道連れ


「背中が泣いてる」
公園の噴水近くのベンチに座っていると、笑いの混じった声が聞こえた。
正直、今は他人にかかわって欲しくない。
そういうオーラを全開に出していたつもりだけれど、彼女は気にしないようだ。

「ハヤテさん、また彼女にふられたんですか?」
彼女はこういうことを、平気で口にする。
小憎らしいと思うけれど、子供の言うことだ。
怒鳴り散らすのも、大人気ない。

「・・・・放っておいてください」
なるべく静かな声音で言うと、彼女は自分の隣りに腰掛けた。
そして、自分の顔を覗き込み、にっこりと微笑んでみせる。
はっきり「どっかに行け」と怒鳴った方が良かったのだろうか。

近頃、自分の周りを妙にちょろちょろしている彼女の名前は、春野サクラ。
名前のとおり、薄紅色の髪が目を引く少女だ。
いつもなら、当たり障りの無い返事をして受け流すのだが、今日ばかりはそんな余裕がなかった。
彼女の言ったことは、図星だったから。

 

 

「何、見てるんですか」
彼女は、自分の視線の先をたどりながら訊ねた。
「あの、おじーさん?」
「・・・・私の、憧れなんです。あのご老人は」
前方を指さす彼女に、自分は諦め混じりに答える。
「あんな風に、好きな人と一緒に年を重ねて、白髪でしわくちゃのおじーさんになるのが夢なんです」

仲良く、手を繋いで公園を散歩する老夫婦。
一つの幸せの集大成だ。
彼らはこの時間になると、いつも夫婦そろってやってくる。
あの年齢になっても、手を繋いで歩いてくれる伴侶がいるのは、この上なく幸運に思えた。

「でも、ありえないことですよ。病で長くないと散々医者に言われてる。そんな私と一緒にいてくれる人なんて、いるはずがない」

 

短い会話の間にも、自分は咳を繰り返している。
恋人が出来ても長続きしない原因は、この病にあった。
まともな神経の持ち主なら、病魔を遠ざけて当然だ。

苦労をかけるのが分かっているのに。
それでも、探してしまう。
そんな自分を受け入れてくれる、誰かを。

 

 

「そうやって自分を卑下するのはよくないですよ、ハヤテさん」

やおら立ち上がった彼女は、何故か、怒っているような声で言う。
そして、あっという間もなかった。
自分の頬に触れたかと思うと、身を乗り出した彼女に唇を奪われる。

周囲の雑音が消えたように思えたのは、頭が混乱していたせいだ。
よほどアホ面をしていたのか、顔を離した彼女は、自分を見てくすりと笑った。
場面を目撃していた通行人のひそひそ声に、ようやく我に返る。

 

「・・・・病気が、うつってもいいんですか?」
「いいですよ」
眼前にいる彼女は、躊躇なく答える。
「そうしたら、ハヤテさん、私に遠慮しなくなるでしょ」

彼女は膝の上にのっていた自分の手を取ると、自らの頬に持っていく。
肌を通して伝わる、人の温もりと柔らかさ。
何より、自分を見つめる優しい眼差しに、心が揺さぶられる。

「触ってください。大丈夫だから」
自分の動揺を見透かすように、彼女は穏やか微笑んだ。
「“病は気から”って、知ってます?私の親戚でね、生まれたときに5歳まで生きられないって医者に言われた人がいるんです。彼は、今では4人の子供の父親ですよ」
「・・・その方、おいくつなんですか」
「50過ぎてます。医者の言うことなんて、そんなもんですよ」

 

明るく笑う彼女の言葉は、小難しい医者の話よりずっと説得力があって。
その瞳には、希望を感じさせる光が見えた。
自分を元気付けるための方便だったとしても、その気持ちが嬉しかった。

 

 

共に白髪の生えるまで。
一生、一緒にいたいと思える人が、見つかりました。


あとがき??
サクハヤーーー!!!!
ハヤテさんは、なぜか好きなんですよね。ネジくんと同じくらいに。
私の好き好き順位は、7班メンバーの次に、ネジくん、ハヤテさんと続く。
リクのカカサクハヤを書く練習のつもりだったが、結構真面目に書いてしまった。
うつる病気ならとっくに隔離されていると思うので、ハヤテさんのあの言葉はサクラを試しただけですね。


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