狼さんとその獲物と子羊たち 4


「あんた、弱いわねぇ」
「うう・・・・」
真っ黒になったオセロ盤を見つめ、ナルトはぐうの音も出ない。
近頃、頻繁にカカシの家を訪れるようになったナルトは、サクラの良い遊び相手だ。
今日もカカシが食事を作る間二人でオセロゲームをしていたのだが、ナルトは一度もサクラに勝てないばかりか、白い駒を残らず取られて終わってしまった。
「つまらないわ」
ナルトに冷ややかな眼差しを向けると、サクラは椅子から立ち上がる。
何度やっても自分が勝つと分かっているなら、一人で本を読んでいた方がましというものだ。

 

「サ、サクラちゃん、これあげるからもう一回やろうよ」
必死に追いすがるナルトは、サクラに小さな紙袋を手渡す。
ファンシーショップで買ったそれは、髪につけるリボンだ。
大好きなサクラに何かプレゼントをしようと思ったナルトだったが、少ない小遣いではこれが精一杯。
緑色のリボンを見たサクラは、ナルトへと視線を移す。

「安物ね・・・」
一言呟いたサクラに、ナルトはがっくりと肩を落とした。
確かに、カカシがサクラのために用意した衣服はどれも上等な素材の高いブランドものばかりだ。
見劣りしても仕方がないと思ったナルトだったが、彼女はリボンをしっかりと頭に巻いている。
「サクラちゃん?」
「色が気に入ったわ」
頭の上で蝶々結びをすると、振り向いたサクラはにっこりと笑った。
「有難う、ナルト」

初めて名前を呼んで貰ったナルトは、すっかり有頂天だ。
彼女の笑顔を見ると、何でもしてあげたくなってしまう。
ナルトはサクラに過剰なほど愛情を注ぐカカシの気持ちがよく分かってしまった。

 

 

 

 

「本当に大丈夫―?」
「・・・何よ、馬鹿にして」
不安げなカカシに対し、サクラはぷんぷんと怒ってみせる。
「でも、一人で散歩だなんて。サクラ、小さくて可愛いから猟師に見つかったら攫われちゃうよ。俺が帰るまで待てないの?」
「私は狼なの!怪しい奴がいたら噛み付いてやるから、平気よ」
「そうかなー」

出かける準備は出来ていたが、カカシはまだ不安げにサクラを見つめている。
カカシの職業は教師だ。
毎日、近くにある町の学校まで徒歩で通っていた。
本当ならば家から出ずにサクラとずっと一緒にいたいが、それでは食べていくことが出来なくなってしまう。
そして、家でカカシの帰りを待つはずのサクラが外出をすると言って聞かないのだ。

「これ以上止めたら、ここから出ていくからね!」
「うー・・・・」
切り札を出されては、カカシも折れないわけにいかない。
もともと、狼と人間が一つの家で暮らしていることの方が不自然なのだ。
「じゃあ、門限は4時だからね。絶対帰ってきてね」
「うん」
荷物を持って扉の前に立つと、カカシは屈んでサクラと「いってきます」のキスを交わす。
「・・・おみやげ、買ってくるから」
名残惜しく顔を離したカカシは、なかなか扉の向こうへと踏み出せない。
このとき、サクラはある頼み事をしたのだが、潤んだ瞳で見つめられたカカシに断れるはずがなかった。

 

 

家の鍵を首からさげたサクラは、色づいた葉が落ちた小道をゆっくりと歩く。
サクラが両親の元から旅立ったとき、季節は春だった。
今では、上着がないと寒くて外を歩けない気候に変わっている。
最初の獲物にカカシを選ばなかったら、今頃どうなっていたか。
サクラにはまるで想像が出来なかった。

一人で生きていけるよう、両親から教育は受けている。
だが、カカシの家に住み着いてからというもの、兎一匹、自力で捕まえていない。
念願が成就しカカシの体を食べたあと、自立できずに飢え死にするようでは困るのだ。
少しでも勘を取り戻すため、サクラは今日は久しぶりに狩りに挑戦するつもりだった。

 

「見付けた!」
1時間ほどかけ、サクラは小さな兎をようやく一匹発見する。
家の中にばかりいたせいで幾分体は鈍っていたが、これぐらいならば余裕だ。
このまま噛み付いても良かったが、カカシの作った料理を沢山食べたおかげでまだ腹は減っていない。
捕獲出来たことだけで満足したサクラが掴んでいた耳を離すと、兎は慌てて草むらに消えていく。
そして兎の消えていった場所からまた別の気配を察し、サクラは威嚇の唸り声と共に後退った。

「・・・・サクラ?」
思いがけず名前を呼ばれて、サクラは目を瞬かせる。
林の陰からひょっこりと顔を出したのは、幼なじみの狼、山中いのだ。
彼女も13になり、家を出て生活しているはずだった。
「いの!?何でここに」
「それは私の台詞よー」
再会を喜ぶ二人は、互いに抱きついてその温もりを確かめ合う。

 

いのの話によると、今、彼女は仲の良かったシカマルやチョウジと共同生活を送っているということだった。
先に旅に出たサクラも誘おうと思ったのだが、何処を探しても彼女の消息は掴めない。
てっきり、人間に掴まって殺されたのかと、心配をしていたようだ。

「ここから南に2キロくらい行ったところにある家に住んでいるのよ。人間と一緒に」
サクラが自分の近況を報告すると、いのは驚きに目を見張った。
「人間と!?」
「まぁ、非常食みたいなものね。結構役に立つから身の回りの世話とかさせているのよ。もちろん、そのうち食べちゃうけど」
「へぇー、やるわねぇ」
いのはすっかり尊敬の眼差しでサクラを見ている。
人間をあごで使っているとは、なかなか出来ることではなかった。

「ねぇねぇ、今から私達の住処に来ない?久しぶりだし、シカマル達も会いたいと思うわー」
「え、う、うん・・・」
いのの誘いに、サクラはあまり気乗りしない様子で言葉を返す。
時計を見ると、もう3時を過ぎている。
このままいのに付いていけば、カカシの言っていた4時の門限には間に合わない。
「いの、ごめん。今日は行けない」
「何よー、せっかく会えたのに」
いのは不満げに言ったが、無理強いはしなかった。
死んだと思っていたサクラが生存し、住んでいる場所が分かっただけでも、十分な収穫だ。

「じゃあさ、夕飯の材料を取りに行くから、それぐらいは手伝ってよ」
「うん」
目星は付けているのか、駆け出したいのにサクラも続く。
狼の食事といえば、比較的楽に見つかる兎か栗鼠、川魚が一般的だ。
それらを捕まえるくらいの時間はあると思ったのだが、それはサクラの大きな勘違いだった。

 

 

 

「ね、美味しそうでしょ」
小高い丘から下を見下ろすいのは、ぼそぼそと囁きながらそれを指差す。
その生き物は、人間の子供だった。
遠目にもよく分かる、金色の髪。
その方角から、学校帰りの彼がカカシの家に向かう途中なのだと分かる。
持っているプリンの袋は、おそらく甘いものが好きなサクラへの土産だ。

「あ、あれを捕まえるの?」
「そうよ。よくこの道を通るから目を付けていたのよね。叫んでも周りには民家もないし、サクラと私の二人なら仕留められるわよ」
「・・・・」
明るく笑って言ういのに、サクラは返事を出来ない。
サクラも、最初はナルトを食べることをずっと考えていた。
だが、今は違う。
どう表現したらいいか分からないが、彼がいなくなることは絶対に嫌だ。

「ねぇ、あれはやめよう。他の獲物を見付けようよ。人間以外の」
「・・・どうしたのよ、サクラ」
必死に説得しようとするサクラに、いのは戸惑いながら言う。
「何だか変よ。人間に感化されちゃったみたい」
「・・・・・」
二人が口論する間に、ナルトの後姿はどんどん遠ざかっていった。
サクラは泣きそうな気持ちでいのの瞳を見詰め返す。
「お願い。あの人間は殺さないで」

 

 

 

 

狩りの邪魔をしたサクラに、いのは腹を立てて帰ってしまった。
もう、サクラに会いにくることはないだろう。
悲しいことだが、サクラは後悔をしていない。
ナルトが無事にこの家にやって来たとき、サクラは確かに安堵したのだから。

「サクラー、どうかした?顔色悪いよ」
「・・・・別に」
帰宅したカカシは、サクラを一目見るなり心配そうに声をかける。
だが、何があったかは話せなかった。
近くにいの達の住処があることが分かれば、人間達は銃を持って始末しに行くかもしれない。
カカシがそのようなことをするとは思わないが、どこから情報が漏れるかは分からないのだ。
「そうだ。頼まれていたもの、買ってきたよ。はい」
「有難う」

 

カカシに手渡された物を持ち、サクラは一足早く家に上がり込んでいたナルトの元へと向かう。
そして、振り向いた彼にそれを差し出した。
「え、何?」
「リボンのお礼」
紙袋を開いたナルトは、中から小冊子を取り出す。
そこには、『必勝!オセロに強くなる』というタイトルが書かれた本があった。
「今のままじゃ、手応えがなくてつまらないんだから」
サクラは偉そうに腕組みをして言ったが、ナルトは満面の笑みを浮かべてサクラを見る。
「有難う、サクラちゃん!」

サクラの言葉に、一喜一憂するナルト。
子供なだけに、その表情の変化はカカシよりも顕著に出る。
人間を餌として見ている事実は変わらない。
彼を助けたのは、ゲームで遊ぶ相手がいなくなると困るからだ。
サクラはナルトを助けたことに対して自分自身に言い訳をし、何故そのように理由を付けなければならないのかは、考えないようにした。


あとがき??
段々気力が萎えてきた・・・から、また止まるかも。
サスケまでたどり着かなかったですね。もう、出番無くそうか。


駄文に戻る