姫神さまの願いごと 四


時は1日前に遡る。

サクラが森で出会った風変わりな少女。
カカシ達とはぐれた今、村に戻るための手がかりは、彼女だけだ。
この年齢の子供からどれだけ情報が聞きだせるか分からないが、とにかく大人のいる場所まで案内してもらえば御の字。
サクラはさっそく少女に質問を始めた。

「あなたこの辺に住んでるの?」
「うん」
「そう・・・」
村長からそれらしい話は聞かなかったが、村の外の森にも、住人がいたことをサクラは知る。
サクラは屈みこんで彼女と顔を付き合わせた。
「ねぇ、あなたの家まで案内してくれないかな」

少女はじっとサクラの顔を覗き込む。
幼い少女らしからぬ、鋭い視線。

サクラは自分が何か不審な態度を取っただろうかと心配になったが、彼女はすぐに愛らしい微笑を浮かべた。
「お姉ちゃんならいいや。私の住処、教えてあげる」
つられて微笑んだサクラの手を握り、少女は先導するように歩き出す。
サクラには道とは思えぬ、荒れた薮を掻き分けながら。

 

「こ、ここなの?」
目を丸くしたサクラに、少女はこくりと頷く。
サクラの眼前には、雑木林に囲まれた、地肌の見える岩山と、洞窟らしき穴。
人の住居というより、獣の住処のような。
「この山の向こう側に祠があるのよ」
言いながら、呆気に取られたサクラの手を引き、彼女はずんずんと洞穴の中へと足を進める。

最初はびっくりしたサクラだが、穴の中は意外にも暖かかった。
それに、真っ暗だと思われたそこは、目が慣れてくると、壁がうっすらと明るく光っていることが分かる。
光苔の一種だろうか。
サクラは壁に生える草を丹念に見分する。

そしてさらに奥へと進んだサクラは、喉まで出掛かった叫び声を飲み込んだ。

子供達がいた。
洞窟の最終地点の、くぼみに。
おそらく、行方不明となった、村の子供。
彼らは無造作に、地表に身体を投げ出した格好で横になっている。

 

声もなく立ち尽くすサクラに、傍らの少女は微笑みかけた。
無邪気な、何の悪意もない笑い。

「これは、あなたがやったの」
「そうよ」
少女はふふっと笑う。
楽しげに。
「死んでないわよ。皆、生きてる。ただ、眠っているだけ。眠りと同時にその子達の時間は止まっているの」

屈みこんだサクラは、一人の子供の身体を確かめる。
確かに、呼吸をしていた。
起きる様子はまるでないが、見た限り、外傷もない。
「何でこんなことを・・・」
「私、お姉ちゃんもこの子達の仲間にしようと思ってるのよ」
自分を仰ぎ見るサクラの瞳に、怯えの色を感じ取ったのか、彼女は満足げに目を細める。

「賭けをしましょう」
「・・・賭け?」
「お姉ちゃんが勝ったら、私、子供達を元どおりにするわ。家にも返してあげる。でも、お姉ちゃんが負けたら」
少女は口の端を歪めて笑った。
「お姉ちゃんも眠ってもらうわ。どう?」

言葉ではサクラの意思を仰ぐことを言いながらも、どのみちサクラに断わることなど出来ない。
先ほどから、少女の身体から伝わってくる威圧感。
方法は分からないが、相手は見た目どおりの年齢ではないだろう。
逆らったところで、勝敗は目に見えている。
「いいわよ」
他に術はないとはいえ、サクラは拍子抜けするほどあっさりと返事をする。
少女は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐもとのように微笑をたたえた。

 

「それで、賭け事の内容は?」
「私の名前を当てること」

無理難題を押し付けてくると予想していたが、そのとおりだった。
今会ったばかりの彼女の名前を、サクラが分かるはずもない。
少女は余裕の笑みを浮かべて、問い掛ける。
「私の名前、言ってみて」

サクラは彼女の顔を暫しの間凝視する。
育ちの良さがにじみ出る、全体的な気品。
細面で色白の、端麗な顔立ち。
サクラの頭に、ある一つの名前が浮かんだ。
確信があったわけではない。
でも、どうしてか、負ける気もしなかった。

 

「さより姫」

サクラはやけにすらすらとその名を告げた。
少女の姿を見据えたまま。

少女が驚愕していることは、サクラの目にはっきりと分かる。
当たりだ。
にんまりとするサクラに、少女は身体一杯で悔しげな気配を露わにする。
「・・・なんでよ」
「藤公のね、娘さんの名前が「さより」なのよ」
こともなげに言うと、サクラは彼女に微笑みかけた。
「あなたのことでしょ」

 

 

さより姫は、神とも物の怪とも呼べる、人間ならざる存在。

本来なら怨霊になってもおかしくない立場だったのだが、後々村民達が手厚く葬ったために、悪になりきれなかった。
されとて、恨みが深く、成仏することができない。
そうして長い間地上に留まったために、彼女はいつしかその土地を護るための神となったものだった。

「何でこんな悪戯したの。この子達の両親も、とっても心配してるのよ」
サクラは諭すようにしてさより姫に語りかけた。
さより姫は叱られた子供のようにしゅんとしている。
こうしていると、本当に普通の子供と変わらない。
「・・・村の人達が悪いのよ」
ふてくされたように言う。

サクラがよくよく話を聞くと、さより姫の言うとおり、発端となったのは村の人間達の怠惰な行動だった。

 

代々、村に住むものはさより姫の祠を土地神として祀ってきた。
年に一回、さより姫の命日には、盛大な祭りを開いたりと。
しかし、村長が変わってからというもの、そうした催しは全く行われなくなってしまった。
そのうえ、お供え物までおろそかにする始末。
今回のことは里に人間達のそうした不信心な積み重ねにより、さより姫の、少しばかり村の人間を懲らしめてやろう、という気持ちからきたものだった。

「でも、ちょっといきすぎだんじゃないの」
「だって、誰も森に来ないんだもの。私が姿を見せても、怖がってばかりで話を聞いてくれないし」
さより姫の言葉は、最もなものだ。
たぶん、好奇心の強い子供だけだったのだろう。
村長の命により、入ることを禁じられた森に足を向けるのは。
「でも、私はちゃんと話してるでしょ」
「うん」
「私がさより姫の不満を全部村の人達に伝えてあげるから、だから、子供達を親御さん達に返しあげようね」
「うん」
さより姫は聞き分けよく頷いた。
サクラはほっとして頬を緩ませる。
だが、さより姫の言葉には、続きがあったのだ。

「サクラが遊んでくれてからね」

 

 

こうして、さより姫の申し出により、サクラは三日の間森に拘束されることとなった。
彼女の出した、唯一の交換条件。
明後日になったら、子供達とサクラを村まで送り返す。
代わりに、それまでの間、彼女の遊び相手となること。

「誰かに名前を呼んでもらうなんて、どれくらいぶりだろう」
心底楽しげに微笑むさより姫に、サクラは否の返事をすることはできなかった。
子供達をその家族には悪いと思うが、どうせ長い間姿を隠していたのだ。
もう少しくらいは、我慢してもらおうと、サクラは考えた。

元々、さより姫は子供達を村に戻すきっかけを探していた。
今度のことは、良い機会だったといえる。
サクラもそうしたさより姫の考えを察知して、彼女の賭けにすぐにのったのだ。
サクラには、さより姫が、人間ではないにしろ、そうそう悪いものには見えなかったから。

 

そうして、さより姫の遊び相手をすること、数日間。
特別なことをするわけでははい。
普通の人間の子供がするように、鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり、綺麗な花を見つけたり、木の実を探したり。
一緒に行動することで、サクラは初めて、さより姫の抱えていた寂しさを理解できた気がした。

彼女は、村の人間に注目してもらいたかったのだ。
自分の存在を、忘れて欲しくなかったのだ。
果たして、自分は彼女の心の穴を少しでも埋めることが出切るのか。
彼女のために何ができるかと、サクラは毎日そればかりを考えていた。

 

 

「明日で最後かぁ」

夜の冷気も、洞窟の奥へは入ってこない。
空気の澄んだ森の中、外には満天の星が輝いていることだろう。
さより姫が何か細工をしているのか、穴倉の中は大層快適だった。
布団がなくとも、木の葉を集めたベッドでぐっすりだ。

サクラの傍らでは、さより姫がサクラに身体をもたれて熟睡している。
サクラはさより姫の頬にかかった髪を、やさしく撫で付けた。
その瞬間、感じた違和感。
「あれ?」
知らずに声を出したサクラは慌てて彼女の額に手をやった。

火のように熱い。
「さより姫!」
サクラは彼女をゆすって呼びかける。
だが、反応はない。
苦しげに眉をよせているが、うんともすんとも答えない。

「どうしよう」
忍という職業がら、サクラにも多少の医術の心得があるが、それが神に効くかどうかは分からない。
おろおろとするばかりのサクラだが、やがて自分の身の回りの異変にも気付いた。
うとうととしかけた目を開けてよく見れば、曇った視界。
「え、何、これ!?」
サクラは咳き込みながら、さより姫を引きずり穴の外へと避難する。

 

出入り口付近にたどり着いたとたんに、視界に飛び込んできた、赤、赤、赤の洪水。
サクラは立ちすくんだまま、身動きができなくなった。
サクラはからからに乾いた喉で、何とか声を絞り出す。

「山火事・・・?」

炎に煽られ、サクラの髪がなびいた。


あとがき??
次で最後。長かった。すみません!
これ、去年の夏には完結する予定だったのですが。
分かると思いますが、萩岩睦美先生の名作、『銀曜日のおとぎばなし』、シャーロットの話が元です。そのまんま。


駄文に戻る