可愛いひと


「イルカ先生。何でいっつもナルトとラーメン食べてるの」

それはサクラの素朴な疑問。
サクラは街に買い物に行く途中、イルカとナルトの行き着けのラーメン屋の前を通る。
そして、毎日その道を通るわけではないが、そこには必ずといっていいほど二人の姿がある。
その日、街中でイルカが一人で歩いているのを見つけたサクラは、駆け寄ってさっそく質問した。

イルカは困ったような表情で頭をかいた。
「いや、別に理由はないけど。ナルトがラーメンラーメンって言うから、つい」
「全く心配だわ。ラーメンばかり食べて。栄養が偏っちゃうじゃないのよ」
「そうだな。ナルトの背が小さいのはラーメンばかり食べてるからなのかもしれない」
口元に手を当てて考えるような動作をするイルカに、サクラは不満気な声を出す。
「違うわよ」
サクラの否定の言葉に、イルカは視線を彼女の方へ傾けた。
「私はイルカ先生の心配をしてるのよ」

その一言に、イルカは意表を付かれたという顔をした。
唖然とした表情のイルカに、サクラは何故か不安な気持ちになる。
そんなはずはないと思うのに。
思わず疑問が口をついて出た。

「イルカ先生の家族は」

訊かなければよかったと、サクラは強く後悔することになる。
「もういないんだ」
そう呟いた時のイルカが、たとえようもないほど寂しげな顔をしていたから。
その温かい人柄から、てっきり人の良い両親に大切の育てられたのだと勝手な解釈をしていたサクラは暫らく声がでない。
普段散々ナルトをなじっておきながら、自分の方がデリカシーがなかったとサクラは反省する。

「ごめんなさい」
「別に謝らなくてもいいよ」
俯いて小さな声を出すサクラの頭を、イルカがなでる。
その仕草があまりに優しかったから、サクラの瞳から涙がこぼれた。
イルカは一層困惑気味にサクラを見詰めた。

イルカは慣れていない。
女の子に泣かれることも、人に心配されることも。
両親が死んでから何でも一人で出来るよう頑張ってきたイルカは、真面目でしっかり者というイメージから周りから心配されるということが少なかった。
だから思いもよらないサクラの言葉に大げさに驚いてしまったのだ。
そして、サクラが自分を心配してくれたことは決して嫌な感覚ではなかった。
変だとは思うが、イルカは涙のサクラをナルトとは違った意味で可愛いと感じた。

 

不注意な発言のお詫びなのか、サクラは頻繁にイルカの家に料理を作りに訪れるようになった。
だが、その味はというと。
「不味くはないけど、美味しくもない。そういう顔してる」
根が正直なイルカは、料理を一口食べただけで、サクラに易々と見破られる。
「・・・ごめん」
ここで謝ってしまうところがまたイルカらしかった。
これではサクラの言葉を肯定しているようなものだ。
たぶんカカシやナルトだったら慌ててサクラの言葉を否定して何とか言い繕おうとするだろう。

サクラは思わず吹き出して笑ってしまった。
何て純真な人だろう。
イルカは怒られると思っていただけに、笑いつづけるサクラをびっくりして見ている。
「私、イルカ先生のそういうところ大好きよ」
笑いすぎで出た涙をぬぐいながら言うサクラに、イルカは真っ赤な顔になった。
サクラは再び吹き出すことになる。

 

こうした平和な日常に、変化の時がやってきた。
いつものようにイルカの家にやってきたサクラの、何気ない言葉。

「あのね、私同時に二人の人に告白されちゃった。どうしよう」
料理を口に運ぶイルカの箸の動きが止まる。
見ると向かい側に座ったサクラはただイルカの様子を凝視している。
「誰に」
少し震えたような声を出すイルカにサクラは微笑んだ。
「カカシ先生とサスケくん。次の日曜日13時にね、選んだ方の家に行くって約束したの。どうしたらいいと思う」
最後の言葉はイルカの顔を覗き込むように、首を傾けて発せられた。

茶碗を机に置くと、イルカはサクラからわずかに視線を逸らして答えた。
「・・・それはサクラが決めることだろ」
思ったよりも冷たい声音になってしまったことにイルカ自身驚いたが、サクラの顔には何の感情も浮かんでいない。
サクラは小さくため息をつくと、つまらなそうに言った。
「そうね」

沈黙の続く食卓に、サクラはイルカが食事を終える前に立ち上がった。
「私、用事があるから帰る」
サクラは荷物を片手に玄関に向かう。
いつもは玄関先まで見送るイルカだが、この日はそんな気持ちにならなかった。

「バイバイ」

玄関から聞こえてきたサクラの声に、イルカは胸騒ぎを感じる。
別れ際の言葉が、珍しく「またね」ではなかったからかもしれない。

 

サクラはそれ以来イルカの家に現れなかった。
そしてイルカは釈然としない気持ちを抱えたまま、日曜日をむかえてしまった。

イルカは朝から落ち着かない気持ちのまま時計の前を往復する。
ここまできて、イルカは自分の中にある想いを認めないわけにはいかなくなった。
両親がいなくなってから、イルカはもう大切な人は作らないと決めた。
失うことが怖いから。
親がいないという境遇のナルトは別にしても、教師仲間や生徒達になるべく平等に接してきた。

なのに、サクラはそれまでイルカが頑なに守ってきた信念を崩してしまった。
いつか失う恐怖より、今、彼女を手放したくないと強く思う。
サクラのことは諦めたくない。

12時。

サクラがどちらの家に行くにしても自宅を出る時間。
もう我慢の限界だった。
素早く着替えをすますと、イルカは玄関の扉を開け、飛び出すように駆け出した。

だが、その速度は数歩もいかないうちに緩やかになる。
目的である人物が、マンションの廊下の角で立ち止まって自分を見詰めていたから。
「どこに行くの」
苦笑混じりで言う彼女に、イルカは頬を緩めて答えた。
「サクラを迎えに」

 

腕を引かれたサクラはイルカに簡単に抱きしめられた。
思いがけないイルカの大胆な行動に、サクラは目を丸くする。
イルカが頭をなでたり、手を繋ぐこと以外でサクラに触れてきたことはそれまで皆無だった。

半ば硬直してるサクラにイルカが語りかける。
「カカシ先生とサスケは」
我に返ったサクラは即答した。
「もう断ったって来たわよ。カカシ先生は上忍だし、サスケくんも将来有望な人だと思う。でも、でもね」
言葉を切ったサクラは少しだけ思案顔になる。

「私が抱きしめたいって思ったのは、どうしてかイルカ先生だったのよね」
言葉と同時にサクラはイルカの背に手を回して強く抱きしめた。
「夢が一つ叶っちゃった」
イルカの顔を見上げて嬉しそうに笑うサクラに、イルカも微笑みを返す。

暫らくの間、お互い言葉もなくその温もりを確かめ合っていると、サクラが囁くように言った。
「イルカ先生が家から出てこなかったら、もう先生の家に行くのはやめようって思ってたんだ」
イルカはサクラの別れの言葉に、何か含まれたものを感じたのは気のせいではなかったのだと知った。
そして、サクラを諦めないで良かった、と心から思った。

 

イルカの家にあがりこんだサクラはさっそく用意してきた食材で昼食を作り始める。
「イルカ先生が私の料理美味しいと思ってくれるまで、家に通うからね」
野菜を片手に意気揚揚と宣言するサクラに、イルカは困ったような声で問い掛けた。

「それじゃ、俺は一生美味しいって思ったら駄目なのかな」


あとがき??
イメージソングはCharaさんの『あたしなんで抱きしめたいんだろう?』。
イルカ先生超奥手そうなので、「彼はなんで抱きしめないんだろう?」ってところが先生っぽいかと。(笑)
最後はギューっとしてもらいましたけど。

リクエストはイルサク本命で、カカサク、サスサク絡みの話だったんですが・・・。
カカシ先生もサスケも登場しませんでした。
申し訳ないですー!!
い、一応名前が出てきたということで。(汗)
イルサクだと、三角関係、四角関係のどろどろした話は想像しにくいです。
さわやかなイメージ。イルカ先生のお人柄だろうか。

最後に、私やっぱりイルサク向いてないみたいです。
「先生」という単語の前に、どうしても「カカシ」と付けてしまう・・・。
直ってないところがあったら笑ってください。(泣)

7500HIT、maya様、有難うございました。


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