ジュリエットの卵


写輪眼の使いすぎでカカシが倒れたのは今月で二度目。
そして、サクラがカカシの家を訪れたのも、今月二度目のことだった。

「いつもすまないねぇ・・・」
「嫌だ。寝たきりのご老人みたいなこと言わないでよ」
粥の入った器を持ってキッチンから出てきたサクラは苦笑いをして言った。
「カカシ先生、早く彼女作った方がいいわよ。一人暮らしだと、病気したときとか大変でしょ」
「そうだね。でも、アスマが時々様子を見にくるし・・・・」
「髭のある人が先生の好みなの?」
サクラが笑いながら訊ねると、カカシは眉を寄せて彼女を睨んだ。
「冗談じゃない」
鈴を転がすような声で笑ったサクラは、椀の中身をさじですくいカカシの口元へと持っていく。
「カカシ先生は働きすぎなのよ」

 

以前のように毎日顔を合わせることはないが、サクラは何かとカカシの家に機嫌伺いにやってくる。
取り立てて用事はなく、のんびりと世間話をするだけだ。
カカシと同じく、一人で生活するナルトのところにも顔を出しているのかもしれない。
洗い物を片付け、カカシの枕もとに戻ってきたサクラは彼の顔を上から覗き込んだ。

「先生、明後日までには元気になる?」
「たぶんね。何で」
「ピクニックに行こうと思うの。私、休みがその日しか取れなくて」
「・・・・誰と?」
「カカシ先生に決まってるでしょ」
サクラは腰に手を当て、呆れたように言う。
「でも、俺の休みって明日までだよ」
「それは大丈夫。カカシ先生の有給は私が火影様に直談判して一週間もぎ取ってきたから」

サクラはしごくあっさりと言ってのけたが、あらかじめ定められている休暇を変えることは通常あり得ない。
「ど、どうやって!?」
「だって、一ヶ月に二度も倒れるなんて尋常じゃないわ。もしカカシ先生が過労で死んだら、一生呪ってやるって火影様に何度も何度も電話したの」
「・・・・・・それは脅迫というのでは」
「先生の体のためだもの。相手が火影様でも神様でも遠慮しないわ」
開いた口がふさがらないといった様子のカカシに、サクラはにっこりと微笑んだ。
「明後日になったら“良い物”を見せてあげるから、早く元気になってね」

 

カカシ自身、近頃働き詰めだという自覚はあった。
休みを取ってくれたのは有り難いが、ピクニックというのはどうも気乗りしない。
里の長である火影を相手にしても怯まないサクラだ。
抵抗しても無駄だというのは、カカシにも十分わかっていることだった。

 

 

 

 

「気持ちいいーーー」
快晴の空の下、サクラは他に誰もいないのをいいことに、大きな声をあげた。
まさにピクニック日よりの天気。
通り過ぎる風は春のおとずれを感じさせる暖かなものだ。
「先生ー、靴、脱いでも大丈夫よ。最高!」
靴を片手に芝の上を歩いていたサクラは、カカシを振り返って嬉しそうに笑った。

「空、とっても綺麗ね」
「うん」
「空気も、水も、綺麗。綺麗、綺麗」
はしゃぐサクラは適当な場所にレジャーシートを広げ、カカシに座るように促す。
「お弁当作ってきたわよ。朝、5時起きだったんだから」

 

荷物の中から弁当の包みを取り出したサクラは、見せると約束していた“良い物”をカカシに手渡した。
拙い文章で綴られた手紙は、子供達からのメッセージ。
文字の書けない幼い子は、絵で気持ちを表現している。
主に描かれているのは、真っ赤な衣装のサンタクロースと自分の姿だ。

「これ・・・・」
「クリスマスのとき、プレゼントを配った施設から届いたの。感謝状だって」
“サンタさん、ありがとう”の言葉を目で追うカカシに、サクラは微笑んで言う。
子供達の言うサンタとは、カカシとサクラ、二人のことだ。
クリスマスの夜、サクラが引き受けた任務はサンタクロースになって施設の子供達にプレゼントを配るもの。
謝礼はサクラが一切受け取らなかった。
風邪をひいて寝込んでいたナルトの代わりに付き合わされたカカシは、嫌々ながらにサンタクロースを演じたのをよく覚えている。
あのときカカシは早く帰ることばかり考えていたというのに、手紙に同封されていた写真には、どの子供も満面の笑顔で写っていた。

「・・・・サクラ、俺がこの世で一番嫌いなものって何だか知ってる?」
「さぁ」
「無料奉仕」
首を傾げるサクラに、カカシは人好きのする優しい笑顔を向ける。
「昔は高額ってだけで危険な任務をどんどん引き受けて、安い仕事は内容すら聞かなかった。でも、変だよね」
シートの上にごろりと寝そべると、カカシは手紙の一つを頭上に掲げる。
生き生きとしたその文字と絵から、喜びが直に伝わってくるようだ。
「人を沢山殺して使い切れない大金手に入れるより、ただ働きで子供に笑顔を貰ったほうがずっと嬉しいなんて。今まで、全然気づかなかった」

 

 

 

視界にあるのは、どこまでも続く広い原っぱ。
草間から顔を出した緑色の昆虫が、時々レジャーシートの上を横切っていった。
近くを流れる小川のせせらぎが、優しい音色を耳に届ける。
サクラの言う通りだった。
目に映るもの、全てが美しく見える。
今まで見えなかったものが逆に鮮明になって、狭かった世界が一気に広がったような、不思議な感覚。
美味しそうにおむすびをほおばっていたサクラは、驚いたようにカカシを見やる。

「どうしたの?」
「わからない」
肌を撫でる風が、頬の冷たい感覚をカカシに伝える。
寝ころんで頬杖をつくカカシは、サクラを見上げたまま静かに声を出した。
「サクラのそばにいると何だか安心して・・・・・、涙が出てくる」

 

上体を起こしたカカシは、心配そうに自分を見るサクラと目線を合わせる。
「あいつのことは、何かわかったの?」
「・・・それは、もういいのよ」
消息のわからない彼のことを訊ねるカカシに、サクラは寂しげに答えた。
その腕を引き寄せると、華奢なサクラの体は大人しくカカシの腕の中におさまる。

「じゃあ、好きになってもいい?」
「・・・・」
「よりかかっても、いい?」
否と答えればまた泣いてしまうような気がして、サクラは両手をカカシの背に回す。
「うん」

 

 

空の青さも雲の白さも草木の緑も。
目に映る全てがいとおしい。
それは共に感じる人がそばにいてこそだ。

目隠しをして生きていたことに気づかせてくれる。
この人とずっと一緒にいたいと思えて。
明日に夢を見たのは初めてのことだった。


あとがき??
二人の会話は、そのまんま吉野朔実先生『ジュリエットの卵』です。
あとは、コメントのしようがないような。そのまんま。


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