シノビライフ 4


「お兄ちゃん、待ってよー」
「ついてくるなよ」
妹はバケツを持って走る兄を必死で追いかけるが、距離は広がるばかりだ。
同級生のよっちゃんとザリガニ取りに行く約束をしていた兄は、妹をまくつもりでさらに速度をあげた。
4つ年下の妹が可愛くないわけではないが、彼女のままごと遊びに付き合うよりは、アカデミーの友達と遊ぶ方がずっと楽しい。
そろそろ諦めただろうかと振り向くと、妹はまだしつこく後方を走っている。
「しつこいなー」
舌打ちした兄が気づいたときには、脇道から出てきた人物がもう避けきれないところまで接近していた。
そのまま体当たりした兄が転倒せずにすんだのは、相手に上背があったのと、とっさに抱き留められたおかげだ。

「ご、ご、ごめんなさい!!」
「いや、こっちも考え事して歩いてたし」
掴んでいた兄の腕を離すと、その人は少し屈んで少年の顔を見つめる。
「どこか痛くしなかった?」
優しい微笑みと共に訊ねられた兄は、何度も首を縦に動かして応えた。
どこかで見た覚えのある顔だったが、とっさに名前が出てこない。
その人は金髪碧眼のかなりの男前で、映画俳優か何かかもしれなかった。
「お兄ちゃん!!」
追いついた妹が兄に飛びつくと、穏やかな笑みを浮かべていたその人の顔が一層綻ぶ。
「君達、どこに行くの?」
「ザリガニ取り」

 

 

川で遊ぶ子供達が明るい笑い声をたてている。
橋の上を歩くサクラは、その中に大人の声が混じっていることに気づき、手すりから身を乗り出してその方角を見やった。
黒髪の少年二人と少女一人、そして金髪の男が川岸に集まって何かをしている。

「また逃げられた・・・・」
「おじさん、下手だなぁ」
子供達に笑われて、四代目は困ったように頭をかいた。
彼らに誘われた四代目は、手本を見せるつもりでザリガニ取りに参加したのだが、先程から餌を取られるばかりで一匹も捕まえられない。
術を使えば簡単に取れるのだが、それでは意味がないのだ。
「何やってるんですかー?」
頭上からその声が聞こえてきたのは、四代目が子供に平謝りをしているときだった。
日傘をさして自分を見下ろしているサクラに、四代目は彼女まで届くはずのない小さな声で呟く。
「・・・・ザリガニ取り」

 

 

 

火影らしく、慎みのある行動を取るようにリンからはしつこく言い含められていた。
おそらく今の光景をリンに目撃されれば、いつものように怒られるのは必至だ。
「ようは、タイミングですよ」
糸を水に浸したサクラは、真剣な顔つきで説明し始めた。
「引っかかったと思ってすぐ紐を上げちゃうと逃げられるんです。もう少し辛抱してください」
言っているそばから糸が水の中から引っぱられ、サクラは見事にザリガニをつり上げてみせる。
「姉ちゃん、やるな!」
「まあねー」
得意げに胸を反らしたサクラに、子供達は賞賛の眼差しを向けた。
今まで良いところのない四代目にすれば、情けない思いが増すばかりだ。

「あ、そこ、危ない!」
「えっ」
忠告は少し遅かったらしく、苔の生えた岩の上に移動した四代目は、振り向くのと同時に足を滑らせる。
気が緩んでいたせいか、全く無防備に川に落ちてしまった。
怪我はしなかったが、水の中で尻餅をついたためにびしょ濡れだ。
「おじさん、とろいなぁ〜」
「ザリガニ逃げちゃったよ」
不満をもらしながらも、子供達はみんな笑っている。
「・・・ごめん」
「ほら、しっかしてよ」
自力で立ち上がることはたやすかったが、四代目は差し出された小さな掌を素直に掴む。
ザリガニが取れなくても、濡れ鼠でも、何故だかひどく楽しい。
火影としての仕事が彼らの笑顔に繋がっているのかと思うと、休みの少ない多忙な日々でも、また頑張ることが出来そうだった。

 

 

 

「おじさん、また遊んでやってもいいぞ」
「うん」
別れ際、ガキ大将と思われるよっちゃんに背中を叩かれ、四代目は苦笑で応えた。
「おねーちゃん、またねー」
「またね。気を付けて帰るのよ」
仲良く手を繋いで帰っていく兄妹に手を振ったサクラは、笑顔のまま振り返る。
「やっぱり、いいですね」
「えっ、ザリガニ取りが?」
「違いますよ」
怪訝そうに眉を寄せた四代目を見て、サクラはくすくすと笑った。
「私、あんな風に、子供みたいに笑う火影様を初めて見ました」
「・・・・・リンにはいつも、もっと火影らしくしろって言われてるけど」
「休みの日まで背筋を伸ばす必要なんてないですよ。会議の席での凛とした火影様も素敵ですけど、私は今日の火影様の方が好きです」

夕日に照らされたサクラの笑顔が、妙に眩しく見えた気がした。
何かを言いかけた四代目だったが、声は喉から出てこない。
「じゃあ、私の家はこっちなので。失礼します」
手提げ鞄を持ったサクラは、もどかしげに目を伏せた四代目には気づかず、頭を下げて走り出した。
先程までの楽しかった気持ちが、彼女が去ったのと同時にしぼんでいくのが分かる。
「好きって・・・・」
たいした意味のない言葉だと分かっているのに、妙に頬が熱い。
自然な笑みを浮かべられたのは、子供達がそばにいたこと以上に、彼女の存在が影響していたのかもしれなかった。


あとがき??
思い出したときに、ふらりと書く、気長にまったりなシリーズのようです。とくに終わりはない。
四代目がこんなところにいるはずがない、という先入観から子供達はその正体に気づかなかったらしい。
一体いつ書いたんだよ、というくらい前に書きかけで止まっていたSSです。なので季節がずれている。


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