剣戟


正眼の構えで、相手の喉下を目指して剣を突き出す。
風を切る音が、鋭く響いた。

他者の横やりが入らない立合ならば、十中八苦、避けることは不可能。
剣が鞘に収まるところすら、サクラの目には映らなかった。
剣技のみでいえば木ノ葉隠れの里でハヤテの右に並ぶものはいない。
仮想の敵を相手にしての練習ですら、ぴりりと張り詰めた空気が痛いほどだった。

 

 

「いつまで、そうしてるんですか」
切り株に腰掛けていたサクラは、声をかけられて我に返る。
自分で思うよりも、彼の剣に見入っていたのだと知った。

「ハ、ハヤテさんが私に剣術を教えてくれるまでです」
「何度も言いましたが、私は弟子を取る気がありませんよ」
ハヤテはサクラを見ることもなく、手早く荷物をまとめて演習場の外へと歩き出す。
小走りに追いかけてくるサクラを気にせず、ハヤテはいつもどおり足早に歩いた。

「どこに向かってるんですが」
「刀を研ぎに出したので、取りに行くんです」
「え、この間も行きましたよね」
「任務で使うたびに出してるんですよ。人を斬ると、血の匂いが染み付きますから」

さらりと告げるハヤテに、サクラは少しだけ体を震わせる。
頻繁に研ぎに出すということは、それだけハヤテの刀が血を吸っているということだ。
剣術の鍛錬を怠らないのも、敵の命を瞬時に奪うため。

 

「一太刀で仕留めれば、苦しまずにすみます」
「ハヤテさんがですか」

間をおかずに訪ねられ、ハヤテは初めて顔を下方へと向けた。
まっすぐにハヤテを見る瞳は、一点の曇りもない。
心根を見透かすような澄んだ翡翠の眼。

「両方ですよ」

先に視線を逸らしたのは、ハヤテの方だった。

 

 

 

早々に根を上げるだろうというハヤテの予想に反し、サクラは厳しい鍛錬に耐えた。
重い荷を背負っての走りこみに、木刀を使っての素振り。
基礎となる体力トレーニングは地味だが、どの術を使うにも共通に重要なものだ。
すぐに真剣を使っての練習を出来ないことに、大抵の若い者の気持ちは離れていくのだが、サクラは嫌な顔一つしなかった。

 

「どうして、私に師事しようと思ったんですか」
一通りの練習メニューを終え、肩で息をするサクラにハヤテは水筒を放り投げた。
その中身を口に含み、サクラは何とか呼吸を整える。
「ハヤテさんが、木ノ葉で一番の剣の使い手だと聞いたからです。私、強くなりたくて」
「じゃあ、どうして強くなりたいんですか」

水筒に栓をしたサクラは、水筒を再びハヤテの方へと差し出す。
一呼吸おくと、サクラはハヤテを見上げて笑った。
「好きな人を守りたいんです」

その晴れやかな笑顔に、ハヤテは目を奪われる。
場がいっぺんに明るくなったような。

 

「私の班、いつも誰かしら入院しているような感じなんですけど、私だけ、大きな怪我をしたことがないんです」
「・・・それは、随分と優秀ですね」
「逆です」
サクラは大きくかぶりを振る。
「みんなに守られてばかりで、いざというときは動けない。役立たずな人間なんです」

話すごとに、サクラの声音は段々と沈んでいく。
同時に、うつむき加減になったサクラの表情は、ハヤテからは曖昧にしか見えない。
泣いているのかと思ったが、声に涙は含まれていない。

 

「本当に、無茶ばかりして・・・」

前方を見遣ったまま、サクラは口元に笑みを浮かべた。
それは今まで見た、どの顔とも違う。
笑っているのに、ひどく悲しげな表情。

「私がどんな気持ちで傷の手当てしてるか、考えたこともないんでしょうね」

 

 

 

 

「あんたか。サクラに余計なこと教えているのは」

いつものように、演習場に向かったハヤテを待ち伏せしていたのは、サクラではなく黒髪の少年だった。

「サクラさんが言ったんですか」
「肉刺だらけの手に包帯を巻いていれば、嫌でも気付く」
ハヤテの問いかけに、彼はとげとげしく答える。

「私はサクラさんに頼まれたとおり、剣術を教えようとしてるだけですよ」
「それが余計なことだと言っているんだ。サクラには人殺しの剣術は必要はない!」
「あなたが、守るからですか」
声を荒げた彼に、ハヤテはすかさず訊ねる。

暫く時間をおいたが、彼は無言のままだ。
鋭い眼光を見る限り、ハヤテの問いに答える気はないらしい。
または、答えるまでもないということか。

 

サクラさんはあなたのために強くなろうとしています

そう、言おうとして。
ハヤテは口をつぐんだ。
何となく、癪だったから。
あどけない笑顔の似合うサクラを、憂い顔にさせることが出来る彼が。

おそらく彼だけが、彼女を笑顔にも泣き顔にも変えられる。

 

 

 

「サクラさんからはもう授業料を頂いているので、キャンセルは出来ないんですよ」

ハヤテが意地悪く言うと、彼は苦虫をつぶしたような顔をして去っていった。
もちろん、それは嘘だ。
どうしてそんな偽りを言ったのかは、ハヤテ自身にもよく分からない。
初めての弟子を、途中で放り出すのが嫌だったからかもしれない。

「人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られるって本当でしょうか」

呟いたハヤテの視線の先には、練習用の木刀を片手に駆けて来るサクラの姿があった。


あとがき??
何を書きたかったかよく分からないのですが、こう、曖昧な話を書きたかったので良かったのかもしれません。
サスサクベースのハヤサク。
ハヤテさんは恋心に気づいていない様子。
サクラも、守られてるだけじゃ嫌なんですね。
サスケくんやナルトは好きでサクラをかばっているんだから、別に良いと思いますが。

ちなみにうちの設定では、ハヤテさんはまだ生きてることになってます。
サスケにはカカシ先生がつきっきりだし、ナルトにも自来也さんがいるし、サクラ嬢にも誰か師匠をつけて欲しかったのですよ。


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