メジルシの記憶 3


「恋人に?」
サクラは自分の意見を参考にしながら、女物の服を物色するカイに訊ねる。
振り向いたカイは、照れ笑いをしながら頭をかいた。
「違うよ。君と同じくらいの年の妹がいるんだ。両親が病で死んでからたった二人の兄妹で、今度も泣いて行かないでくれって言うのを振り切ってきた」
一度言葉を切ると、カイはサクラに笑いかける。
「大袈裟だろ」
同意を求める声に、サクラは固い表情のままカイを見上げた。

「そこまで妹さんが止めたのに、どうして里に来たの」
「頼まれたから。本当は別の奴が行く予定だったんだけど急に駄目になって、都合の付く若い人間は村に俺しかいなかったんだよ」
カイは手に持つ布地に目を向ける。
「あと、村から出たことのない妹に流行りの衣の一つも買ってやりたくて」
その声音から、後者の方が里に来た大きな理由だと分かった。
微笑ましい兄妹愛に、サクラも少しだけ表情を和らげる。

「羨ましいな・・・。私、一人っ子だったから」
「俺と結婚すれば、妹が出来るよ」
調子に乗ってプロポーズをしたカイを、サクラはじろりと睨む。
「絶対、嫌!」
顔を背けたサクラは何を言っても口を尖らせたままで、カイは思わず苦笑をもらした。
姿形はまるで違うが、サクラは妹のサラとよく似た言動をする。
時折感じる懐かしい空気は、そのせいなのだろうとカイは思った。

 

 

 

「腕、見せてくれる」
買い物を終え、公園のベンチで休憩しているカイの前に立ったサクラは唐突に切り出した。
「何?」
「腕。動かないんでしょ」
「ああ・・・・」
カイが右手で服の袖をまくると、傷だらけの左腕があらわになる。
古いものから新しいものまで様々だが、サクラはあえて言及しない。

一番ひどい傷跡に触れたサクラが何か呪文のようなものを呟くと、その掌は鈍い光を発し始めた。
驚いたカイは目を見開いたが、それは隠れ里の忍びならば誰でも覚える、治療術だ。
一時期、治療術専門の忍びに師事していたことのあるサクラは、簡単な怪我ならば瞬時に治すことが出来た。
数分の時間が経過し、深々と息を吐いたサクラはカイの瞳をひたと見据える。

 

「動かしてみて」
「・・・あ、ああ」
サクラの真剣な眼差しに、カイは言われるままに腕に力を込める。
村の医者に匙を投げられた怪我だ。
この先も動くこともないと思っていたが、カイの左腕はゆっくりとだが確かに彼の意思に従っている。
「嘘!」
「病院に行けば私より優秀な先生が揃ってるし、もっとスムーズに動くようになるわよ。帰る前に一度寄ってみたら」

サクラは笑いながら言ったが、その顔色は蝋のように白い。
眉を寄せたカイは、サクラを隣りに座るよう促す。
「大丈夫?」
腕が元に戻るという喜びも、蒼白な彼女の顔を見たら消し飛んでしまった。
「集中力のいる術だから・・・ちょっと疲れただけ」
カイの目で見て、ちょっとなどとは思えないやつれ具合だったが、喋ることも億劫そうな彼女を見たら何も言えない。
その肩に触れたカイは彼女を自分にもたれ掛からせたが、サクラは反発しなかった。

 

 

忍びの隠れ里と聞いて、重苦しい雰囲気の国を想像していたカイだが、実際は違った。
公園では母親達が子供を遊ばせる、普通の光景があるだけだ。
町であった人々も、皆、楽しげだった。
全く、平和そのもの。
さぞかし立派な長が治めているのだと思うカイは、初日に会った老人が火影だということにまるで気づいていなかった。

 

「そうえば、俺にそっくりな奴ってどんな人間なの」
ふと気になったことを口に出すと、傍らのサクラはカイから身を放して顔をあげる。
「私の・・・・担任の先生。任務地に向かったまま消息を絶って、もう半年以上経つわ」
「半年」
「ええ。正直に言うとね、あなたを最初に見たとき、先生だと思った。先生は里でも指折りの優秀な忍びだったから、死ぬはずがないもの。敵に掴まったんだとしても、うまく逃げ出して帰ってきてくれたんだと・・・・」
「でも、違った」

自分の言葉を引き付いたカイに、サクラは少しだけ笑顔を見せた。
例えようのないくらい、寂しげな笑み。
彼女がどれだけ彼のことを想っているのか、それだけで伝わってくる。

カイはこの里に来たことに、初めて罪悪感を覚えた。
自分の存在は、彼女に辛い思いをさせただけだ。
どんなに似ていても、自分は彼女が待っていた人ではないのだから。
「あなたまで、そんな顔しないでよ」
立ち上がった彼女は、俯くカイの頬に触れる。
「カイに会えて、良かったわ」

 

 

地理に明るくないカイを、サクラは宿屋まで送り届けた。
後ろ髪を引かれる思いでサクラを見つめるカイに、彼女はにっこりと笑いかける。

「帰ったら、もうこの里には来ない方がいいわよ」
「・・・何で」
「また妹さんを泣かせちゃうでしょ」
明るく微笑んだサクラは、最後に、カイの手を強く握り締めた。
「元気でね」


あとがき?
現時点ではコメントの仕様がない・・・。

(追記)
現時点ではコメントの仕様がない・・・。


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