姫神さまの願いごと 五


頬を殴られた男は、そのまま、背後の壁に身体を打ちつけた。

「ふざけるなってばよ!!」

ナルトは怒りも露わに吐きすてる。
まだ子供とはいえ、忍としてのトレーニングをつんでいるナルトだ。
相当の衝撃があったのだろう。
男は殴りつけられた頬に手を当て、痛々しく顔を歪めている。

「森には、サクラちゃんがいるのに!」
「どうどう」
カカシはなおも突っかかって行きそうなナルトを抑え、男に向かって身を乗り出す。
「あなた、自分が何をしたのか、分かってるんですか」
「分かってるさ。森に火をつけたのは、俺だ。あの妖怪を殺すためなんだ」
強く主張する男は、まるで悪びれた様子がない。
村長の家に集まった村人達も、皆、不安げに顔を見合わせるのみだ。

 

森に火をつけたと言うこの男の名前を、ブンキチと言う。
最初に、7班がこの里に迷い込んだときに、村への道を教えてくれた者だ。
“神隠し”によっていなくなった、一人目の被害者は彼の息子だった。
そして彼は毎夜猟銃を持ち、いなくなった子供を捜していたのだ。
“神隠し”を、妖怪の仕業と信じ込んで。

妻を早くに亡くし、息子と二人暮しだった彼にとって、子供何よりも心の支えだった。
精神の安定を崩したブンキチの、最終手段。
それは森ごと焼き払い、妖怪に復讐することだった。

 

「これで死んだあいつも報われるんだ」
ブンキチは涙ながらに言う。
顔を掌で覆うと、彼は大きく声をあげて泣き始めた。
静まり返る室内に、カカシはため息をつきながらブンキチに歩み寄る。

「あなたはそれで満足できるかもしれませんが、もし、行方不明の息子さんや他の子供達が森で生きていたら、どうするんですか」
「生きているはずがない」
森の中をくまなく捜してきたのだ。
それに、子供だけで生き延びられるほど、森での環境は優しくない。
考えたくないが、すでに死んでいると思ったほうが妥当だ。
それを認めたくなくて、今まで時間を費やしてしまった。

「それに、俺の部下がね、森にいるんですよ。“神隠し”の原因を探るために」
「そんなのは、俺には関係な・・・」
ブンキチは、言い終えることなく、目を見開いた。
喉元に。
クナイが食い込んでいた。
一筋の血が、ブンキチの喉下を伝う。
あと少し、カカシが手に力を込めれば、命はない。

顔に出ないので分からなかったが、カカシはブンキチの愚行を怒っていたのだ。
ナルト以上に。

 

「うちのサクラにもしものことがあってみろ」
表情なく、カカシは殺気を滲ませた声で言った。
「生まれてきたことを後悔させてやる」

雰囲気に呑まれ、その場にいた全員が口を閉ざした。
気の弱い者なら、腰を抜かしているであろう、張り詰めた空気。
それは、ある一人の村人の来訪により、破られる。

「大変だ。森の方から、女の子が!!」

皆の集まる広間に、血相を変えた村民が叫びながら入ってきた。

 

 

森からやってきた少女の正体は、サクラだった。
サクラは、その背に幼い子供を抱え、足を引きずりながらゆっくりと歩いてくる。
村人達が何を言っても、サクラは無視をして歩きつづけた。
一直線に、村長の家を目指す彼女を、村民達は固唾を呑んで見詰めている。
いつしかサクラの歩く両側には、彼女の歩みを妨げない程度に人だかりが出来ていた。

村長の家の戸口から出て、最初に目に入ったサクラの姿に、カカシ達は目を見張る。
顔は煤で真っ黒。
髪や服は所々焦げ付き、布に隠れていない腕や足は火傷で赤く膨れあがっている。
本当にサクラなのかと疑うほど、壮絶な外見だった。

 

「・・・カカシ先生」
サクラの口からかすれた呟きがもれ、呆然と様子を見守っていたナルトはようやく我に返る。
「サクラちゃん!」
ナルトやサスケが駆け寄ったが、サクラは視線の先にいるカカシしか見ていない。
「先生、河原に、子供達を運んだの」
言いながら、サクラはなおも前へ前へと進む。
「火が回る前に、迎えに行ってあげて。お願い・・・」
「分かった」

要領を得ない、サクラの言葉。
だが、その必死な気持ちは伝わったのか、カカシは重々しく頷く。
サクラは安心したように顔を綻ばせた。
同時に、倒れこんだサクラを、カカシは彼女が背負う子供ごと受け止める。

「サクラちゃん」
「サクラ」
ナルトとサスケが、心配げに呼びかける。
意識のないサクラには、答えることはできない。
あの森から、さより姫を背負って火の手を避けながら村まで戻ってきたのだ。
他の子供を、比較的安全と思える水辺まで運んだ後で。

カカシは腕の中のサクラを見詰めて、優しく声をかける。
「よく頑張ったな」
彼女の煤で汚れた頬を、カカシが拭うようにして撫でる。
そのとき、ナルトにはサクラは僅かに微笑んだように見えた。

 

 

村人達の懸命な消火活動により、森での火災は半焼で抑えることが出来た。
それでさえ、多大な被害だが、全焼よりはましだ。
炎の大きさを考えると、村まで火が届かず、それだけですんだことが奇跡なようなことだった。

そして、“神隠し”の事件も、全て良い方向へと解決した。

河原で見つかった子供達は全員無事家族のもとへと帰っていった。
さより姫が体調を崩したのは、火事のことが原因。
もともと土着の神である彼女は、その土地の影響を直接受ける。
火災が止むのと同時に、彼女は目を覚ました。

村長はさより姫に今までの非礼を詫び、これからは以前のとおりに祠を大切に祀ることを誓った。
土地神を祀ることは天災による飢饉を減らし、村の繁栄に繋がるのだと、諭されて。

 

 

「サクラ、本当に帰っちゃうの」
「うん」
さより姫の言葉に、サクラは頷きながら続ける。
「うちの両親も心配してるだろしね」
微笑むサクラは、その手足にまだ痛々しく包帯を巻いている。
だが、山道を歩くには支障がない程度に、ようやく完治したのだ。
村長以下、何人かの村人が、7班の面々を見送るために村の外れまでやってきている。

沈んだ表情のさより姫の頭を、サクラが優しく撫でる。
「また、来るわよ。遊んでくれる友達も、出来たんでしょ」
「・・・うん」
さより姫は少しだけ頬を緩ませる。

さより姫が無害だと分かると、順応性の高い村の子供達は易々と彼女の存在を受け入れた。
子供とは、そういうものだ。
大人達はまださより姫を恐れている部分があるが、それでも、彼女ならやってけるだろう。

「サクラ、行くぞ」
やや遠くでなごりを惜しむ二人を見ていたカカシは、サクラに呼びかける。
「分かってますって」
答えたあと、サクラはさより姫に向き直る。
「じゃあ、元気でね」
神様相手にこういう別れ文句も変だとおもったが、サクラは言わずにはいられなかった。

 

これは、木ノ葉の作業記録には載っていない、7班の彼らだけが知る出来事。


あとがき??
もう後先を考えずに話を作るのはやめようと思いました。反省!
さりげなくカカサク(師弟愛)を入れるあたり、やはり私はカカサク好きー。(笑)
一番のお気に入りは参で、カカシ先生とサクラが情報交換していたところだろうか。ナルト達に内緒で。
仲良しvv
カカシ先生が黙っていたのは、サクラと共有した秘密を漏らしたくなかったからですよ。子供子供。

ようやく一つ続きものが終わってホッとしましたわ。でも、まだ、アレが・・・。


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