不幸せな感じ


「別れましょう」
涙をためた瞳でサクラはカカシを見上げる。

サクラからの突然のお別れ勧告。
本当に唐突だったから、カカシはその意味を理解するのにたっぷり30秒はかかってしまった。
その間にサクラは踵を返してカカシから遠ざかっていく。
カカシはいくら考えても、どうしてサクラがそのようなことを言ったのか、よく分からない。
だって。
「・・・・付き合ってもいないのに」
小さく呟かれたカカシの声を聴く者は誰もいなかった。

 

「あらー、不幸せそうねぇ」
影を引きずって職員室に入ってきたと思ったら、自分の席につくなり机に突っ伏したカカシに紅が面白がって声をかける。
「女にふられたのか」
さらには隣りの席にいたアスマまで茶々を入れてきた。
冗談のつもりだったのだが、カカシの身体がわずかに反応を示す。
肩を震わせたカカシに、アスマがからかいの言葉を続けた。
「なんだ図星か」
今度は無反応なカカシにアスマは含み笑いをもらす。

「女は星の数ほどいるんだ。そんなに落ち込むなって」
自分の肩を強く叩くアスマに、カカシは元気のない返事をかえした。
「・・・でも、サクラは世界に一人しかいないんだよ」
カカシのすぐ側にいるアスマと紅にさえ、届くか届かないかという声。
アスマと紅は顔を見合わせた後、困惑した表情でカカシを見た。

相当重症だ。

 

カカシはサクラといる時、はっきりと幸せを感じた。
てっきりサクラも同じ気持ちだと思っていたのに、彼女の口から出たのは自分への別れの言葉。
現在カカシの頭の中は混乱の極みにある。
サクラが自分に向けてくれていた微笑みがただの愛想笑いだったとは思いたくなかった。

 

翌日の任務から、サクラは人が変わったようにカカシに頑なな態度をとった。
あからさまにカカシの近くに行くことをさけている。
にぶいナルトは全く気付いていなかったようだが、サスケは眉をひそめて二人の様子を眺めていた。

その日の任務の帰り、カカシはサクラがナルトと別れて一人になる道で待ち伏せをしていた。
やがて現れたサクラは、カカシの姿を見るなり顔を背ける。
走り出そうとするサクラにカカシが慌てて駆け寄った。

「ちょっと待て。理由を聞かせろ。俺が嫌いなのか」
カカシが腕を捕まえて言うと、サクラはとても傷ついた顔をしてカカシを見た。
瞳には涙がにじんでいる。
サクラのその表情に、動揺したカカシはつい手を離しそうになった。

泣きたいのはこっちの方なのに。

 

「あらー、また不幸せそうねぇ」
「また、ふられたのか」
職員室のドアを開くなり傷口に塩をぬりこむような言動をする紅とアスマを無視して、カカシは椅子に腰掛ける。
すでに反論する気力もなくなっていた。
あれからカカシが何を言ってもサクラは涙をこぼすのみだった。
人攫いと勘違いされたのか、周りを歩く人々に非難の視線に耐えられなくなったカカシが腕を離すと、サクラはカカシを振り返ることなく自分の家へと続く道を駆けていった。
残されたカカシはただ呆然とするのみだ。

「あのさ、無理なようなら早々に諦めた方がいいんじゃない」
紅の言葉にアスマは相槌をうつ。
「そうそう。彼女の方にきっと好きな男でも出来たんだろうよ。そんなはすっぱな女のことなんて忘れちまえ」
と、言い終わらないうちにアスマの頬を何かがかすめた。
見ると背後の壁にクナイが刺さっている。
「・・・サクラの悪口を言うな」
アスマはクナイを投げた本人に凄みのある視線で睨まれる。

静まり返った職員室に、カカシはふと我に返った。
教師達が咎めるように自分を見ているのが分かる。
「悪い。俺、もう帰るわ」
カカシは頭をかきながら立ち上がると、そのまま職員室から退室していった。

 

その夜、カカシの落ち込みようを見かねたアスマと紅は結託してサクラから話を聞き出す計画を立てた。
まずアカデミーの同級生であるヒナタに、二人が以前通っていたアカデミーの教室にサクラを呼び出してもらった。
突然の誘いを訝しく思いながらも、サクラは決められた時間に首尾よく現れる。
サクラは待ち合わせの場所にいたのがヒナタではなく紅だったことに驚いたが、カカシが待ち伏せをしていた時と違い、逃げ出すことはしなかった。

騙したことを詫びると、紅は単刀直入に話を始める。
「カカシのこと嫌いなら逃げ回ってないではっきりそう言った方がいいんじゃない。あいつもまいってるみたいよ」
紅が肩をすくめながら言うと、サクラは驚いたように首を振った。
「違うんです。カカシ先生のことは嫌いじゃないんです」
サクラの答えに、紅は不思議そうに首を傾ける。

「カカシ先生といると何だか暖かい気持ちになって、嬉しくて、凄く幸せだと思ってました。でも、気付いてしまったんです」
サクラは苦しげに顔を歪める。
口をつぐんだサクラに、紅は問い掛けた。
「何に?」
サクラは伏し目がちに床を見詰めて、小さな声を出す。
「カカシ先生が好きだって」
直後、サクラの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「そしたら急に苦しくなって」

 

カカシは上忍であり、里の外にも名の知られた忍びだ。
任務をこなすごとに、カカシのその力量が明確になる。
本来なら下忍担当の教師をしている人ではないと、サクラもうすうす気付いていた。
いくら好きでも、カカシと下忍で子供の自分とでは、つりあうはずもない。

カカシが自分に好意を持ってくれていることはサクラも感じていた。
だけれど、サクラにはカカシにずっと好きでいてもらえる自信などなかった。
今楽しいのも、からかうのに丁度いい相手と思われているだけなのかもしれない。
いつか離れる時が来るのなら、最初から相手にされない方がましだ。

カカシのことが好きなのだと分かってから、サクラはわざと嫌われるよう、カカシをさけることに決めた。
そうすれば、カカシはすぐに自分に見向きもしなくなると思った。
それなのに。
サクラは自分がいくらそっけない態度をとっても、あとを追ってきてくれるカカシがいとおしくて仕方がなかった。
諦めるつもりが、もう後戻りはできないのだと一層自分の気持ちを自覚してしまった。

 

「よしよし」
静かに泣きつづけるサクラを抱きしめると、紅はなだめるように背を叩く。
「そういうわけなんだって。分かった」
明らかに自分以外に語りかけた紅の声に、サクラが驚いて顔を上げる。
いつからいたのか、教室にはサクラと紅以外、気配が二つ。
その一つはサクラがよく知るものだ。

アスマによってこの場に連れて来られたカカシはサクラの告白の一部始終を聞いていた。
だが、カカシはサクラの気持ちは自分にはないと思っていただけに、すぐには信じられない。

「サクラ、俺といて幸せ?」
言葉と共に、一歩一歩サクラに近づく。
サクラはその真摯な声音に、逃げることなくカカシを見詰め返した。
「幸せ、だけど、苦しいよ」
サクラのすぐ間近で歩みを止めたカカシは、少しだけ屈んでサクラと目線を合わせる。
「俺もね、サクラに嫌われたのかと思ったら苦しくてしょうがなかった。きっとさ、好きって気持ちは上忍も下忍も変わらないと思うんだけど、違うかな」
サクラは半泣きのまま微笑みを浮かべた。

しっかりと抱き合うカカシとサクラを残し、アスマと紅は教室をあとにする。

 

「あーあ。全く。何で私が人の恋路の応援しなきゃならないのよ」
「全くだな」
煙草に火をつけながらアスマは隣りに歩く紅の言葉に頷く。
「でもお前にはちゃんと相手がいるじゃないか。中忍の、あの真面目で融通が利かなそうな奴が」
「彼とはそんなんじゃないわよ」
したり顔で言うアスマに、紅は苦笑しながら答える。

「でも、そうねぇ」
紅は夜空を見上げながら呟く。
「私がサクラみたいに彼をさける態度をとったら、彼も少しは反応見せてくれるかしら」
アスマは煙草を手にしたまま腕を組む。
暫らく考えた結果、アスマは真顔で言った。
「やめとけ。あの先生、お前に無視されたら死ぬかもしれんぞ。生真面目な人間ほど追い詰められたら何をするか分からないからな」
紅は思わず吹き出して笑った。
「おおげさね」


あとがき??
一応、『しあわせなかんじ』の続き。
本当は教室のシーンで終わっていたんだけど、『しあわせなかんじ』をリクエストされた紗恵さんがイル紅を支持されている事が頭にあったせいか、続きであるこの話にも自然にイル紅を入れてしまった。
でも、まだ恋愛未満の様子。(笑)

楽しいなぁ。私、男女カップルではあまりこだわりないです。
カカシ先生がからまないかぎりね。(カカシ先生はサクラのもの!(強く主張))
イル紅も紅イルもアス紅もアスいのも紅シノも(終わりがないのでそろそろ切る)OK。
自分では書かない(書けない)けど。

ただ冒頭の「別れましょう」「・・・・付き合ってもいないのに」を使いたかっただけの話。
ちなみに最初はギャグ話に使おうと思っていたネタ。(笑)

『しあわせなかんじ』に投票してくださった皆様、有難うございました。


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