ひまわり家族 3
「ナルトちゃんのためにも、絶対に母親は必要だと思うのよ」
「はぁ・・・・。でも、ナルトはもう15ですよ」
「多感な時期じゃないの。今しかないわよ、今しか」
「そうでしょうか」
くどくどと話すおしか婆に、四代目はいつも通り人当たりの良い笑顔で応えている。
本音を言うと「忙しいから早く帰ってください」という気持ちだが、年寄り子供に優しい四代目には口が裂けても無理だ。
このおしか婆は男女の仲を取り持つことが趣味らしく、四代目がいる時間を見計らって定期的に彼のもとを訪れる。
そして今日こそは何が何でも良い返事をもらいたいらしく、なかなか帰ろうとしなかった。
「実は、先方のお嬢様は今日ここにいらして下さっているのよ」
「・・・・はっ?」
「だから、顔見せして頂戴ね」
予想外の展開に驚く四代目をよそに、背後に控える者に合図をすると、おしか婆のお薦めの娘とやらが入ってくる。
また面倒なことをしてくれると思った四代目だが、彼の愛想笑いはそのまま凍り付いた。
さる華族の令嬢という、二十代半ばの娘。
結い上げた蜜色の髪に青い瞳、目の覚めるような美女だ。「こんにちは」
にっこりと微笑まれた四代目は、挨拶も忘れてただ彼女の顔を見つめている。
彼女の存在は、四代目にとってまさに奇蹟のように思えた。
『四代目、特注の婚約指輪を購入!!来月にも挙式か!?お相手は三条家のご令嬢』
「ねーねー、心配じゃない?」
「煩いわね!!」
週刊誌の記事を自分に見せながら歩くナルトに、サクラは目くじらを立てる。
何しろ、四代目は里の人気者だ。
週刊誌のネタに使われない日はないが、今回は何度目かの婚約騒動。
だが、今度こそは四代目もその気だともっぱらの噂だった。
週刊誌に載っている写真は二人が仲睦まじい様子でデートをしているもので、四代目も明るい笑顔で写っている。
さらに女物の指輪を購入したことも事実となれば、サクラが不安にならないはずがなかった。「俺さー、今度は父ちゃんも本気だと思うんだよね」
「・・・何でよ」
「これ、見て」
ナルトはパスケースに入れた一枚の写真をサクラに見せる。
蜜色の髪に空の青のような瞳、柔らかく微笑するその姿は、四代目と噂されている美女だ。
「何であんたが、ご令嬢の写真を持っているのよ」
「ブッブー」
サクラの言葉を否定したナルトは、満面の笑みを浮かべた。
「これ、俺の母ちゃん。綺麗でしょう」
「え!?」
目を丸くしたサクラは、改めてその写真を凝視する。
確かに、写真はいくらか色褪せていて時代を感じさせた。
だがそれ以外は華族の令嬢と瓜二つで、違いを探す方が難しそうだ。「父ちゃんの理想って、全部この母ちゃんが元なの。たまに、TVに出ている女優さんを褒めても、母ちゃんに目が似てるとか、口元が似てるとか、そんな感じ。だから今回のご令嬢は、父ちゃんにはまさに直球のストライクなんだよ」
「・・・・・」
四代目に密かに想いを寄せるサクラは、何とも言えずに俯く。
ナルトの母も、噂の令嬢も、サクラとは比べものにならないほど美人だ。
もともと自分には高嶺の花だったのだと、諦めの境地のサクラに対しナルトはさらに追い討ちをかけた。
「サクラちゃんは、声だったんだよ」
「・・・何が」
「声が、母ちゃんに似てたの。だから、サクラちゃんを見かけるとつい話しかけちゃうって、父ちゃん言っていたよ」
最初から、断るつもりだったのだ。
それが、おしか婆の押しに負けて顔を合わせて、度々会うようになって、スクープされてしまった。
このままだと、非常にマズイことになる。
その日、四代目が令嬢を家に招いたのが、きっぱりと彼女に自分の意思を伝えようと思ってのことだった。
「そんなに、広い家じゃないんですね」
「ええ、火影のための家は別にあるんですが、そちらは三代目が使っているんですよ。僕はナルトと二人暮らしだし、これぐらいで十分なんです」
「でも、これからは家族が増えるわけですし、先代には早くその場所を譲って頂きましょう」
「・・・・・」
思わず「はい?」と訊きそうになった四代目だが、動揺は笑顔で押し隠した。
どうやら、彼女は結婚前の下見として、この家を訪れたつもりのようだ。
そうなると、ますます「破談」の話は言い出しにくくなってしまう。「私、幸せです。歴代最強と謳われる火影の妻になれるなんて。幸せな家庭を築きましょうね」
「あ、あの・・・・」
意外にも積極的な令嬢に抱きつかれ、四代目はあたふたと後退する。
細い腕だというのにかなりの力で、唐突に扉が開かれなければそのまま押し倒されそうな勢いだった。
「・・・・お邪魔だった?」
扉から顔を覗かせたのは、家のもう一人の住人であるナルトだ。
「いや、いい、ナイスタイミング・・・」
安堵の吐息を漏らしたのも束の間、四代目は心臓を鷲掴みにされたような気持ちになる。
ナルトの傍らで、令嬢と抱き合う四代目を見据えているのは、腕に大きな薔薇の花束を抱えたサクラだった。「四代目のお子さんね」
「はい。ナルトっていいます。よろしくお母様」
ナルトが作り笑顔と共に言うと、突然の乱入に不満げだった令嬢はすっかり気をよくしたようだ。
「まぁ、可愛い息子さんね」
「は、はぁ・・・・」
曖昧に答える四代目だが、もはや彼女の言葉など耳に入っていない。
サクラから目が離せないでいると、視線に気付いたのか、彼女はつかつかと四代目に歩み寄った。
「ご婚約、おめでとうございます。これ、ほんの気持ちです」
花束を手渡し、サクラはこれ以上ないほど穏やかな微笑を浮かべてみせる。
だからこそ、恐ろしさも倍増だ。
「あ、あの、サクラ・・・・」
「行きましょう、ナルト。ラブラブなお二人の邪魔しちゃ悪いわ」
「そうだねー」
サクラに腕を引かれたナルトは、にこにこ顔で相槌を打つ。
「あ、お母様、この子は俺の彼女でサクラちゃん。これからもよろしくね」二人が慌ただしく退室すれば、再び四代目と令嬢は二人きりだ。
「何だか、可愛いカップルね」
くすくす笑う令嬢だったが、四代目は暗い表情で薔薇の花束を見つめている。
サクラを傷つけた。
あの笑顔と、祝福の言葉が本心でないことは確かだ。
そうでなければ、立ち去る寸前に涙など浮かべるはずがない。「・・・ごめんなさい」
「四代目?」
ふいの謝罪に、訝しげに振り向いた令嬢だが彼の目はまだ薔薇に向けられている。
「他に好きな人がいるので、あなたとは結婚出来ないです」
多忙な四代目とは会う機会が元々少なかったが、それからサクラは極端に彼を避けるようになった。
その息子のナルトとは一緒に出かけても、家の周りには寄りつかない。
令嬢との仲がこじれたことも風の噂で伝わったが、関わりなきことだ。
自宅に直接彼から電話があり、両親が右往左往としていても、サクラは彼を頑なに拒絶した。
だから、それは本当に最後の手段だったのだ。
「ふ、ふ、不法侵入ですよ!!火影だからって許されないです!」
パジャマ姿のサクラは、動揺のあまり近くにあった金属バットを握り締めながら叫んだ。
「すぐに帰るよ」
窓から強引に彼女の部屋に侵入した四代目は、どこか余裕のある表情で言う。
仕事帰りにサクラの家に寄ると自然と夜になり、別に何か邪な目的があったこの時間を選んだわけではないのだ。「これ、渡したかっただけだから」
四代目が放り投げた小箱を、サクラは反射的にキャッチする。
「開けてみて」
「・・・・・」
サクラは宝石類にあまり興味がなかったが、小箱に入った指輪が途方もなく貴重なものだというのは分かった。
この大きさのダイヤモンドはただごとではない。
サクラの給料の10年分でも足りないことだろう。
「・・・・何ですか、これ」
「婚約指輪。じゃあね」
本当に、目的の物を渡すなり帰ろうとする四代目を、サクラは慌てて引き留める。
「ま、待ってくださいよ!どうしろっていうんですか、これ」
「今すぐとは言わないから、考えてみてよ」
「ちょ、ちょっと待ってーー!!」
サクラが叫ぶそばから、子供部屋の騒ぎを聞きつけた彼女の母親が扉を強く叩き始めた。
「サクラ、どうかしたの!?」
「あーもーー」すでに隣りの家に屋根の上へと移動した四代目に、窓から身を乗り出したサクラは大きな声で訊ねる。
「顔より、声を選んだんですか?」
「えっ、何」
「ナルトが、私と亡くなった奥さんの声が似てるって・・・・」
言っているうちに泣きたくなったサクラだが、月を背に立つ四代目は、そんな彼女を見て笑っている。
亡き妻に似た令嬢の出現には、心を動かされた。
だが、それでもサクラの方が良いと思えたのだ。
声が似ていたことなど、最近ではすっかり忘れきっていた。「サクラだからだよ」
返事のない娘の部屋の扉を強引に開いたとき、サクラは金属バットと小箱を握り締めて呆けていた。
「サクラ、ちょっとしっかりしなさい!」
肩を揺さぶると、サクラはようやく曖昧な視線を母親へと向ける。
「・・・・お母さん、私が四代目と結婚したら、どうする?」
「変な夢を見たのね。ほら、早く布団に入って寝直しなさい」サクラの言ったことが数ヶ月後に現実になると、母親はもちろん知らない。
翌朝、大きなダイヤの指輪が手元になければ、サクラ自身も夢だと思ったかもしれなかった。
あとがき??
四代目にメロメロなサクラ。段々と距離が縮んできたかなぁ・・・・。
続きを書くとしたら当分先ですよ。
個人的に、ナルトの母親は金髪碧眼で、四代目の女版といった顔の設定です。
自分によく似た顔を選んだというとナルシストのようですが、ただ彼女が四代目の母親に似ていただけです。
男はみんな、マザコン設定。
おしか婆さん=近所に一人はいて、見合いを斡旋するおばーさんというイメージ。