狼さんとその獲物と子羊たち


「獲物と言葉を交わしてはいけないよ、いいね」

それが、独り立ちする娘に両親が強く言い聞かせた言葉。
真剣な表情で繰り返す両親に、娘は不思議そうな顔で応える。
「どうして?人間なんて怖くないわよ。私達みたいに立派な耳や尻尾もないし、武器になる牙や爪もない弱い生き物だわ」
「だからだよ。私達のように強くないからこそ、人は頭を使う。言葉巧みに私達をだまそうとするんだ」
まだ首をかしげている娘に、父親は少し寂しげな微笑を浮かべた。
「それに、どんなものでも、言葉を交わすと情がうつるものなんだよ」

 

狼の子供は13になると成人として認められる。
すなわち、親元を離れ、一人で生活しなければならない。
どんなことがあろうと例外はなく、昔から決められている掟だ。
病や怪我を抱える子狼が外の世界で自立できず、野垂れ死にすることはそう珍しくない。
幸いなことに、今日、13の誕生日を迎えたばかりの狼の娘、サクラは健康上何の問題もなかった。

「最初の獲物はどれにしようかしら。やっぱり、肉がまだ柔らかい子供かしら。それとも、丸々太った若い女の子」
森の小道を歩くサクラの顔には、自然と笑顔が広がっていく。
前途洋洋たる未来を信じて疑わないサクラは、この先の苦労など想像もしていない。
自分が一人目の獲物の選択から躓くとは、思ってもいなかった。

 

 

西の森には母親と共に何度も出かけたことがある。
だから、サクラは未開の地である東の森を歩いていたのだが、数分もしないうちに一軒の小屋を見つけた。
そのまま通り過ぎなかったのは、庭に咲いた花がとても綺麗だったからだ。

「可愛い・・・」
柵に囲まれた花に駆け寄ると、サクラは嬉しそうに顔を綻ばせる。
傍らの小屋を見ると、確かに人の気配を感じた。
近くにある舗装された道は、町まで続いているに違いない。

狩りに自信があるとはいえ、サクラが一人で行動するのはほぼ初めてのこと。
暫しの間考え込んだサクラは、浮かんだ妙案にパチリと指を鳴らした。
住人を最初の獲物にして、この小屋を乗っ取ればいいのだ。
そして、小屋を根城にして街からやってきた人間を次々と襲う。
何人もの行方不明者が出ればそのうち人間も警戒するかもしれないが、一人での狩りに慣れる、少しの間だったら十分だろう。

小屋の扉を叩いたサクラは、住人が現れるのを息を潜めて待った。
何事も、最初が肝心だ。
騒いで抵抗される前に、喉笛を噛み切る。
頭の中でシミュレーションをしたサクラは、開かれた扉をめがけて、一直線に向かっていった。

 

「うわっ!!」
突進したサクラを、住人は間一髪のところで避けた。
サクラも狙いがそれたとはいえ、喉元をかばったその人間の腕に思い切り噛み付く。
本来ならば、狼の牙は一撃で肉を裂き、傷は骨まで達するはずだった。
だが、どうしてか、悲鳴を上げたのはサクラの方。

「不味い!!!」
獲物から離れたサクラは、ベッペッと唾を吐く。
小屋の住人である若い男は、喉に手をやり一生懸命に唾を吐き出すサクラを見下ろし、不満げに顔をしかめた。
「何だよ、君は、失礼だな。いきなり人に噛み付いておいて、不味いだなんて」
「不味いものは不味いのよ!あんた、普段何食べてるの!」
涙目になったサクラは、彼を上目遣いで睨みつける。
それが子狼サクラと獲物カカシ、長い付き合いになる二人の初めての出会いだった。

 

 

 

 

「へぇー、13歳で独り立ちねぇ。狼の世界も大変なんだな。はい」
カカシの差し出したココアのカップを見て、サクラはしきりに匂いを嗅いでいる。
試しに一口なめたところ、これがなかなかに美味い。
「甘いわvv」
嬉しそうなサクラを見つめ、カカシも口元を緩める。

「そういうわけだから、あなたには私の獲物第一号になってもらうわ。覚悟しなさい」
「それはいいんだけどさ」
机に頬杖をついたカカシは、サクラをじっと見据える。
「俺、不味いんでしょ。まだ食べる気なの?」
「う・・・・」
言葉に詰まったサクラが視線をそらすと、カカシは少しだけ表情を和らげる。

 

「サクラちゃん、林檎の木って見てことある?蜜柑や柿でも何でもいいけど」
「・・・林檎ならあるわ」
「そう。それでね、林檎って赤く熟す前って渋くて不味いものなんだ。俺もそれと一緒。不味ければ不味いほど、少し待てば熟してとっても美味しくなるんだよ」
「本当!!?」
瞳を輝かせたサクラに、カカシはしっかりと頷く。
「だからさ、ここに一緒に住んで暫く待つことにしない?時期が来るのを」
「うん、うん。そうする」
そこまで言って、サクラははたと気づく。
有難い提案をした彼こそが、自分の獲物本人だということに。
にこにこ顔のカカシを見つめ、サクラは訝りながら訊ねた。

「何でそんなに親切なのよ。あなた、私に食べられるのよ」
「別に、いいよ。君みたいに可愛い子に食べられるなら、本望さ」
笑顔を崩さないカカシの真意を、サクラは図りかねる。
怪訝な表情のサクラを気にせずカカシは再び話し始めた。

「でもさ、交換条件出していい?」
「何」
「ここにいる間は俺以外の人間を食べるのは、駄目。俺を食べてから、他の人間を食べて」
「うん。他は?」
「俺を食べるときは、全部残らず食べること。血の一滴、髪の一本も残さずに」
言いながら、カカシはサクラの頭に手を置く。
「分かった?」
「・・・うん」

頭を撫でる手は少々邪魔だったが、思いのほか気持ち良かったから、そのままにしておいた。
そして、このときのサクラはすっかり失念していた。
獲物と言葉を交わすことを禁じた、両親の言葉を。


あとがき??
暫くカカサクを書いていなかったので、普通のカカサクを書きたいと思って書いたのです。
・・・・これのどこが普通のカカサクなのか。ある意味カカサクの原点な気もしますが。
愛NARU同盟でパロディーNARUTO話を募集しているのを見て、こんな話が思い浮かんでしまったのですよ。
もちろん、こんなの投稿できないですけど。(^_^;)

これ、続く予定です。近くに住んでるサスケにサクラ嬢が一目ぼれしたりしてね。もちろんナルトも出てきてね。
サクラがカカシ先生を不味いと言った理由とか。
タイトルの狼はサクラで、獲物はカカシで、子羊たちはナルトやサスケ。迷える子羊とかいう、あれです。
カカシ先生が狼だと普通なので(?)、サクラが狼、カカシ先生が赤ずきんちゃんにしました。
13歳で独立ってのは、『魔女の宅急便』か??
ちなみに、狼サクラは耳と尻尾が付いていて、必要なときは牙や爪が出てくるという設定。
こんなのだったら、すらすら書けるんですが。今、ちょっとシリアスが難しい・・・。


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