貘 ⅰ
裏路地にひっそりと店を構える、アンティークショップ。
その手前の道を通りかかったサクラは、飾り棚に並んだ骨董品の一つに目を留めた。
サクラの手のひらに乗るくらいの大きさで、何かの動物の形をした置物。
象のように鼻が長いが、体や足は別の動物に酷似している。
サクラが今まで目にした動物辞典には載っていなかった生き物だ。
「これに興味があるのかい、お嬢ちゃん？」
ガラス窓に張り付いてそれを眺めていたサクラは、店の中から出てきた人物に声をかけられる。
店名の入ったエプロンをしている人の良さそうな老人だった。
「こんにちは。あの、これは何ていう生き物なんですか」
「貘だよ」
「・・・ばく？」
「同じ名前の動物はいるけれど、これは想像上の生き物の方を象っているんだ。たぶん、動物辞典には載っていないだろうねぇ」
楽しげに笑う老人は、サクラの心を見透かすように語る。
「体形は熊に、鼻は象に、目は犀に、尾は牛に、足は虎に似ているそうだ。東洋の伝説で、この貘は人の悪夢を食べてくれると言われているよ」
老人が話しを続ける中、サクラは再び“貘”へと視線を移す。
人の悪夢を食べる、架空の生き物。
それが本当ならば、これは打ってつけのプレゼントだ。
「おじさん、これ、高いんですか」
「値段はつけていないんだ」
老人の返答に、サクラはがっかりと肩を落とす。
非売品、又は、値段が付けられないほど価値のあるものだと思ったのだ。
だが、にっこりと微笑んだ老人は、一度店内に戻り、飾り棚から出した“貘”をサクラへと差し出した。
「これは、あなたにあげるよ」
思いも寄らない言葉に、サクラは目を見開く。「え、そ、そんな、受け取れません」
「いいんだよ。今日は貘が朝から人待ちの顔をしていてね」
老人はサクラの片手を取り、“貘”をその手のひらに握らせる。
「待っていたのは、あなただったようだ」
悪戯な笑みを浮かべる老人の緑の瞳は、まるで、サクラと同世代の少年のように見えた。
あとがき？？
序章。
あとから付け足したエピソードなので、読み飛ばしてもＯＫ、ＯＫ。
ⅱが本編。