狼さんとその獲物と子羊たち 8


ここ数日、サクラの様子が変だった。
大好きだったココアも飲まず、食事も殆ど残している。
理由を訊ねても俯くだけで答えは返ってこない。
サクラがそのような調子だと、カカシも心配で他のことが手に付かなくなってくる。
何とか元気になってもらおうと、その日カカシは職員会議を抜け出して早めに帰宅したのだ。
手提げ鞄に、サクラの好みそうな甘い菓子を沢山詰めて。

 

 

 

「ただいまー」
家の灯りがついていないことを不審に思いながら、カカシは玄関にあるサクラの靴を見やる。
防犯機器に異常はなく、カカシのいない間に不審者が入り込んだ形跡もない。
それなのに、サクラが飛び出してこないことが不思議だった。
「・・・・サクラ?」
妙な胸騒ぎがする。
それほど広い家でもなく、靴を脱いだカカシが扉を開けていくと、洗面台のある脱衣所でサクラを見つけることが出来た。
だが、カカシの胸に去来したのは安堵ではなく、緊張だ。
血を流して床に倒れるサクラの肌は青白く、息をしていないように見えた。

彼女の掌には台所にあった包丁が握られている。
自分で、自分を傷つけたのだ。
呆然と立ちつくし、サクラを見下ろすカカシは、自分が何をすべきか分かっている。
傷の具合を確かめ、町の病院まで連れて行くべきだ。
それでも、思考がまだ付いていかない。
目の前の光景が夢であって欲しいという思いが強すぎて、なかなか事実を受け入れることがなきなかった。

 

「・・・せんせ・・い」
サクラの口から漏れた小さな呟きに、カカシはハッとして顔をあげる。
彼女はまだ生きていると知り、ようやくカカシの頭は通常通りに動き出した。
「サクラ、しっかりしろ」
サクラに駆け寄るカカシは、床に流れ出た血が彼女の耳から流れ出たものだと確認する。
狼の耳はちぎれかけていたが、サクラがあまりの痛みに気絶したため、かろうじて頭と繋がっていた。

「な、何で、こんなことを」
「人間に・・・なりたかった・・の・・・」
口にした瞬間に、サクラの瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
日々自慢していた毛並みの良い耳と尻尾、それがカカシへの想いを自覚すると共に、とたんに目障りなものに変わってしまった。
サクラとて、分かっている。
カカシが自分に向ける愛情が、犬や猫のような愛玩動物にするものと同じだということを。
けれど、彼と過ごすうちにそれだけでは物足りなくなった。
ある一つの理由のために、ただの餌だと思っていた人間に、サクラは心からなりたいと思ったのだ。

 

「先生と、ずっと一緒にいたい・・・・」
自分の頬に当てられたカカシの手に、サクラは自分の掌を添えて言う。
愛玩動物ではなく、対等な存在として共にありたかった。
思いもよらずサクラから命がけの告白をされたカカシは、真っ直ぐに自分を見つめる瞳に耐えきれず、彼女の体を引き寄せる。
サクラに拒まれることを恐れて、ただ物だけを与え続け、本音から目をそらしていた結果がこれだ。
何よりも大事な人を、ここまで追いつめてしまった。

「俺はサクラが狼でも人でも、何であっても、一番に愛してる」
目を見開くサクラの体を、カカシは強く抱きしめる。
「ごめん・・・」

 

 

 

 

学校を卒業し、さらに大きな町へと出て就職したナルトが、その村に戻ってきたのは5年ぶりのことだ。
家族や親戚への挨拶はそこそこに、土産を持ったナルトはさっそく恩師の家に向かう。
彼らがまだあの場所に住んでいることは確認済みだ。

「元気にやってるかなぁ・・・・」
森へと入る小道に目をやると、ナルトは目を細めながら呟いた。
生活に便利な町で住めばいいと思うのだが、サクラが自然の多い場所の方が良いと主張したそうだ。
5年経っても周囲はまるで変わらず、木々の間からは栗鼠や小鳥等の動物たちが垣間見られる。
深呼吸して澄んだ空気を吸い込んだナルトは、ふと背後に感じた気配に、両腕を広げた姿勢のまま振り返った。
やや視線を下げてようやく見つけた人影は、じっとナルトの様子を窺っている。
桃色の髪の、小さな女の子だ。

 

「こんにちは」
ナルトはなるべく優しい口調で話しかけたつもりだが、驚いた彼女は踵を返して逃げ出してしまう。
だが、慌てていたのが悪かった。
木の根に足を引っかけた彼女は頭から地面に転倒し、すぐに大きな泣き声をあげ始める。

「だ、大丈夫!?」
駆け寄ったナルトが少女を助け起こして訊ねると、涙目のまま彼女はしっかりと頷いてみせた。
多少擦り傷は出来ていたが、消毒すれば問題ないはずだ。
「いい子だね」
頭に手をおいて微笑みかけるナルトを見て、少女はほんのりと頬を染めたようだった。
「君、もしかしてあの家の子?」
「・・・うん」
「そっか」
少女の頭には動物の耳が生えており、今は見えないがスカートの中には尻尾もあるのだろう。
容姿もそっくりだが、彼女は母親の血を濃く受け継いでいるらしい。

 

「じゃあ、一緒に帰ろうか」
「お兄ちゃん、誰?」
「君のパパとママの、友達だよ」
ナルトが手を伸ばすと、少女は素直にそれに掴まる。
彼らの行く道の先に見えるのは、煙突から煙が出ている木造の家だ。
自分と手を繋いで歩く傍らの少女を見れば、彼らが幸せに生活していることは訊かずとも分かる気がした。


あとがき??
うちのサイトでは、カカサク夫婦の娘はナルチョと一緒になると決まっているのですよ。ナルトラブvな娘に、パパ大混乱。(笑)
ちなみに、サクラの耳は病院で縫ってもらって治りました。退院してから結婚式やったみたいですよ。
ということで、大団円。
ナルトと娘のラストシーンは最初から決まっていたのに、完結に随分と時間がかかりましたね・・・・。
長々と続いてしまって、すみませんでした。


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