リード


「ちょっと、長くなるかもよ」
指差された方角を見ると、カカシが仲間の上忍と真剣な表情で話し込んでいた。
サクラには分からない、任務の重要な話らしい。
「座って待っていたら?」
「有難うございます」
椅子を勧められ、サクラは紅に頭を下げた。
待ち合わせをしていたわけではない。
ただ、顔を見たくて教師達の控え室を覗いたのだが、カカシは全くサクラに気付かず討論している。
仕方がないと思いつつ、少し寂しい気持ちでサクラは彼の話が終わるのを待っていた。

 

最初から、途方もなく遠い場所にいる人なのだ。
7班では彼が子供達に合わせた会話をしているせいか、あまり考えない。
だが、こうして上忍達に囲まれたカカシを見ていると、嫌でも感じてしまう。
彼は里にいる上忍達の中でも、皆に一目置かれる特別な存在。
本来ならば、下忍のサクラとの接点など全くない人だった。

「サクラちゃん」
ぼんやりとカカシの姿を見つめていたサクラは、肩を叩かれて我に返る。
「そんなに見ていると、穴が空いちゃうよ」
「えっ」
「そうそう。見張って無くても彼は逃げないから、これでも飲んでもっとくつろいだら」
「あ、有難うございます」
紙コップのジュースを手渡され、サクラは真っ赤な顔で礼を言う。
火影の使いでやってきたイズモとコテツは、カカシが話している相手に用事があったようだ。
お互い待ち惚けを食らっている状況で、彼らは自然とサクラの隣りに腰掛ける。
両脇で話題を振られては、最初はカカシの様子を気にしていたサクラも、彼らとの話に集中していった。

 

 

「本当だよー。それで、カルガモの親子が住み着いちゃって、俺達が世話をしてるの」
「カルガモって、子供が親のあとをくっついて動くんですよね」
「うん、そう」
数匹の小ガモが親の後を繋がって歩く姿を想像したサクラは、思わず目を輝かせる。
小さくて可愛いものが好きなサクラには何よりの情報だ。
「見たいです!場所は、どこですか」
「俺達が連れて行ってあげるよ。これから・・・・」
「サクラ」
盛り上がっていた彼らの会話は、その一言で中断を余儀なくされた。
驚いて振り向いたサクラは、何故か怖い顔をしているカカシを見て眉をひそめる。

「先生?」
「ずっと待っていてくれたんだってな。行くよ」
「あ、ちょ、ちょっと・・・・」
戸惑うサクラに構わず、彼女の腕を引っ張ったカカシはそのまま扉に向かって歩き出した。
「さ、さようなら」
何とかイズモとコテツに別れを言ったが、カルガモのことを聞く余裕は全くはない。
暫し呆気にとられていた二人は、閉じられた扉の音を合図に顔を見合わせた。

「こ、こえー!!見た、今の」
「嫉妬全開だったな」
サクラは気付かなかったようだが、カカシに冷ややかな眼差しを向けられたイズモとコテツは思わず苦笑いをする。
凄腕の上忍も、彼女のことになると目の色が変わるらしい。
愛らしく微笑むサクラを思い出すと、それも何となく頷けてしまう。
「サクラちゃん、どんどん可愛くなっているし、カカシさんもこれから大変だよ」
「ねぇ」

 

 

 

ようやくカカシと自由な時間を持てたわけだが、部屋を出てからずっと彼は無言だ。
サクラには、彼が不機嫌な理由が分からない。
手は繋いだままだが、何か変な感じだった。

「先生、怒ってる?」
「・・・別に」
「・・・・・」
会話にもならず、サクラは口を尖らせた。
せっかく待っていたというのに、こんな態度を取られてはサクラまで気分が悪くなる。
「珍しいね」
「えっ?」
少しだけ振り向いたカカシの目線を追い、サクラは自分の耳元へと手をやった。
言われるまで忘れていたが、そこには緑色の石のピアスを付いている。
きちんと見ていてくれたのが嬉しくて、サクラはすっかり上機嫌でカカシの掌を強く握り返した。

「いのが誕生日にくれたのよ。初めて付けたから、先生に見てもらいたくて会いに来たの」
「可愛いよ」
「エヘヘッ、有難う」
にこにこ顔でくっついてくるサクラに、カカシは自然と笑みを返す。
カカシの態度が不満ですねていたこなど忘れてしまったらしい。
こうした気持ちの切り替えの早さが、またサクラの好ましいところだ。

 

「・・・サクラ」
「ん?」
「あのさ、イズモやコテツと何の話していたの」
幸せ気分にひたっていたサクラは、顔を上げてカカシを見つめる。
妙に、寂しげな声に聞こえたのは、気のせいだろうか。
「“カルガモ友の会”の話。二人ともメンバーなんですって。先生もカルガモに興味あるの?」
「いや、別にないけど・・・・楽しそうだったし・・・」
歯切れの悪いカカシの言葉に、サクラは怪訝な表情だ。

「何なの?」
不思議に思って首を傾げたところ、微かに伝わった違和感に思わず顔をしかめる。
どうやらピアスに髪が絡まったようだが、サクラの位置からだと確認出来ない。
「どうした」
「ん、何だか引っかかったみたいで・・・・」
「見せてみな」
しきりに耳を押さえるサクラに気付いたカカシは、すぐに横を向かせる。

 

指先で触れただけで、髪はすぐに解けた。
カカシの動きが止まったのは、目を伏せたサクラの顔と、切り揃えた髪の掛かった白い喉元に目を奪われたからだ。
サクラはまだ子供。
そう思っていたはずなのに、視線を外せずにいる。
細い首に手を伸ばしかけて、顔を傾けたサクラと目が合った。

「・・・まだ?」
囁くような声にびくつき、カカシは呼吸を整えて平常心を取り戻す。
「もういいよ」
「有難う」
にっこりと笑うサクラは、いつもの彼女だ。
だが、ふとした瞬間にかいま見せる表情に、たまらなく惹きつけられる。
彼女の幼さはすでにカカシを安心させるものではなくなっていた。

 

 

「先生?」
突然抱きしめられたサクラは、訊ねるようにして声を出す。
「どうしたの」
「サクラ、あんまり早く大きくならなくていいよ」
「えー?」
サクラはくすくす笑って彼の背中に手を回す。
まだ廊下の途中だったが、誰かが来てもカカシは手を離してくれそうにない。
「私は、上忍の先生に早く追いつきたいよ。そうすれば、もっと先生の力になれるし・・・」
「いーんだよ。サクラは、このまま俺の目の届くところにいれば」

明晰な頭脳と抜群のチャクラコントロール、サクラには忍びとしての才能がある。
リードしたサクラとの距離は、おそらく、そう遠くない未来に縮められてしまう。
そのとき、果たしてサクラは自分の隣りにいてくれるかどうか。
追い抜かれたら、彼女は昔の担任のことなど、振り返らなくなるかもしれない。
カカシの不安など知らず、サクラは明るい口調で言った。

「私は夢は上忍になって、先生と一緒に仕事をすることなの。それまで待っていてね」
「・・・・」
無邪気なサクラの言葉に、カカシは答えられずにいる。
そばにいたい。
願いは共通したものだが、追われる者の胸中はまだサクラには理解出来ないものだった。


あとがき??
mitsuさんからのリクエスト。
マツモトトモ先生の『キス』2巻、ピアスの場面のイメージで書いたカカサクでしたが・・・・力及ばず。
申し訳ない!
物凄く久しぶりに普通のカカサクを書いた気がします。いつもは・・・。
ヘナチョコSSになってしまいましたが、いつも素敵なイラストをくださるmitsuさんに捧げさせて頂きます。


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