狼さんとその獲物と子羊たち 3


「今日は、一緒に町に買い物に行くよ」

家の外へと連れ出されたサクラは、言うが早いかカカシによって首輪を付けられる。
可愛いリボンが付き、裏にはサクラの名前とカカシが持つ携帯電話の番号が書かれているが、行動を制限する縛めには違いない。
サクラは当然のように不満をもらした。

「こんなの邪魔!外しちゃうもの」
「駄目だよー」
首輪を引っ張るサクラをカカシは慌てて制する。
「サクラは狼なんだから。そのまま歩いていたら、町は大混乱になるよ」
「・・・じゃあ、町なんて行かない」
「退屈だって言ったのはサクラだろー。それに、家に閉じこもって本ばかり読んでいたら体に悪いよ。新しい洋服も買ってあげるし、甘いお菓子も食べさせてあげるから」
「・・・・」
カカシになだめすかされたサクラは、ふくれながらもカカシに手を引かれて歩き出す。
山から一度も出ずに生活していたサクラは、人が多くいる町には一度も行ったことがない。
興味があることは確かで、そのために首輪が必要ならば、仕方がないことだった。

 

 

 

 

「わあーーー!」
町に一歩足を踏み入れるなり、サクラは瞳を輝かせて周囲を見回す。
メインストリートの両脇には、様々な商品を揃える店が建ち並び、どこから入るか目移りしてしまう。
天気が良いこともあり、道を行く人の数も半端ではなかった。
「何か、お祭りでもあるの?」
「いや、これが普通なんだよ」
「へぇー」

道々、サクラは自分と同じように首輪を付けて歩いている犬を見かけた。
だが、彼らは全員首へと続く引き綱を人に握られており、サクラのように手を繋いでいる者は一人もいない。
不思議に思ったサクラだったが、その理由は幾ら考えても不明だった。
攻撃のための牙や爪を持たず、脆弱な人間達がどうして獣を従えているのか。
狼としてのプライドを持つサクラにとっては、自分達が人間を支配することの方が正しいのだ。

「お腹すいたねー」
俯いて考え込んでいたサクラに、カカシは笑顔で声をかける。
「そろそろ、ご飯食べに行こうか」
「・・・うん」
自分に向かって笑いかけるカカシを見たサクラは、何故かホッとした気持ちでその掌を握り返した。

 

 

「あら、いらっしゃい」
店主の女性はカカシの顔なじみなのか、彼を見るなり顔を綻ばせた。
黒髪を長く伸ばした、なかなかの美女だ。
緊張したサクラはカカシの後ろに隠れるようにして立っていたが、彼女はにこにこと明るい笑顔を浮かべている。

「可愛いわんちゃん連れているわねー。いつからペットなんか飼いだしたのよ」
「ペットじゃないよ。俺の恋人」
カカシの返答に、サクラはその場で転びそうになる。
だが、驚いたのは店主の女性も一緒のようだ。
「・・・あんたの相手にしては、ちょっと小さくない?」
「丁度良いよ」
適当に応えながら、カカシは空いている席にサクラを連れて行く。
「名前はサクラ。彼女に何か美味しい料理を作ってあげてよ。辛い物は苦手だから、よろしくね」
「はいはい。シノ、こっちお願い」
レジはバイトの少年に任せ、彼女は厨房へと消えていく。
椅子に座ったサクラは、さっそくカカシに対して抗議を始めた。

「ちょっと、あなたはただの私の獲物なんだからね!勝手なこと言うのやめてよ」
「あー、そうだったね。ごめんー」
カカシはまるで反省していない様子で、サクラの頭を撫でる。
自分の見立てた服を着ているサクラが可愛くて仕方がないといった感じだ。
バイトとして働く寡黙な少年は、騒がしい二人を興味深く観察していた。

 

 

 

首尾良く買い物と食事を終え、あとは帰るばかりとなったそのとき、サクラは道端である音色に心を奪われる。
人形劇の開始を合図する、手回しオルガン。
首を巡らすと、カカシは偶然出くわした知人と夢中で話し込んでいた。
カカシからは、迷子になるから遠くに行くなと言われている。
だが、すぐに戻ってくればいい。
ほんの少しの間なら、彼も自分がいなくなったことに気づかないはずだ。

「大丈夫・・・」
小さく呟くと、サクラは人混みの中を音のする方に向かって駆け出していく。
サクラはまだ知らなかった。
カカシが離れるなと命じたのは、迷子になるという単純な理由ではなく、サクラを守るためだったということに。

 

「さぁさぁ、始まるよー。今日の演目は『赤ずきんちゃん』だ」
「わーい」
集まった子供達は人形を操る老人の口上に歓声で応える。
すでに多くの人だかりが出来、あとからやって来たサクラには人形がちらりとしか見えない。
隙間から何とか状況を覗こうとしていたサクラは、後ろにいた客に突然服の襟首を掴まれた。
「おい、こんなところに犬っころが混じっているぞ。飼い主はどこだ!」
サクラは苦しげに咳を繰り返したが、彼女を抱える男は力をまるで緩めない。
反射的に自分の首を絞める手を引っ掻いたサクラは、大袈裟に絶叫した男に地面に放り出された。
したたかに体を打ったサクラは痛みに顔を歪めたが、回りにいる人々は心配するどころか、恐怖に顔を引きつらせて彼女を見ている。

「おい、今の鋭い爪を見たか!凶暴な犬だ」
「いや・・・・、こいつ小さいけど、狼じゃないか?」
誰かが口走った言葉で、その場のざわめきは悲鳴に変わっていく。
あとは、何をどのようにされたか、サクラにもよく分からなかった。
気づいたときには手足を縄で縛られ、冷たい鉄格子の檻に入れられている。
どこか倉庫のような暗い建物に移送されたサクラは、必死に泣き喚いたが誰も耳を貸さない。
両親が人間に畏怖の念を抱いていた意味を、サクラはこのとき身をもって知ることとなった。

 

 

日が暮れて夜になっても、事態は何も好転せず、サクラは檻の中で蹲っている。
自分の皮を剥いで剥製にするといった見張りの者達の会話を聞こえ、サクラは体を震わせながら涙をこぼした。
人間に気を許すなという両親の教えは正しかったのだ。
こうなってしまっては、自慢の牙と爪も何の役にも立たない。
あのときは狂気の眼差しの人間達がただ恐ろしく、さして抵抗も出来ずに捕まってしまった。
「誰か・・・」
救いを求めるように、サクラは声を絞り出す。
目を瞑り、両親や仲間の顔の次に思い出したのは、一緒に町に来たカカシのことだ。
彼の言い付けを守らなかったばかりに、こんなことになってしまった。

「だから言ったでしょー。離れるなって」
泣き続けていたサクラは、突然聞こえたその声に驚いて目を開ける。
鉄格子の間から見えたのは、たった今、サクラが考えていた人間の姿だ。
「名札を付けていたおかげで、俺の所に連絡が来たの。狼じゃなくて犬だって説明しておいたから、すぐ釈放だってさ」
話しながら、カカシは手にした鍵で錠前を開き、サクラを助け出す。
「人間って、本当に野蛮だよね。こんなに可愛い子、狼ってだけですぐ処分しちゃうんだから。やだやだ」
同じ人間を卑下するようなことを言うと、カカシはサクラを拘束していた縄もほどいていった。

 

「怖い思いさせてごめんね。人間なんて、嫌いになっちゃったでしょう」
長い間緊張していたためか、脱力して座り込んでいるサクラにカカシは優しく声をかける。
「森に、帰る?俺の家に戻るのが嫌なら、君達の仲間が沢山いる場所に送っていくけど」
「・・・・」
首を振ったサクラは、カカシの顔を睨むようにして見上げた。
「あなたを食べるのは、私よ。今さら逃げようなんて、駄目なんだから」
「・・・・うん。そうだったね」

柔らかく微笑んだカカシは手を差し出し、サクラは彼の力を借りながら何とか立ち上がる。
そのまま抱き寄せられても、彼女は大人しくその腕におさまっていた。
人間に対して感じた嫌悪は残っているが、彼のことは嫌だと思えない。
逆に、ひどく安心出来て、涙が出そうになる。

「あなたのことは怖くないわ。人なのに、私達と同じ匂いがする」
「そう?」
「変なの」


あとがき??
あと2つばかり書いて終わりなんだけど、書ききれるかなぁ。
話の流れは、1を書いたときに全部決まっているので、必要なのは書きたいという気力だけなのです。長いこと止まっていてすみません。
再び書く気になったので、暫く続けようと思います。
ちなみに、今回出てきた店主はもちろん紅先生。オプションでシノくん付き。
いのとサスケも早く出したいよぅ。

この世界では犬や猫、その他動物が耳や尻尾付きで人間の姿をしていると思ってください。


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