・・私は」
「ヒナタ姉さまなら、気分が悪くて臥せっているわよ」
私は釘を差すようにして言う。

もちろん、これは嘘。
ネジ兄さまを、姉さまに会わせないようにするための小細工。
ネジ兄さまが宗家の屋敷を訪れるときは、いつも私は玄関で待ち伏せをしている。
そして、この嘘はこれで3度目だ。

 

「この間も同じようにおっしゃられましたが」
「そうよ」
すまし顔で答えると、ネジ兄さまの眉間のしわが、さらに深くなった。

私に向かって何か言葉を発しようとしたそのとき、ネジ兄さまの目が軽く見開かれる。
そして、弾かれるように振り向いた。

「ネジ兄さん」

廊下を曲がったところに立っていたのは、ヒナタ姉さま。
ネジ兄さまの表情は、見る間に明るくなる。
反対に、胸がちりぢりになるのではないかと思う苦しみが、私の中に芽生えた。
もう、ネジ兄さまは私の方を見向きもしてくれない。

 

 

「体の具合は?」
「・・・え」
ネジ兄さまに問い掛けられ、ヒナタ姉さまはちらりとこちらを見る。
私が、ヒナタ姉さまを仮病にしていたことを、その一言で察したから。
俯いたままの私に、ヒナタ姉さまは再びネジ兄さまに目線を戻す。

「ええ。もう大丈夫です」
朗らかに笑うヒナタ姉さまに、ネジ兄さまも顔を綻ばせた。

 

私はヒナタ姉さまが嫌い。

私がネジ兄さまを見ていたように。
ネジ兄さまは、ずっとヒナタ姉さまを見ていたのを、知っているから。
妹の私に、いつも優しく接してくるけれど、それすらも煩わしく感じてしまう。

 

 

 

「私、これからネジ兄さまと道場の方に行くの。だから、失礼します!」

私はネジ兄さまの腕を引きながら言うと、ヒナタ姉さまを見ることなく、道場に向かって歩き出す。
ヒナタ姉さまは、きっと目を丸くして私たちを見ている。
その気になれば、私の手など簡単に振り払えるのに、ネジ兄さまは逆らわなかった。

 

「ハナビ様。手を離してください」

周りに人気がなくなるのと同時に、ネジ兄さまは静かに言った。
あくまで、宗家の人間には従順なネジ兄さま。
だけれど、その瞳には、微かな怒りが含まれているような気がした。

「ヒナタ様から、私まで取り上げるつもりですか」

その眼差しと声に、心臓を射抜かれる。

 

 

忍びとしての才能。
父上の愛情。
宗家の跡目。

今、私の手の内にあるものをヒナタ姉さまに譲ってでも、あなたが欲しいと言ったら。
ネジ兄さまは、私のものになってくれる?

声に出す前に。
不覚にも、涙がこぼれた。

ネジ兄さまの答えは、訊く前から分かっていたから。

 

 

「ハナビ様?」

初めて見る私の涙に、さすがに動揺したのか、ネジ兄さまは周りの目を気にしながらかがみ込んだ。
私の顔を心配そうに覗くネジ兄さまが見えたとき、私は彼にしがみついていた。

全てと引き替えにしても、手に入らないのなら。

それならば、私は日向宗家の跡目の地位を手に入れるしかない。
分家である、ネジ兄さまごと。
そうすれば、形だけでもネジ兄さまは私のものになる。
当主の言葉には、誰も逆らえないから。

 

「待っててね」

戸惑うネジ兄さまの体を、しっかりと抱きしめる。
この人を、誰にも渡さない。
ヒナタ姉さまにも、その他の人間にも。
誰にも。


あとがき??
遙かなるの遙かは、宗家と分家の隔たりを意味してました。
ハナネジはとっても楽しかったので、また書きます。大人向けで!!微エロ!
ネジ兄さんの心はヒナタちゃんに向いているので、ハナビちゃんはずっと片思いなのですが。
宗家の当主を目指して頑張るのは、ネジ兄さんとずっと一緒にいたいから。
・・・なんか、切ないな。
ヒアシさんは、本当にヒナタちゃんでなく、ハナビちゃんに日向家を継がす気なんですかね。

「ネジ兄さま」と「ヒナタ姉さま」の呼び方は私の趣味。
本当は「ネジ兄さん」と「姉上」でしょうか。


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