芳香剤


巷の禁煙ブームは忍びの世界にも広まりつつあった。
上忍控え室のすぐ脇にある喫煙室。
そこは隅へと追いやられた悲しい愛煙家達のたまり場だ。

「何で里のために必死に働く俺達が、こんなところで肩身の狭い思いをしなきゃならないんだ」
「そうだ、そうだ」
不毛な会話が続く部屋は古ぼけた換気扇が一つしかなく、常に煙まみれになっている。
ここから出たものは、染みこんだ煙草の匂いから喫煙者なのだとすぐに分かった。
なじみの忍び達と談笑していたアスマは、ふと、見慣れぬ顔が混じっているのに気づく。

「カカシ。お前、煙草吸う奴だったか?」
「いや。別に、好きじゃないし」
何をするでもなく、ただその場所に佇んでいるカカシにアスマは怪訝な表情をした。
「それなら、何でここにいるんだよ」
「血の匂いがごまかせるかなぁと思って。何だかさ、子供達と一緒に行動するようになってから、気になっちゃうんだよね。この手であの子達に触ってもいいのかどうか」
困ったように笑うカカシは、過去に数え切れないほど鮮血を浴びた両手をしげしげと眺める。
「残ってるはずが、ないのにね」
「・・・・・煙草の匂いじゃ体に染み付いた血は取れないぞ」
「知ってる」

 

 

 

予想していたことだが、煙草の香りは思った以上に下忍達に不評だった。
中でも紅一点のサクラは、目をつり上げてカカシに詰め寄っている。

「カカシ先生、肺ガンで死にたいの?」
ずばりと言ってのけるサクラに、カカシは思わず苦笑いをした。
「吸ってないから大丈夫だよ」
「副流煙の方が人体に悪影響なのよ!あんな煙だらけの部屋に入るなんて、自殺行為なんだから。もう喫煙室になんか行かないでよね」
不平を言いながら、サクラはカカシの体にぎゅうっと抱きつく。
驚いたカカシは身を引こうとしたが、サクラは両腕の力を全く緩めない。

「な、何してるの」
「煙草の匂いを消してるの。私、今アロマテラピーに凝ってるから少し香りが付いてるでしょ」
「・・・・サクラの方に俺の匂いが移っちゃうかもよ」
「先生と一緒ならいいわ」
揺るぎのない彼女の声に、カカシは二の句が継げなくなる。
躊躇いがちにその頭に触れると、顔を上げたサクラは嬉しそうに笑った。

 

 

 

喫煙室の次にアスマがカカシと顔を合わせたのは、任務の報告書を提出する途中だった。
ニ、三、言葉を交わして廊下をすれ違っただけだが、カカシからはすっかり煙草の匂いは消えている。
代わりに香ったのは、心地の良いハーブの匂い。

「もう喫煙室には行ってないのか」
その背中に問い掛けると、振り向いたカカシは明るい微笑を返してきた。
「うん。いい芳香剤見付けたから」


あとがき??
私も煙草は好きじゃないです。
忍びはあまり匂いのするもの付けちゃ駄目なんだけど。
サクラが平気だと言ったのは、煙草の匂いのことだけじゃないですよ。
匂いが移るには、よほどくっついてないと駄目ですね。(笑)


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