先生のイチャパラと恋愛事情


「サクラ、また来ましたよ」
「・・・・そうですか」
ぱらぱらと書類をめくりながら、カカシはイルカの声に答える。
誤字脱字による訂正箇所は10箇所、カカシにしては少ない方だ。
この報告書を提出すれば、明日と明後日は久しぶりの休日だった。

「あのー、カカシさん」
「はい?」
「そ、その、サクラとは・・・・」
口籠もりながら自分をの様子を窺っているイルカを見て、カカシはふと表情を和らげる。
彼にはサクラが来たらすぐに自分のスケジュールを教えるように言ってあった。
同じ里の仲間とはいえ、本来ならば個人の任務予定を他者にもらすなど重大な規則違反だ。
カカシが何故そのような指示を出したのか、イルカは分からずにいる。

「サクラは俺の大事な生徒ですよ。ナルトやサスケがいなくなって、寂しいんでしょう。だから、俺に話を聞いてもらいたいみたいです」
「そ、そうですか」
ホッと息を付くイルカを見ながら、カカシは心の中で舌を出していた。
思ったことがすぐ顔に出るこの教師は元生徒の行く末を心から案じているようだ。
くノ一仲間がイルカを「可愛いv」と評しているのを聞いたことがあるが、おそらく当たっている。
忍びらしからず、純朴な性格のイルカが上忍になるのは難しそうだが、それが理由で女性にもてるなら十分幸せなのではないかと思うカカシだった。

 

「先生!」
何とか報告書を提出したカカシが部屋を出ると、廊下で待ちかまえていたサクラが駆け出してくる。
図書室に寄った帰りというが、方向が全く逆だ。
指摘して慌てるサクラを見るのもいいが、短くなった髪が可愛かったから、頭を撫でてみる。
随分懐かれたようで、きらきらと輝く瞳で見つめられれば悪い気はしない。
何となく忍犬達の幼い頃を思い出したカカシだったが、犬と比較されたことを知れば、サクラは当然憤慨したことだろう。

 

 

 

翌日、忠犬タマ公の銅像前で立つサクラは、イライラと腕時計を見つめていた。
カカシと映画を見に行く約束をしたのだが、彼がきちんと時間通りに現れるはずがない。
どんなに急いでも映画館までは5分かかるというのに、今は上映開始の10分前だ。
人通りの多い道をカカシの姿を捜して目を凝らすサクラは、後ろから肩を叩かれ、勢いよく振り返った。

「せんせ・・・・」
「よー、こんなところで何やってんの!?」
自分の声に被さるように言われ、サクラは思わず顔を引きつらせる。
サクラの肩に馴れ馴れしく手を置いているのは、近頃任務で親しくなった依頼主の息子だ。
サクラより一つ年上の少年で、長身の彼はモデルのように整った顔をしていた。
当然周りには女子の人だかりが出来ていたが、唯一自分に関心を示さないサクラに彼は興味を持ったらしい。
しつこく家に電話をされ、プレゼントを送りつけてくる彼にサクラは困り果てている。
今日も、サクラのあとを密かに付けていたのかもしれない。

「ひ、人と待ち合わせをしているんです!」
「彼氏?」
「違います・・・・けど」
話している間も彼の手が腰のあたりに移動し、サクラの表情はますます険しくなる。
依頼主に絶対服従、これは忍びの鉄則だ。
しかも彼の家は資産家で、たびたび里に援助もしている。
仕事の最中も彼のセクハラには迷惑していたが、こうも人目があっては、さらに殴り付けるわけにいかなかった。

 

「あの・・・やめてください」
体を触られるサクラはさり気なく腰にある手をどかしたが、彼はにやにやと笑っている。
「ここで会ったのも運命ってやつだね。一緒に遊びに行こうよ」
「え、ちょ、ちょっと!!」
腕を掴まれたサクラは引きずられるようにして足を動かした。
もちろん、彼女の意思では全くない。
「や、やめてください!人と会うって言ってるでしょう」
「煩いなぁ・・・」

サクラが大きな声を出し始めると、立ち止まった彼は面倒くさそうにポケットに突っ込んだ札入れを取り出した。
「金なら払うよ。いくら欲しいんだ?」
「えっ」
一瞬、何を言われたか分からずぽかんとしたサクラは、分厚い札入れを見てその意味を呑み込む。
かっとなったサクラは少年の顔を鋭く睨み付けたが、彼の顔にはまだ軽薄な笑みが張り付いていた。
「何だよ、怖い顔して。金さえ出せばどんな仕事だって引き受けるのが忍者だろ」
「違うわ!忍者だって心が納得しない仕事なんかやらない。お金で何でも解決するなんて思わないでよ」

激しく怒鳴りつけてから、里への援助のことや、仲間の忍びの顔が頭に浮かぶ。
どうしたらいいか分からず立ちつくしたとき、その顔を見付けたサクラは目から大粒の涙を落としていた。
「先生・・・・」
「はーい」
雑踏の中から手を振って現れたカカシは、サクラの目の前までやってくると柔らかく微笑んだ。
「ごめんね、遅れて」
泣きべそをかくサクラは無言でカカシの体にしがみついた。
もちろん、サクラををかばうようにして前に立つカカシを、少年は不満げに見据えている。

「何だよ、てめーは」
「さー、サクラ。早く映画館に行こうね」
「聞けよ!!」
自分を完全に無視してサクラの肩を抱くカカシを、少年は振り向かせようとした。
だが、その体は彼の意思に反して少しも動かない。
気付くと、声を出すことも出来なかった。
「まっ・・・・」
かろうじて喉から出たのは、掠れたうめき声だけだ。
何が起きたのか分からず呆然とする少年を残し、サクラを連れたカカシは振り向きもせずにその場から見えなくなった。

 

 

「先生・・・」
「あー、平気。金縛りの術をかけただけだから。あと5時間くらいすれば足が動くようになるよ」
不安げな眼差しのサクラを見たカカシは、問われる前に答える。
5時間という言葉に目を見開くサクラだが、彼から受けた数々の嫌がらせ思い出すと、同情する気にはならない。
「それで、誰、あれ」
「・・・・この前の任務で知り合った人。変なことばかり言うし、体も触られて」
思い出すなり、再び涙を滲ませたサクラの体をカカシは強く抱き寄せた。
「殺してあげようか」

あまりに、軽い口調だった。
明日、映画を見に行こう。
そう言ったときと同様の、明るいカカシの声音。
思わず黙り込んだサクラは、怖々とカカシを見上げる。
いつも通り笑うカカシの表情から、サクラは本気か冗談か判断することが出来なかった。

「うん、そうだ、殺そう。うちのサクラを泣かせるなんて極悪人だ」
「せ、先生・・・」
「ん?」
「私、先生に殺して欲しくない」
もう映画館はすぐ目の前、他の客は皆入口に駆け込んでいたが、サクラは立ち止まってカカシの腕を掴んだ。
このままうやむやにすれば、何だか本当に彼が死んでしまうような気がする。
冗談に決まっているのに変だと思うが、サクラは必死な顔でカカシを見つめた。

「・・・サクラは優しいなぁ」
屈託なく笑うカカシは、そのままサクラの体を腕の中に引き寄せる。
不思議だ。
彼がいれば、サクラはいつでも安心出来るのに今日は違う。
カカシの手はこんなに冷たかっただろうかと、彼の胸に頬をあてながら、サクラはぼんやりと考えていた。

 

 

 

図書館の閲覧室で、サクラは机に広げた新聞を熱心に読んでいる。
主に、事件や事故を扱った部分だ。
後ろからその様子を眺めていたカカシだったが、気配に気付いたサクラはハッとして顔を上げた。
「・・・・先生」
「何か、調べ物?」
「そ、そういうわけじゃないんだけど」
言葉を濁したサクラは、新聞を置く棚にそれを返すため立ち上がる。
「先生も、本を借りに来たの?ここには先生の好きなエッチな本は置いてないわよ」
「サクラに会いに来たんだよ」
サクラについて歩くカカシは、にこにこと笑いながら言う。
綱手の近くにいないとすると、サクラが寄りそうなところはここしかない。

「・・・先生」
「ん?」
「あの子、最近見ないの。前はちょくちょくメールが来たり電話がかかってきたのに、一週間前から全然連絡がなくて・・・」
誰のことかは聞かずとも分かった。
一週間前というと、カカシとサクラが映画に行った日だ。
サクラが新聞をチェックしていたのは、死亡記事に彼の名前がないか調べていたのだろう。
だが、暗部出身の上忍が動いて相手を変死させるへまをするはずがない。
どこまでも自然に、他殺に見せない方法はいくらでもあるのだ。

「きっと新しい恋人が出来てそっちに夢中なんだよ。そんないい加減な奴のこと、早く忘れたら?」
「・・・うん」
頭を撫でて優しく笑いかけると、サクラはゆっくりと安堵の笑みを浮かべた。
消息不明の少年とは無関係と知ったサクラは、いつものようにカカシにくっついていく。
その髪に触れながら、愚直なところは元担任にそっくりだと思った。
正直で、愚かで、可愛いという言葉が本当にぴったりだ。


あとがき??
いのちゃんの出てくる場面をはぶいたら、タイトルの意味が分からなくなりました。
次も書かないと駄目だろうか・・・・・。
しかし、この話、完成間近で飽きた。どうしようもなく筆が止まって駄目かと思いました。
次があるとしたら、またサクカカで前作と似た雰囲気にします。


駄文に戻る