貘 ⅱ
生き残りは、他に一人もいなかった。
血の匂いが濃く残るその場所を、カカシは足を引きずりながら仲間の体を背負って歩く。
もう、息はない。
連れて帰っても無駄だと分かっていたが、カカシは遺骸から手を放す事が出来なかった。
肩にのしかかる重みは、生き残った自分への罰のようだ。暗部の人間は早死にする。
それはジンクスではなく、事実だ。
カカシが暗部に身を置いてから、同期の人間はほぼ死亡している
カカシが生き延びているのは、実力もあるが運も多大に味方していた。
だが、そこに喜びはなく、自責の念だけがカカシの中で強くなっていく。死にたいわけではない。
ただ、仲間が死んでいくことに耐えられないだけだ。
「カカシ先生」
戦場に似合わない、涼やかな声音で呼ばれる。
そして、「先生」という呼び名に違和感を感じて、カカシは訝しげに振り返った。
「またこんなところにいたんだ」
自分に親しげに話しかける少女の名前は何だったのか。
考えあぐねたカカシだが、彼女が危険な人物ではないということだけは分かる。「この人はもう天国にいるよ。だから、安心して」
彼女の言葉と同時に、カカシの肩がすっと軽くなった。
そして、柔らかく微笑する彼女を見ていると、何故か安心する。
今までになく穏やかな心地に、カカシは自然と彼女に笑顔を返していた。
「カカシ先生―、どっか具合でも悪いの」
７班の集合場所に時間通りにやってきたカカシを見て、ナルトは開口一番に言った。
「・・・何だよ、それは」
「だってさー、カカシ先生このごろ遅刻しないじゃん。変、変だよ」
それが正常なことだというのに、カカシの遅刻に慣れているナルトはさも不安げに上空を見上げる。
空は晴天だが、雪や槍が降ってくるのではと心配しているのだ。「心外だなぁ。俺は可愛い生徒のために頑張って早起きするようになったのに」
「嘘くせー」
間髪入れずに口を挟んだナルトに、隣りにいるサクラはくすくす笑いをする。
「おい。全員集まったんだから、早く行くぞ」
サスケだけはカカシに無関心なようで、他のメンバーをせっつくように歩き始めた。「サクラさー、あの置物、どこで買ったの？」
任務地に向かって歩きながら、カカシはサクラにさり気なく訊ねる。
思えば、カカシが妙な夢を見出したのは、サクラに動物の置物を貰ってからだ。
「西町のアンティークショップで見付けたの。でも、買ったんじゃないのよ」
「何だ、それ？」
カカシが不思議そうに呟くと、顔を上げたサクラは意味ありげに笑った。
「あれのおかげで、カカシ先生朝寝坊しなくなったよね」
その夜、眠りについたカカシは、今までと違う夢の世界に首を傾げた。
カカシにとって、夢は全て悪夢と決まっていた。
昔の、思い出したくない過去を繰り返し、繰り返し夢に見る。
それが、あの置物を貰って以降は、どんな夢を見ても最後には必ずサクラが現れた。
そして、サクラのイメージが強くなるほど、夢の中での悪夢の割合が日に日に減っていくのだ。
「何で、今日は何もないんだ？」
目に映るもの全てが真っ白な夢の中で、カカシは一人で佇んでいた。
「私が悪夢を全部食べてしまったからだよ」
ふいに聞こえた声に、カカシはハッとして振り返る。
そこに立っていたのは、いつもの薄紅色の髪の少女。「サクラじゃ、ないのか？」
誰何するカカシに向かって、彼女は穏やかに微笑む。
「あなたの中の不安は消えたはずだよ。これからは、自分で新しい夢を作っていくんだ」
姿はサクラでも、口調はまるで別人。
だけれど、彼女から邪気はまるで感じない。
むしろ、包み込むような優しい空気に、カカシの困惑はさらに深まっていく。
「お前、誰なんだ」
「貘。人の悪夢を食べて生きるものだよ。あなたの夢はとても量が多かったから、暫くは何も食べなくても大丈夫かな」
笑顔のまま答える彼女の言葉に、カカシは枕辺に置いた置物を思い出す。
あの奇妙な動物の名前が、確か“貘”だった。
教えてくれたのは、カカシにそれをプレゼントしたサクラだ。「何でサクラの姿をしているんだ」
「あなたが望んだから。私は人の夢は食べるけど、夢を勝手に作ることはできないんだ」
「・・・え？」
「つまり、夢にこの子が出てきたのは、あなたの意思。あなたが夢で会いたいと思ったからなんだよ」
自分でも分かっていなかった気持ちを指摘されて、カカシは声を無くす。
難しい顔で考え込むカカシに、“貘”は笑いながら言った。「あなたみたいに後ろ向きな考えの人には、ああいう子が必要なのかもしれないね」
あとがき？？
サクラの夢を見るカカシ先生を書きたかっただけでした。
何だか、妙なものがいろいろくっついて全然違う話になってしまったけど。
次が終章。