あれから
「お前はいつもいつも経費を使いすぎなんだ。こっちだって決まった予算で毎月やりくりしているんだから、お前達の班ばかり贔屓するわけにはいかないんだぞ」
「はい、はーい」
「大体、この任務でこんなに火薬を使う必要があったのか。近くの民間人の家に騒ぎが飛び火したらどうするつもりだったんだ」
「・・・はい」
「楽に仕事を終わらせることばかり考えるな。班長なんだから、皆の見本にならないと」
「・・・・」
“経理の鬼”と言われている上忍にしぼられ、カカシは段々と無言になっていく。
周りの机で事務をする忍者達は、日常となっている情景を気にすることなく黙々と仕事をしていた。
がみがみと小言を言う上忍を前にしても、カカシは反省することなく心の中で舌を出している。
だが、表面上は神妙な顔をして俯くだけだ。「・・・まぁ、次からはしっかりするんだぞ」
ため息をついた上忍は、最後にカカシの肩を数回叩く。
実際は長い説教にうんざりとしているだけだったのだが、気落ちしているカカシを見た上忍はすっかり勘違いをしたようだ。
「はい」
思わず涙目になったカカシは、欠伸を必死にこらえながら頷いていた。
「カカシ、やっと終わったのかーー」
「おー、お待たせ」
経理課から出てきたカカシを、廊下でタバコをすっていた男が迎える。
同じ班で活動し、カカシが暗部での仲間内で一番懇意にしている者だ。
「今回はわりと短かったな」
「俺だって必死だよ。今日はこれからお楽しみが待っているっていうのに、呼び出しかかっちゃって」
眠たげな目で言うと、カカシは両手をあげて思い切り伸びをした。経理課へやってくるたびに、アカデミーの授業中に居眠りがばれて廊下に立たされたことを思い出す。
“経理の鬼”は18のカカシとそう変わらない年齢のはずだが、当時の担任とよく似たいかつい体つきで、鬼瓦のような顔をした男だった。
ひとつ深呼吸をして暗部仲間を見やったカカシはにんまりと笑う。
「じゃ、行くか」
三代目火影の60の誕生日を祝う祭りの日。
同盟国の者が貢納のために多く集まっている。
この日ばかりは、他国の人間が里を歩いていても怪しまれることはない。
こうした祭りの夜は、普段国外へ出ることの許されない隠れ里に住む男女の、恰好の出会いの場でもあった。
「また、あとでねー」
カカシは袖を引いた若い女性にひらひらと手を振って応える。
彼が誘いを受けたのは、これで十数回目だ。
人のよさそうな笑みを浮かべ、見目も悪くないカカシには同じ里の忍者、また異国の者からも頻繁に声がかかる。
出店の並ぶ大通りを歩きながら、同僚は傍らにいるカカシを見た。
「そろそろ今夜の相手、決めていいんじゃないのか?」
「えー、せっかくだから飛び切りの美女を選びたいじゃん。こんなに人が集まるなんて、滅多にないしさ」
言う間にもカカシは通りすがりの女性達を物色している。
同じ目的で集う若者はそれぞれ着飾っており、カカシが目移りするのもしょうがないことに思えた。「カカシ、俺、あの子にする」
嬉々とした同僚の声に、カカシはその方角へと目を向ける。
彼らに向かってウインクをしているのは、2つか3つ年上に見える色気のある美女だ。
同僚の女性の好みは、昔からカカシとよく似ている。
「あー、抜け駆け」
「早いもん勝ちだろ」
笑顔で言った彼が一歩踏み出したときだった。
地面にある何かに足を取られた同僚は、危うく転倒しそうになる。
「な、何だぁ?」
何とか踏みとどまった彼が振り返ると、躓いたものの正体は人ごみの中でうずくまる、一人の少女だった。
「おい、大丈夫か?具合でも悪いのか」
カカシが抱き起こして訊ねると、少女の瞳は見る間に潤んでいく。
嫌な予感にカカシは顔を引きつらせたが、時はすでに遅かった。
「お父さん、いなくなったーーー!!」
わっと泣き出した少女の金切り声に、カカシは頭を抱えたくなる。「迷子かよー」
「じゃあ、お前はその子に決まりな」
「え!?」
「子供だけど、ちゃんと女の子だし。じゃあな」
駆け出した同僚は、カカシの見ている前でお気に入りの女性を引き連れて姿を消す。
出遅れたカカシはそれを黙って見守るしかできない。
「そ、そんな」
残されたカカシは大泣きする少女を抱え、呆然とその場に立ち尽くしていた。
「迷子を押し付けられちゃったよ・・・・」
がっくりと肩を落とすカカシは少女の親を捜すが、あまりに人が多く、なかなか見つからない。
道々にいる流しの商人達は、今が稼ぎ時とばかりに往来に店を開いて客引きをしている。
その間を掻き分けて進むが、夜も深まっていることもあり、家族連れよりも男女のカップルが目立っていた。
しょうがなく、少女と手を繋いでいるカカシは無性に泣きたい気持ちだった。「ごめんなさい」
ふいに聞こえてきたか細い声に、カカシは足元を見る。
見上げているのは、涙がこぼれる寸前の潤んだ緑の瞳。
「誰かと約束があったのね。私のせいで」
「・・・子供はそんなこと気にしないでいいんだよ」
道の隅に寄ったカカシは、しゃがんで少女と目線を合わせた。
「こっちこそ、ごめん。お父さんとはぐれて心細いのに、気を遣わせちゃって」見れば、まだ4つほどの子供だ。
自分のことばかり考えて、彼女の顔などまるで見ていなかった。
「名前は?」
微笑んだカカシが優しく頭を撫でると、彼女もようやく表情を緩める。
「サクラ」
毎年、祭りの最後を飾るのは打ち上げ花火と決まっていた。
夜の空を彩る華麗な花に、人々の間から歓声が上がっている。
カカシとサクラは、それを火影岩の上という特等席で眺めていた。
外部の人間が多く入り込んでいる今、立ち入りが制限されている場所だが、カカシは警備をしている忍びに顔が利く。
本当は祭りで引っ掛けた女性を連れてくる予定だったのだが、今、彼の隣りで花火を見ているのは年端も行かない少女だ。「はい、これ。焼きそばね」
「有難う」
カカシがビニール袋に入れて運んだ食べ物を、サクラはにこにこ顔で受け取る。
サクラは両手に持ちきれないほどの景品を抱えていた。
射的や輪投げ等の露店でカカシと共に取った戦利品だ。「楽しかったねv」
「うん」
にっこりと笑ったサクラに、カカシも笑顔で頷く。
物心ついてからずっと、大人だらけの忍びの世界で仕事をしてきたために、カカシは縁日で遊んだ記憶がない。
そうして今まで付き合ってきた女性達が露店の景品などといった安価なプレゼントを望むはずがなく、祭りを純粋に楽しんだのはこれが初めてだった。
子供であるサクラと一緒だったからこそ、これほど夢中に遊べたのだろう。
サクラを元気付けるため、少しのつもりで露店を覗いていた二人だが、はしゃいでいたのはむしろカカシの方だ。
サクラの親探しが第一前提ということも、カカシはすでに忘れつつある。
「もうちょっとで全部入ったのになぁ・・・」
焼きそばを食べながら、いまだに輪投げの景品を逃したことを悔いているサクラにカカシは不思議そうな顔をする。
「俺がクマさん取ってあげたじゃん」
「自分で取ってみたかったの。お兄ちゃんだけじゃなくて」
頬を膨らませたサクラに、カカシは苦笑をもらす。
年のわりにしっかりした言動が多いサクラだが、まだまだ子供だ。
「あ、そうそう。ラムネもあるから・・・・」サクラへと手を伸ばしたカカシだったが、彼女はその掌の傷をじっと見据えている。
「これは?」
「ああ、この間の任務で火薬を使ったから、そのときの火傷」
「痛い?」
サクラの問いかけに、カカシは首を横に振る。
怪我は年中ことで、いちいち騒いでいたら仕事にならない。
だけれど、火によって爛れた肌を見たサクラはカカシの答えを信じていないようだった。「痛いの痛いの、飛んでけー、痛いの痛いの、飛んでけーー」
焼きそばの皿を脇に置いたサクラは、カカシの腕に手をかざして何度も何度も繰り返す。
「・・・・駄目?」
自分の顔を覗き込んできたサクラに、カカシは思わず涙ぐみそうになる。
「可愛いなぁー、もう!!」
間近にある小さな体をカカシはぎゅうっと抱きしめた。
サクラの親が見つからなければ、このまま連れて帰れる。
そんな不穏な考えを抱きだしたカカシだったが、事はそううまく運ばなかった。
大人しくカカシの腕の中に収まっていたサクラは、後方を見つめて突然大きな声を発した。「お父さん!!!」
「え・・・」
振り返ったカカシは、そのままの状態で体を硬直させる。
憤怒の相で自分達に近づいてくるのは、今朝方顔を合わせたばかりの“経理の鬼”。
目を見開くカカシは、サクラを抱えたまま甲高い声をあげた。
「お、お父さん!!?」
「誰がお前のお父さんだーーーー!!!」
顔を真っ赤にした彼にカカシは勢いよく頬を殴られた。
横倒しになったカカシは、それでもまだ唖然と彼を見上げている。「は、春野さん、結婚してたんですか!その顔で」
「悪いか!俺の大事な娘をこんな人気のない場所に連れ込んで、何をするつもりだったんだ!!」
“経理の鬼”ことサクラの父は、カカシが抱えている少女を強引に奪い取る。
そして再びカカシを一喝した。
「お前のようないい加減で好色な男に娘はやらんぞ!!!」
「こーしょく?」
二人の諍いに目を瞬かせていたサクラは、首を傾げて父の言葉をなぞった。
「あのー、うちの班の予算が今日唐突に他の班の半分に減らされたんですけど・・・・、何か思い当たることありませんか」
「さあな」
情けない声を出す一番下っ端の特別上忍に、暗部の同僚は素っ気無く言う。
しきりに首を傾げている彼を無視して、同僚はカカシに近づいた。
「何だよ、それ」
「お姫様の忘れ物」
露店で買った張子の面を眺めるカカシは、力なく呟く。「そういえば、昨日の夜は楽しかったのか?俺を置いて美女と消えちゃったけど」
「ああ。お前はどうなんだよ」
「んー、凄く楽しかったんだけど・・・・・何だか寂しい」
同僚は意地悪のつもりで訊いたのたが、カカシは素直に返事をしてきた。
これから仕事に向かうというのに、どこかぼんやりとした様子のカカシに、特別上忍は怪訝な表情で同僚に耳打ちする。
「カカシさん、どうしたんですか」
「さぁ?恋煩いじゃないのか」
あとがき??
サクラ、お父さんに似なくて良かった。いろんなタイプを書いたけど、今回はいかつい父。
・・・カカシ先生、前途多難。
サクラの父なら頭いいだろうし経理関係向いているかと思って。
自分の部下になったサクラを見るたびに、あれから8年も経ったんだな〜とか思う年寄りカカシ。
三代目の誕生日って2月か。冬の花火もいいな。
カカシ先生の力を使えば景品なんて楽々取れそうですが、そこは忍びの隠れ里。
客のレベルが高い場合に備えて、普通より難しく細工してあるのです。(笑)