女心


「先生、ふられちゃったんだー」
「・・・・言いにくいことを、はっきり言う子だねぇ」
あっけらかんとしたサクラの物言いに、カカシは苦笑するしかない。
サクラはカカシの家にやってくると必ずココアを飲む。
甘い香りのカップをテーブルに置くと、サクラは嬉しそうにそれに受け取った。

「でもさ、先生ってば馬鹿よ」
「どーして?」
「彼女を追いかけなかったから」
カップに口をつけたサクラは、中身が思いのほか熱かったのか舌を出す。
サクラの言い分はカカシには不可解なものだった。
「だって、向こうから別れ話を切り出したんだよ」
「うん。でも、先生、そのときあっさり承諾しちゃったんでしょう」
「・・・・だって、そんな状況でじたばたするのは、男らしくないし」
彼女の悲しげな眼差しを思い出したのか、カカシは歯切れ悪く答える。
話の合間、ココアに息を吹きかけていたサクラはようやくそれを一口だけ飲み下した。

 

「でも、彼女さんはきっと、男らしくない先生を見てみたかったんだと思うわよ」
向かいの席にいるカカシを見るサクラは、いつもより大人びた表情で言う。
「先生ってば、女心を全然分かっていないわねぇ」
「・・・・」
深々とため息をつくサクラをカカシは複雑な心境で見つめる。
女とはいえ、まだ十代前半の子供。
彼女に女心について解かれるとは、思ってもみなかった。

 

 

 

「何か、いいことあったの?」
後ろから声をかけられ、カカシは机に広げていたスーパーのチラシを指差す。
「いや、今日はスーパーでココアが半額だなぁと思って」
「・・・あんた、近所のおばさんみたいよ」
紅は呆れた顔で言ったがカカシにとっては大きな問題だ。
綱手のもとに弟子入りし、カカシの手を離れているとはいえサクラは毎日のように彼の家に顔を出す。
そして、サクラの好物のココアは昨日で無くなった。
今日中に買わなければと思っていたところに、このチラシだ。
暖かくなったらアイスにすれば良いことで、安いうちに全て買い占めようかと思ってしまう。

「じゃあね」
書き上げた報告書を持ったカカシは、紅や周りの上忍達に挨拶をして扉へ向かう。
何故だか安心していたのだ。
ココアがあれば、サクラがいつまでも家に立ち寄る気がして。

 

「先生、もうご飯食べちゃってるかしら・・・」
約束をしているわけではないが、いつもより時間が遅くなったことを気にしてサクラは足早に歩いていた。
何か、夕食になるものを買っていこうかと考えたサクラは、自分に近づく気配を察して振り返る。
緊張気味にサクラを見つめていたのは、彼女と同じ年頃の少年だ。
「春野サクラさん」
「・・・・はい」

スーパーの帰り道のカカシが偶然通りかかり、見かけたのは丁度その場面だった。
見知らぬ少年が、サクラに手紙を渡している。
何か動揺したサクラに、少年は構わず手紙を握らせていた。
そのまま駆け去った少年の後姿を見るサクラの横顔が赤いことから、手紙の内容は想像がつく。
いまどきラブレターで気持ちを伝えるなど、随分と古風な手段だと思ったカカシだった。

 

 

 

「どうしよう・・・・」
カカシに一部始終を目撃されていたことを知ったサクラは、困惑気味に訊ねる。
目の前にはいつもどおりココアが置かれていたが、それどころではないようだ。
サクラが持つ便箋には、彼女への真剣な想いが綴られていた。
サクラは全く気づかなかったが、ずっと彼女を見ていたとある。

「第一印象で悪い気持ちがしなかったんなら、付き合ってみても良いんじゃないの。話してみたら気が合うかもしれないし」
「そうね」
カカシの忠告に、サクラは何度も頷く。
そして、手紙を鞄にしまうとそのまま椅子から立ち上がった。
「今日は帰るね」
「え、もう?」
「うん。電話番号が書かれているし、家に帰ってすぐ電話してみる。待たせちゃ悪いから」

玄関で靴を履くと、サクラは見送りに来たカカシに対して小さく手を振った。
「バイバイ」
「・・・・バイバイ」
笑顔のサクラにつられ、カカシは手を振り返す。
違和感があったのは気のせいではないだろう。
今までサクラの別れ際の言葉はいつでも「またね」だった。
カカシの耳に、閉じられた扉の音はいつになく重たく感じられた。

 

 

「先生ってば、本当に朴念仁ね!」
階段を下りきり、カカシの家のある窓を見上げるサクラは不満げに呟く。
追いかけてくる気配は全くない。
「どうしよう」の言葉は引きとめて欲しくて言ったのだ。
毎日こうして通っていたサクラの気持ちをどう思っていたのだろうか。
「あんな人、早めに見限って正解かもね。あれだけ言っても、まだ女心が分かっていないんだから」
電灯の下を歩くサクラはぶつぶつと繰り返す。
声はいつの間にか涙が混じっていたが、興奮している分足取りは力強い。

「カカシ先生なんて、もうおじさんだし、変なマスクしてるし、怪しいし、エッチな本ばかり読んでるし、遅刻魔だし、女たらしだし、だらしないし、水虫だし、頭もはげてきてるし・・・」
サクラのカカシに対するありとあらゆる罵詈雑言は途中で途切れる。
後ろから、誰かに抱きすくめられていた。
この優しい腕が誰だか、サクラにはすぐ分かる。
思わず本格的に泣き出しそうになって、サクラは必死で歯を食いしばった。

 

「水虫とはげってのは、嘘じゃないの?」
「・・・・先生の未来を予想しただけです」
とげとげしい口調で答えるサクラに、彼女を抱きしめるカカシは笑い声をたてる。
「サクラは追いかけて欲しかったのかと思ったんだけど、正解じゃなかった?」
「遅かったからマイナス50点です」
まだふてくされているのか、硬い表情のサクラからカカシは手を離す。
「サクラ、さっきの手紙は?」
「えっ」

カカシに促されたサクラは、鞄から出した手紙を彼に渡す。
すると、その手紙はサクラの目の前で瞬間的に炎に包まれて消えてしまった。
「本当は、サクラが読む前にこうしたかったの」
カカシが術を使ったのだろうが、サクラは灰となった手紙が散っていくのを呆然と眺める。
「せ、先生、返事をしないといけないのに」
「だって、サクラとこいつが話しをするだけで嫌なんだもん。このまま無視してれば、向こうもふられたと思うよ」
「・・・・」
「ね、男らしくないでしょう」
困ったように言うカカシを見たサクラは、その顔にようやく明るい微笑を浮かべた。


あとがき??
思っていたのと全然違う話になりました・・・・。おかしいな。


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