猫になりたい 3


「もう木ノ葉隠れの里に用はない」
「ああ」
「やり残したことはないな」
「ああ」
「・・・・ところで、それは何だ」
イタチは先ほどからずっと気になっていたことを鬼鮫に訊ねる。
木ノ葉隠れの里を出てから、鬼鮫が片時も離さず大事そうに抱えている大きな袋。
つい昨日まではそんなものは持っていなかったはずだ。

「珍しい動物を見付けたものだから・・・・」
照れ笑いらしきものを浮かべる鬼鮫を、イタチは鋭い眼差しで睨む。
意外に動物好きの鬼鮫は、目に付く生き物を何の考えもなく持ってきてしまうことが多々あった。
イタチが彼と一緒に行動するようになってからは、犬10匹、猫15匹、その他動物もネズミやリスなど30匹ちかく拾ってきただろうか。

「今度は何なんだ。一緒には連れて行けないぞ」
鬼鮫から袋を奪うと、それはなかなかしっかりとした重みがあった。
「本当に珍しいんです。これは絶対に値打ちがある」
鬼鮫の弁明を聞き流しながら、イタチは袋の上部をまとめている紐をほどいていく。
猛獣が出た時の用心のために身構えたイタチだったが、中にいたのは、拍子抜けするほど殺傷能力を持たない生き物。

「ほら、可愛いでしょうー。なんていう動物か分からないですけど、街を歩いているときに見付けてその場で網をかぶせて引っさらってきたんです」
楽しそうに語る鬼鮫を横目に、イタチは大きなため息をつく。
猿ぐつわををかまされ、手足を縛られた状態で目に涙をためているのは、どう見ても人間の少女だ。
ただ普通と違うことは、頭に猫のような耳が生え、尻に尻尾がついていること。

 

 

 

「餌は何を食べるだろうか」
森の中、野営の準備をする鬼鮫は浮き浮きとした顔で呟く。
「別に、普通でいいだろ」
川の水をくんだ水筒を鬼鮫に手渡すと、イタチは首を巡らせて周囲の気配を探る。
「それで、あの妙な動物はどこにいったんだ?」
「何言ってるんですか、ちゃんとここに・・・・・」

振り向いた鬼鮫は自分の腕に巻き付けてあるロープを強く引っ張った。
だが、それは微かな抵抗すら感じず鬼鮫の手元まで戻ってくる。
先端に結びつけていたはずの猫耳の少女は忽然と消え、ロープはただの縄の切れ端になっていた。

「に、逃げた!??」
小さなナイフでも持っていたのか、ロープは途中で綺麗に切られている。
「俺の猫娘が!!」
「この森には人食い虎や熊が出ると有名だな」
「・・・」
イタチがぼそりと呟くと、ちょうど良いタイミングで森を潜む獣の咆哮が聞こえてきた。
彼らにしてもれば、まさにこれからが活動の時間。
ナイフを持っていたとしても、たいした攻撃手段を持たない一人の少女は打ってつけの獲物だった。

 

 

 

 

「うう、何で私がこんな目に・・・・・」
とぼとぼと森を歩くサクラはひたすら泣き続けている。
日曜の午後、街で買い物をしていたときに突然視界が暗転した。
気づいたときには、袋に入れられ、手足が縛られている。
どこに連れて行かれるか、何をされるか一切分からず、これ以上の恐怖はなかった。

「お父さん、お母さん・・・・、助けて」
頬を拭ったサクラは、心細い声を出す。
隙を見て逃げ出したものの、ここがどこなのか全く分かっていないサクラはただ森を彷徨っているだけだった。

微かな月明かりを便りに、揺れる葉音一つにびくびくして歩いていたサクラは何か柔らかなものを踏みつけて足を止める。
そして、振り返ったサクラの目に映ったのは、夜の闇の中に光る二つの眼。
自分の足の下にあったのが巨大な虎の尻尾部分だったと知ったときには、もう遅い。
迫り来る鋭い爪を、サクラは呆然としたまま見上げた。

 

瞬間、自分の死を信じて疑わなかったサクラは、その浮遊感を死による錯覚なのだと思った。
だが、耳元で囁かれた声はしっかりと頭の内に響いてくる。
「じっとしてろ」
サクラを支えているのは、温かな人の手だ。
身体には何ら痛みを感じず、鼻につく血の匂いは自分のものではないと分かった。

「え!?」
目を見開いたサクラは、自分の置かれた状況をはっきりと確認する。
サクラの身体の代わりに足下に転がっているのは、首を飛ばされてすでに息絶えている虎。
切った者の腕がいいのか、刀が鋭利だったのか、地表には一滴の血も散っていない。
虎も、苦痛を感じることなく即死だっただろう。
「夜が明けたら里に帰してやる。だから勝手に動き回るな」

サクラはそのとき、ようやく自分を助けてくれた人物をまじまじと見た。
サクラの手を引いて歩き出したのは、彼女を攫ったと思われる二人連れの一人。
夜目に輪郭ははっきりと分からず、その瞳に浮き出ているのは禍々しい赤の光だったが、サクラは不思議と恐怖を感じることはなかった。

 

 

 

 

「本当に返さないと駄目ですか」
「この生き物は故郷の空気の中でないと生きられない。このまま連れて行っても死ぬだけだ」
名残惜しそうにサクラ、いや、サクラの猫耳を見た鬼鮫はイタチによって諭されていた。
もちろん、イタチの言葉は詭弁だ。
『猫耳病』についての文献を読んだことのあるイタチは、あと数日でサクラの耳と尻尾が消えて無くなることを知っている。
そして、鬼鮫が拘っているのは、珍獣であるサクラだ。
その正体が普通の人間なのだと判明すれば、興味を失ったサクラに対し鬼鮫が何をするか分からない。

「お前は先に行っていろ」
「・・・はい」
サクラをなめるように見ていた鬼鮫は、渋々というように引き下がる。
びくびくとイタチの陰に隠れていたサクラは鬼鮫がいなくなってから、ようやく息を付いた。
そして、包帯の巻かれたイタチの腕を心配そうに見やる。

「あの、ごめんなさい。昨日は私のせいで怪我を・・・」
「自分が油断をしたからだ。それに、森を歩くようなことになったのはお前のせいじゃないだろう」
イタチは前方を見据えたまま素っ気なく言う。
歩いている街道の風景は段々とサクラの見覚えのあるものに変わり、木ノ葉隠れの里が近いことを示していた。
嬉しいはずなのに、サクラは心はどうしてか沈んでいく。

 

「ここからは一人で帰れるな」
ふいに立ち止まったイタチに、サクラは悲しげに眉をひそめる。
繋がれた手は放され、それが無性に寂しく感じられた。
そのまま踵を返そうとしたイタチのマントを、サクラはとっさに掴まえる。

「猫のままなら、一緒にいられる?」
ひたむきな眼差しで問い掛けられ、イタチは無言のままサクラの瞳を見詰め返す。
何の思惑もなく、純粋な気持ちで引き留められたのは、随分と昔の話だ。
そして、今、彼女を連れていけるはずもない。
イタチがサクラの頭に片手を置くと、情けなく垂れ下がっていた耳がぴくりと反応を示す。

「猫じゃなくても、また会える」
自然と口をついて出たのは、イタチ自身も予想外の言葉。
みるみるうちに変わる表情を見ながら、鬼鮫が彼女を拾ってきたのは猫の耳と尻尾が付いていたからではなく、この笑顔を見たからかもしれないと思った。


あとがき??
タイトルを考えると、このイタチ編が本編だった気もします。
イタチ兄も鬼鮫さん同様小動物が好きだったようで。
サクラはイタチ兄の中にサスケの面影を見ているのですが、本人気づいてない様子。

投票の2位は『乱入したイタチ兄にサクラをさらわれる』だったんですが、鬼鮫さんにさらわれてました。(笑)あれ。
イタチ兄はサクラがサスケと同じ班のくの一だと知っていたから親切に帰してくれたんですが、そんなもんは中で書けなかったですね。
ラストのイタチ兄の心情は、「やっぱり連れて行こうか・・・」、かな。
イタチ兄と猫耳サクラの組み合わせは、思った以上にラブリーでした。


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