狼さんとその獲物と子羊たち 2


「ねぇねぇ、いつになったらあなたは食べごろになるの?」
「はいはい、そろそろだよ」
「昨日もそう言ったわ」
「そうだっけ?」
とぼけてみせるカカシに、サクラは頬を膨らませる。
「サクラちゃんは何が不服なの?俺がこんなにご馳走用意してあげてるのに」
「・・・・こんなんじゃ、足りないもの。人の肉じゃないと」
不平を呟きながらも、サクラはカカシがテーブルに並べた料理をぱくぱくと口に運んでいる。

素直に食べているところを見ると味付けが問題なわけではないらしい。
どうすれば、サクラが人以外の食べ物に興味を示すのか。
カカシはそれだけを考えて、日々様々な料理を作っていた。
自分だけが犠牲になるのならよいが、他者に迷惑がかかるとなるとまた別の話だ。

 

「・・・あの、甘いのはないの?」
一通り食べ終えたサクラは、きょろきょろとテーブルの周りを見回した。
「甘いの?」
「初めてここに来たときに、飲んだやつ」
「ああ、ココアね。サクラ、甘いもの好きなの?」
「うん。大好き」
しっかりと頷いたサクラは満面の笑みを浮かべる。
そうして微笑む姿は、人間の少女となんら変わらないように見えた。
「そうね、今日はもう時間がないから、帰ってきたら・・・・」

カカシが言い終えないうちに、庭に面した窓が強く叩かれる。
同時に、なにやら怒鳴り声らしきものが聞こえてきた。

「カカシ先生――!!いるんでしょーー!まだ寝てるの」
「・・・ナルト?」
「もー、いつもいつも遅刻するの何とかしてよね!!先生が来ないと授業が出来ないって知ってるくせに」
カカシが鍵を開けると、ナルトは自分で窓を開いて抗議を始めた。
ナルトは近くの分校に通う生徒で、カカシの教え子だ。
そして、遅刻の多いカカシを迎えに来るのは、クラスでのジャンケンに負けた者の勤め。

 

「もう連休は終わったんだからね!たまには時間通りに教壇に立つことがあっても・・・・・・」
カカシの後方へと目を向けたナルトは、だんだんと声のテンポをゆっくりにしていった。
そして、完全に口を閉ざしたのはサクラと瞳を合わせた直後だ。
まだ小さいとはいえ、サクラは狼。
そして、人を食う狼は街に住む人々に最も恐れられている存在だ。
ナルトが騒ぎ出したら少々まずいかと思った矢先、カカシの心配をよそにナルトは甲高い奇声を発した。

「何、何、それ!!?可愛いーーーーー!!!」
「え、おいおい」
カカシを押しのけたナルトは、窓の木枠に足をかけて部屋へとあがりこんだ。
サクラに近づくなり、慎重な様子で彼女の耳に触れる。
「これ、先生が飼ってるの?なんて犬」
「犬じゃないわ!狼よ!!」
「へぇー、狼っていう犬種なんだーー。初めて聞いたなぁ。よろしくね」

がなりたてるサクラに対し、ナルトは笑顔で応える。
馬鹿でよかった。
カカシはこのとき、心の底からそう思った。

 

 

 

「台所片付けてすぐ用意してくるから。ちょっと待ってろ」
「はーい」
カカシがいなくなったあと、ナルトは落ち着かない様子でサクラの顔を盗み見る。
彼女は、先ほどからずっとナルトを注視していた。
その意味ありげな視線が気になって仕方がないのだが、自分からはどうも言い出しにくい。

「あ、あの・・・・」
「美味しそう」
ナルトの言葉を遮ると、サクラは椅子に座る彼に強引に圧し掛かった。
そして、硬直したナルトの顔を真正面で見据え、その頬をぺろりとなめあげる。
「ちょっと、味見だけなら・・・」
「わわっ!!」

自分を食料として見ているとは知らず、ナルトは顔面を紅潮させる。
「サ、サクラちゃん、俺達まだ出会ったばかりだし、それに、俺達にはこういうのは、は、早すぎると思うんだ!」
全く別方向に誤解したナルトは、声を裏返らせながらサクラを何とか押し留めようと必死になった。
「時間なんて、関係ないわ」
「でも、カカシ先生も近くにいるし」
「気づかれないようにすればいいわよ。少し大人しくしてて」
すぐ間近にある緑の瞳に気圧され、ナルトはすっかり抵抗する気を無くしてしまう。
潔く目を瞑ったナルトには、鋭く伸びたサクラの牙は全く見えていなかった。

 

「ストップ、ストップーー!!」
サクラが牙をナルトの皮膚に突き立てる、まさに間一髪のところで現れたカカシは、彼女の首根っこをつかんで高く持ち上げた。
「サクラ、約束しただろ!!」
「・・・・」
カカシが厳しい口調で言うと、サクラはぷいと顔を背ける。
「先生、そんな強く言わなくても」
「お前は黙ってろ!」
何も知らずに口出ししてくるナルトまで、カカシは叱り飛ばした。

「ナルト、準備できたからもう行くぞ。サクラ、お前は家から出るんじゃないぞ。本棚の本、好きに読んでいいから」
久しぶりの獲物を逃したサクラはまだむくれていたが、反論はしない。
約束を違えたことを、彼女なりに反省しているのかもしれなかった。

 

 

「あれ、先生、怪我なんてしてたの?」
日の光の下で歩き出すと、ナルトはすぐにそれに気づいた。
「何」
「それ、腕に巻いてるやつ」
「・・・ああ」

ナルトの指差すものを目で追ったカカシは、その場所に掌を重ねる。
ゴム製のサポーター。
これこそが、サクラの牙を退けた特注品だ。
「怪我じゃないよ。近頃物騒な動物が森うろついているって聞いたから、ちょっと護身用にね・・・・」
「えー、何、それ?」
ナルトはわけが分からないというように首をかしげたが、カカシはただ笑顔を返しただけだった。

 

 

 

 

授業が終了し、校長に遅刻の件でどやされたあと、カカシはようやく帰路につく。
森へと続く小道を歩き家にたどり着ついた頃には、空に星が瞬いていた。
同居人はさぞ腹をすかせて待っていることだろう。

小屋に入る前に、カカシは戸口の周辺に仕掛けてあるトラップをチェックしていく。
自分の留守中に外からの侵入者、そして中から出ようとする両方を足止めする罠。
一般家庭で扱うものにしては厳重だったが、場所が森であることを考えると仕方がないようにも思える。
普通と違うのは、中から出る者を捕まえる仕掛けが少々加減してあるところか。
全てに異常がないことを確認したカカシは、薄い光のもれる窓を安堵の気持ちで見つめた。

 

「ただいまー・・・あれ」
扉を開けるとすぐに、床に転がるサクラが目に入る。
慌てて駆け寄ったカカシだが、サクラの体に異変はなく、安らかな寝息を立てているようだった。
見ると、カカシが帰るまで待てなかったのか、周りには冷蔵庫にしまってあった食材が食べ散らかしてある。
机に一つだけ残っている林檎は、カカシの分としてサクラがかろうじて取っておいた分だ。
ちなみに、床に寝転びたがるのは狼の習性らしい。

「困った子だねぇ。歯磨きやお風呂もまだなのに」
いくら呼びかけても起きる気配のないサクラに、カカシは苦笑をもらす。
しょうがなく抱えあげると、その小さな体はカカシが日ごろ仕事で接している生徒達の誰よりも軽い。
「さて・・・」
気持ちの良さそうなサクラの寝顔を眺めつつ、カカシは小声で呟く。
「この子はいつが食べごろかね」


あとがき??
わたくし、嘘をつきました。
タイトルの狼さんはカカシ先生で、獲物はサクラ嬢のことだったようです。
こういうアホ話なら不思議とすらすら書ける。書けてしまう。うーん。

もうちょっと色気のある話になるはずだったのだが。次の機会に。チューくらいはさせたいんだが。
カカシ先生の裏の顔もまだ出てきてないし・・・・。サスケやいのもまだ。
この作品のナルチョはどうやら『赤ずきんチャチャ』のリーヤ似。以前書いた『観用少女』と同系列の話です。
カカシ先生の住まいは小屋といっても、仕切りってあるので部屋は個別に分かれているようです。
『シェーン』に出てくる家族が住んでいるような・・・。(誰がわかるんだ。西部劇の名作ですよ)


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