顔 2


「ひどい、ひどい!!約束していたのにー!!!」
サクラは前を歩くサスケの背中を叩きながら、ひたすら彼を詰っている。
本当ならば、二人はこれから映画を観に行く予定だった。
サスケに急な任務が入りさえしなければ。
「私と任務とどっちが大切なのよ」
「任務」
躊躇することなく答えるサスケに、サクラは頭に血を上らせた。
「こっち向きなさいよ!」

サクラが金切り声をあげると、サスケは思いのほかあっさりと従う。
振り上げられたサクラの片手は、おそらく、サスケの頬をはたくためのものだ。
だけれど、サスケの顔を見上げるサクラは手をぶるぶると震わせ、何故か瞳に涙をため始める。
「うう・・・・。駄目、私にはできないわ」
ナルトやカカシの顔ならば、遠慮なく殴ることができる。
だが、目の前にある端麗な顔を傷つけるのは、それだけで罪な気がした。
何より、サスケのこの顔にサクラは惹かれたのだから。

「サスケくん、何でこんなに綺麗な顔なの。ああ、全然肌も荒れてないし、すべすべ。このまま持って帰っちゃいたい」
「・・・・おい」
自分の頬を撫でまわすサクラに、サスケは迷惑そうに眉を寄せる。
「駄目よ、そんなことしたら。おでこのシワが取れなくなっちゃうわよ。私はこの顔が好きなのに」
話しているうちに怒りは沈静化したのか、サスケから手を放したサクラはにっこりと笑った。
「任務が最優先でもしょうがないよね。その代わり、明日サスケくんの家に行くから。電話でサスケくんのお母さんに遊びに欲しいって言われたの」

 

 

 

「いーじゃない、お茶会するくらい。あなたの恋人なんでしょ、サクラちゃん」
「だから、何で俺に黙って話を進めているんだ!」
「別に、あんたはいなくてもいいのよ。私がサクラちゃんとお話したいんだから」
にこにこと笑う母親を、サスケは半眼で睨みつける。
「・・・・またよけいなことを告げ口するんじゃないだろうな」
「よけいなことっていうのは、サスケが5歳のときにイタチを追いかけてどぶにはまって泣き喚いたこととか、お化けが怖くて部屋の電気を消して眠れなかったこととか、おねしょを隠そうとして布団を別のとすり替えようとしたこととか?」
「だから、そういうのやめろって!!」
「大丈夫よ、まだ半分くらいしかサクラちゃんに話してないから」
明るく微笑む母親に、サスケはがっくりと膝をつく。
彼にとっては半分しかではなく、半分も、だ。
自分よりも相性の良いらしい母親とサクラとの仲を裂くことは、サスケにも無理なようだった。

「もうどうにでもしてくれ。あいつがいないだけマシだ」
「あいつ?」
「兄さんだよ」
立ち上がって膝をはたいたサスケは、ぐるりと首をめぐらせる。
家族の一週間の予定表が書かれたメッセージボードには、イタチは三日後まで任務で留守と書いてあった。
上忍として活躍するイタチが家でのんびりしていることは滅多にない。
サスケの弱点を母親より知っているイタチがサクラを顔を合わせたらどうなるか、想像するだけで怖かった。
そして、二人のいるキッチンにチャイムの音が響く。

 

「あら、サクラちゃんがもう来たのかしら」
弾む足取りで玄関に向かった母親はうきうきとした表情で扉を開ける。
だけれど、そこに立っていたのは彼女の予想とは違う若い男。
「・・・あら?」
「ただいま」
耳に届いた低い声に、サスケは間髪入れずに振り返る。
そして、兄のイタチに続いて入ってきた少女の姿に、さらに身を硬直させた。

「こちらの可愛いお嬢さんが道に迷っていたから、連れてきました」
「こ、こんにちは」
上ずった声を出したサクラは、イタチの後方で丁寧に頭を下げる。
電話でしか話したことのないサスケの母親と、サスケそっくりの面立ちの兄を前にして、緊張するなという方が無理な話だった。

 

 

通された居間でイタチの隣りに座ったサクラは、熱に浮かされたように顔を真っ赤にしていた。
家族のアルバムを広げるその部屋の片隅には、仏頂面のサスケもいる。
和気藹々とした空気の現場にはあまりいたくなかったが、自分が不在のときにどんな話をされるか知らない方が怖い。
そして、任務が早めに終了したことで帰ってきたイタチも、どうしてか今日は饒舌だ。
会話の中心であるサクラが、上手く話を聞きだしているせいだろう。
計算しているわけではなく、自然とそうした流れを作っているサクラにサスケはほとほと感心する。

そして、サスケの幼い頃の失敗談に嬉々とした顔で耳を傾けていたサクラは、日が暮れた頃にようやくリビングのソファーから立ち上がった。
「またいつでも来てね」
「はい」
玄関先で見送るサスケの母の言葉に、サクラはしっかりと頷く。
「どうも、お邪魔しました」
「サスケ、送っていってあげなさいよ」
母親に言われるまでもなく、サスケは外套を羽織った姿でその場にいた。
扉が閉まる直前、振り返ったサクラがイタチに小さく手を振ったのも見逃してはいなかった。

 

 

隣りを歩く彼の機嫌があまりよくないことを、サクラは肌で感じ取る。
だが、彼がだんまりを決め込んでいるのはいつものことで、サクラは気にせずサスケに話しかけていた。

「サスケくんのお母さん、優しそうな人だよね。お兄さんも素敵だし。次はお父さんにも会ってみたいわ」
「お兄さん」の単語の部分で、サクラの声音は僅かに弾んだ。
同時に、それまで黙々と歩いていたサスケが唐突に足を止める。
そのまま通り過ぎそうになったサクラは慌てて立ち止まり、サスケを仰ぎ見た。
「サスケくん?」
「お前、俺のどこが好きだって言った」
「顔」
深刻な表情で問うサスケに、サクラは思わず即答していた。

サスケがイタチとサクラを会わせたくないと思ったのは、過去の話をされることより、兄と自分の容姿がよく似ているからだ。
サクラがサスケの顔を好きだというのなら、それはイタチにも当てはまる。
しかも、イタチはサスケよりも人望と実績があり、大人だ。
同じ顔ならば、サクラがイタチの方になびいても不思議はない。

「兄貴を見てどう思った」
「だから、素敵だって・・・」
「それだけか」
厳しい眼差しを向けられ、サクラは不思議そうに首を傾げる。
「どうしたのよ、サスケくんったら。そんなこと言ったら、焼餅やいてるみたいよ」
口元に手を当ててくすくすと笑い出したサクラに、サスケの眉間の皺はさらに深くなる。
普段は機転の利くサクラも、自分自身のこととなると、とことん鈍いということを失念していた。

 

「サスケくんが何を聞きたいかよく分からないけど、私が好きなのはサスケくんの顔だけ、ってわけじゃないのよ」
言いながら、サクラは向かい合わせに立つサスケの手を掴んだ。
「こうやってね、手を繋いで歩くと、ちょっと緊張して早足になっちゃうサスケくんが好きなの」
まっすぐに瞳を見据えてくるサクラに、サスケの顔はみるみるうちに赤くなる。
「・・・・お前、よくそうやって好きとか平気で言えるな」
「えへへ」
赤面して目をそらしたサスケを見て、サクラは嬉しそうに顔を綻ばせる。
こうして照れ屋なところも可愛くて好きだということは、言えば怒ると分かっているから秘密だ。


あとがき??
随分前に書き出したまま放ってあった作品。
リク駄文でイタサクを頼まれているので、前哨戦のつもりで完結させてみました。
イタチ兄、難しいですね。取り敢えず、敬語で紳士、サスケを可愛がる(いじめる?)を条件に頑張ります。
イタサクを書こうとするとサスサクになるので困る。
イタチ兄とサスケは切っても切り離せないというか、抱き合わせというか・・・。抱き合わせ、何だかいやらしい響き。(あほな)
復帰したらサスサク祭りをやると言っていた気がするので、あと数本書こうか、どうしようか。

この話のサクラはうちの姉がモデルですね。
話しているうちに元気になる不思議なキャラクターって、実際いますよ。


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