猫がねころんだ


元カレが新しい恋人と歩いていた。
それを町中で垣間見たところで、文句を言う権利はない。
彼をふったのは、自分なのだから。
でも、心に芽生えたのもやもやしたものは一人ではどうにも解決できそうになかった。

「先生ーー」
チャイムを鳴らしてすぐ姿を現した先生に抱きついた。
「あー、よしよし」
運良く家にいたカカシ先生は、いつものように優しく頭を撫でてくれる。
それが何だかひどく気持ちがいい。
懐かしい先生の匂いを思い切り吸いこんでから、私は涙の滲む瞳で先生を見上げる。
「別れて3日もしないで、彼が新しい女を作ってた」
「それは、可哀相にね。まぁ、取り敢えず入りなさい」
「うん」
自分の肩に手を回した先生を横目で見ながら、全く同情していないのに、毎回よくそれらしい表情を作れるものだと思った。

 

 

 

洗面台で手荒いとうがいをしてから、先生愛用のちゃぶ台に向かう。
ゴミ捨て場で拾ってきたというそれは、年代物らしく、肘を置いただけでガタガタと音を鳴らす。
だけれど、木製の何の変哲もないこの机が先生のお気に入りなのだ。
そこかしこに傷があり、よその家族の思い出を語るちゃぶ台。
今も家庭の温もりを伝える机に、一人で食事をする先生は毎日何を感じているのだろう。

 

「先生、彼女いないの?」
「何で」
「前に来たとき使った私の歯ブラシが、そのまんま洗面台に置いてあった。櫛とか化粧品とか」
「サクラが次に来たとき、すぐ使えるでしょ」
「・・・うん」
「新しい猫が入り込んだら、元からからいた猫が気を悪くするだろうし。それが原因で戻ってこなくなったら嫌だから」
おひつに移したお米をよそった先生は、私に茶碗を差し出す。
「こんなに食べられない!」
「食べないと元気でないの」

山盛りによそわれたお米を食べながら、私は先生の手際の良さに関心していた。
私は、先生の家に来るときは、いつも連絡をいれない。
それなのに、ちゃぶ台の上にはいろいろな料理が出てくる。
今日も洗面所にいた時間は僅かだというのに、自分がこの部屋に入ったときには、すっかり食事の支度が整えられていた。

 

 

「彼氏が出来ても長続きしないのは、先生のせいよ」
私の銜え箸を注意しながら、先生は怪訝な顔で私を見る。
「何で?」
「最初の人が先生だったから、私の男を見る基準は先生なの。先生より上か下か、いつも考えちゃう」
会話の合間、私はキュウリのおつけものを口に入れてぱりぱりと音を立てる。
「先生より優しくないとか、先生より私を分かってくれないとか、先生より気を遣ってくれないとか。夜だって先生の方が上手いし」
「それは、俺と比べちゃ可哀相でしょ。木ノ葉一の技師だし」
だらしなく笑う先生を、睨むように見た。
「しょってるわねー」
事実だからよけいに憎らしい。

「もうお腹一杯!」
箸を放って机をどけた私は、丁寧に正座していた先生の膝を枕にごろりと横になる。
「行儀が悪い。食べてすぐ寝ると、豚になるぞ」
「いいもん。先生に面倒みてもらうから」

 

 

 

先生のそばは、他の誰といるより居心地がいい。
良すぎて困る。
自立のためにと外に出ても、結局はここに帰ってしまうのだ。

「もう、飼い猫になっちゃおうかな・・・・」
まどろみながら言うと、先生が笑ってる。
綺麗に整頓した部屋に不似合いないびつなちゃぶ台。
それに新しい傷を付けるのが私と先生なら、それもなかなかアートだなぁと思った。


あとがき??
猫がいつ帰ってきてもいいように、最低限の食材は用意してあるのです。
最後の台詞は「menu」ですね。
ちゃぶ台はサクラが先生の膝枕で寝るのに、普通のテーブルだと邪魔だったから。
別に深い意味はないです。
でも、ちゃぶ台で食事をしていると、家族って感じがするような気がする。サザエさん、ちびまる子ちゃん・・・・。
『猫が行方不明』と同系列の話。


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