続・保健室の先生


晴天の休日、サクラはいのやヒナタ、その他数名の友人達と向かい合わせの席に座っていた。
開放的なオープンカフェからは、往来の様子がよく分かる。
そして、道行く人々を見つめる彼女達の目は妙に真剣だった。
「・・・やっぱり、やめない?」
「何言ってるのよ、今さら!」
弱気なことを言い出したヒナタを、いのが叱咤する。
彼女とて不安はあるが、やり始めたからには最後まで貫き通そうという腹らしい。

彼女達は先程からいのが考えたあるゲームを実行していた。
「スタート」の合図をして、店の前を最初に横切った人間に老若男女問わず声をかける。
そして、彼、又は彼女を皆が待つこの席まで連れてこられれば「成功」だ。
「失敗」した者は、「成功」した者の食事代を分担して払う決まりとなっている。
ちなみに前回の勝者はいのだった。

「猿飛のおじーさんが通るなんて、いのはラッキーだったわよねー」
「理事長、若い子が好きだからすぐくっついてきたでしょう」
「うん」
いのはカフェオレの入ったカップを置いて頷く。
彼女達の通う学園の三代目理事長が女好きなことは有名な話だった。
「今日は、サクラからだからね」
「う、うん・・・・」
あまり気乗りしないが、皆で順番にやっていることなのだから、嫌だとは言えない。
「じゃあ、始めるわよ。スタート」

 

出来れば、同じ性別の方が初対面でも話しやすい。
子供でも、お年寄りでも、こうなれば背に腹は替えられない。
なるべく穏和で人当たりの良さそうな、女性。
胸を高鳴らせ、「来い!」と気合いを入れて街路へと目を向けたサクラは、思わず椅子から転げ落ちそうになった。
最悪だ。

「・・・あれ、うちの保健室の先生じゃない?」
「あ、本当だ。カカシ先生だ」
「サクラー、決まったわね。早く追いかけなさいよ」
店の中にいるサクラ達には気付かず、そのまま通り過ぎたカカシを見て、いのはニヤリと笑う。
サクラが彼のことを毛嫌いしているのを知っていて言っているのだ。
「分かってるわよ!」
椅子から立ち上がると、サクラは重い足を引きずって何とか店の外へと駆け出す。
よく考えてみると、チャンスだ。
日頃からサクラにちょっかいを出している彼ならば、簡単にサクラに付いてくる可能性は高かった。

 

 

「か、カカシ先生!!」
サクラがカカシを呼び止めた場所は、いの達の座っている席からかろうじて見守ることが出来る距離だ。
皆の視線を背中に感じつつ、振り向いたカカシにサクラは引きつった笑いを向ける。
「先生、こんにちは」
「あれ、サクラーv休日に偶然会えるなんて、これはもう運命だね」
「先生、これからどこかに行くの?」
カカシの軽口を聞き流したサクラは、単刀直入に訊ねた。
「ううん、本屋に行った帰り。これ、今日発売だったんだ。面白いんだよー」

カカシは手に持っていた文庫本の表紙をサクラの目の前まで持っていく。
そこには「イチャイチャシリーズ、待望の最新刊」と書かれたオビが付いていた。
18禁本を堂々と読みながら歩き、あまつさえ生徒に見せつけるその神経が分からないが、いの達とのゲームを思い出したサクラは必死に笑顔を取り繕う。

「あのさ、それなら先生、今ちょっと時間ある?」
「えっ」
「少しだけ、私に付き合って欲しいんだけど」
「・・・・・」
ふいにカカシが黙り込み、そのまま沈黙が続いた。
「何だろう、この間は?」と思いつつカカシの返答を待っていると、彼は神妙な顔でサクラの肩に手を置く。
「サクラ、俺は保健医として学園に勤める者、生徒の誘惑に乗るわけにいかないんだ。分かるだろ」

 

突然まともなことを言い出したカカシにサクラは目を丸くしたが、彼の話には続きがあった。
「でも、今は学園の外。治外法権ってやつだ」
「えっ、それじゃあ・・・」
本を閉じたカカシは、サクラににっこりと笑いかける。
「分かった、サクラと結婚を前提にお付き合いすることを決めたよ。卒業したらすぐに結婚しようね」
「・・・・は?」
一瞬、頭が真っ白になったサクラは、彼の言葉を何度も頭の中で反芻した。
今のは、どう聞いてもプロポーズだ。
サクラはただ、茶を飲もうと誘おうとしたのだが、何故そうした話になったのだろう。
「あの、そんな大袈裟な話じゃなくて、ちょっとそこのお店に・・・」
「サクラ、照れなくていいよ!!女の子から告白されたのに、うやむやになんて出来るはずがないさ!」

一体、いつ自分が告白したのか。
ぱくぱくと口を動かすサクラは、あまりに強引なカカシの理論に付いていけず、頭が混乱していた。
何か言えばその分、事態が悪化するような気がする。
どうしたらいいか分からず立ちつくすサクラの手を、カカシはしっかりと掴んだ。
「今日はさっそく最初のデートだね。楽しいところに連れて行ってあげるよー、いろいろとねー」
「は、は、離してよ!!嫌ーーーー!!!」

 

 

カカシに引きずられ、サクラが雑踏の中に消えたのを見届けると、ようやく仲間の一人が口を開いた。
「・・・サクラ、連れて行かれちゃったけど」
「助けないの?」
「あんた達、あの保健医と係わりたい?」
心配そうに顔を見合わせている友人達に、いのはずばりと言う。
その意思があるならば、もっと早くサクラ救出のために動いていたはずだ。

「・・・・私、アイスコーヒー追加しようかな」
「あ、私も。今日ちょっと暑いよね」
彼女達は何事もなかったように午後のひとときを満喫し始めた。
可哀相だが、犠牲者は一人でいい。
保健室で人体実験を行っている、昔はヤクザだった、人を殺したこともあるらしい、等々、妙な噂しかないカカシはサクラのことを気に入っているようだ。
曲がりなりにも医療に携わる者、滅多なことはしないだろうと考える、薄情な友人達だった。

 

 

 

 

「ふむふむ、あれから公園を散歩して、映画を見て、食事をして、家に帰ってきたと」
「手錠付きでね!」
サクラは教室中に響くような鋭い声音で言う。
自分を見捨てたいのの行為を怒っているのだ。
翌朝、登校すると友人達は皆謝ってくれたが、どうにもサクラの腹の虫は収まらない。
昼休みになってもまだサクラはぶつぶつとカカシに対する文句を繰り返していた。

「何で、私が好きでもない男の人とデートしなきゃいけないのよ!手錠なんかされたから、どこに行っても視線が痛かったわ」
「逃げようとするからよ。きっと、マニアックなカップルだと思われたわねー」
楽しげに笑ういのをサクラは睨み付ける。
「大体、いのが変なゲームを思い付いたから・・・・」
「それでー、サクラ、何であんたは大嫌いな先生のためにお弁当なんて作ってきたの?」
サクラの追求を誤魔化すように訊ねると、サクラは言葉に詰まる。
机に二つ並べた弁当は、確かに、自分の分とカカシのものだ。
「だって・・・「明日弁当を作ってくるのと、一緒にこのままお泊まりするのと、どっちがいい?」って言われたから」」
ふてくされた口調で答えるサクラに、いのは思わず苦笑する。
それほど嫌なら約束など忘れたことにすれば良いと思うのだが、こうした几帳面さがサクラの長所だ。

 

「あ、あの・・・サクラちゃん」
ため息を付いたサクラが保健室に行くため立ち上げると、二人の話を聞いていたヒナタが突然声を出した。
「私、カカシ先生って、そんなに悪い人じゃないと思うの」
「ヒナタ?」
「体育館の裏の掃除当番だったとき、怪我をした鳥を見付けて困っていたら、カカシ先生が治療してくれたのよ」
おずおずと喋り出したヒナタの話に、サクラは心底仰天する。
「あの、カカシ先生がそんなことを!」
「うん。たまたま通りかかったみたいだけど、鳥もすぐ元気になって、腕は確かみたい」
サクラにはまだ信じられないが、ヒナタが言うからには間違いない。
しきりに首を傾げているサクラに、ヒナタは続けて言う。
「先生、ちょっと変わってるけど、本当は優しい人なんじゃないかな・・・」

 

 

おそらく、美少女でスタイルも抜群なヒナタだったから、カカシは助けようと思ったのだ。
困っているのが男ならば彼は確実に見捨てていた。
廊下を歩くサクラは一人納得して頷く。
よく分からないが、自分以外にも、女子限定で優しく接する人物なのだと思うと無性に腹が立った。
その理由については考えないサクラは、保健室の扉を乱暴に開く。

「先生、持ってきたわよ!!早く帰るから、さっさと食べてよ!」
思いきり怒鳴りつけたが、中はしんと静まりかえっている。
保健室の中はすっかりカカシの私室となり、鍋や本などが床に散らばっていた。
おそらく今はまだ布団で熟睡している時間なのだろう。
「ふざけるんじゃないわよ!人に弁当作って来いなんて言っておいて!!先生!!」
ずかずかと歩くサクラは、ベッドの周りを隠すように覆うカーテンを開き、カカシが丸まって眠っている掛け布団を上からはぎ取った。

 

「早く起きなさ・・・・・」
その瞬間、サクラの一切の思考が停止する。
ベッドには確かにカカシが眠っていた。
予想外だったのは、そのカカシが一糸まとわぬ姿だったことだ。
「・・・んっ、サクラ、おはよう」
「ギャーー!!!こ、こ、こっち向かないでよ!!!」
寝ぼけ眼のカカシがサクラの声に反応して半身を起こすと、サクラは真っ赤な顔で悲鳴をあげる。
腰が抜けてしまい、転がるようにその場に座り込んだサクラを見て、カカシは不思議そうに首を傾げた。

「どーしたの?」
「か、隠してよ、体、体!!」
「体・・・」
ゆっくり目線を下げたカカシは、サクラが見たくなくとも目が離せないでいるものにようやく気付く。
「あら、サクラってばエッチ!」
「だ、誰がよ!!!先生の変質者!!痴漢!!露出狂!!変態!!性犯罪者!!」
「サクラが勝手に布団を奪ったくせにー。俺は寝るときいつも裸なんだよ」
不満げに呟くカカシは、仕方なく床に放ってあった服に袖を通す。

「んー、サクラが裸を見せてくれれば、おあいこってことにならないかなぁ」
「どういう理屈よ、それ!!変なもの見せられて、気分が悪いわ」
床にはいつくばるサクラは、口に手を当てて吐き気をこらえているような仕草をする。
「えー、結構自信あるのに、サクラの合格点までいかなかったの?それはちょっとショックかも」
「何の話よ、馬鹿!!!それに、保健室のベッドは体調の悪い生徒が横になるためにあるんでしょう!先生が寝ていたら使えないじゃない」
大きな声を出し続けたせいか、頭の血管が切れそうになり、サクラは本当に眩暈を覚えた。
挑発に乗ればカカシの思うつぼだと分かっているのに、どうしてもカッとなってしまう。
彼といると調子を乱されて、通常の三倍は体力を使っているようだった。

 

 

「ほら、サクラ立てる?」
身支度を整え、きちんと白衣まで着たカカシは座り込んでいるサクラに手を差し出す。
こうして微笑んでいれば、ヒナタの言うとおり、優しい校医に見えなくもない。
「・・・有難う」
素直に掌を重ねて立つと、サクラは自分の手を握ったままのカカシへと目を向ける。
「えへへっ、サクラの手って小さくて柔らかいよねv」
「・・・・」
とたんに表情を険しくしたサクラは強引に彼から手を引き離す。
不真面目なことばかり言わなければ、もう少し彼を信用していたかもしれない。

「ヒナタにも、こういうことしてるんだ」
「え?」
「ヒナタよ。怪我をした鳥を治療してあげたんでしょう」
「ああ、サクラと同じクラスの、胸のおっきい可愛い子!」
顔を綻ばせたカカシを横目に、サクラは思わず口を尖らせる。
平らな胸がコンプレックスなサクラにすれば、今の発言は大いに問題があった。

「俺は人間が専門だからさー、簡単に薬塗るしか出来なかったけど、鳥が元気になって良かったよ。骨に異常はなかったみたいで・・・・あれ、サクラ?」
「どうせ私はぺったんこよ。胸の大きな子が好きなら、ヒナタにお弁当を作ってもらえばいいじゃない」
無理に顔を背けているサクラを見て、カカシは意味深な笑いを浮かべる。
「やだなー、サクラってば、焼き餅?かーわいい」
「ち、違うわよ!!私は先生のことなんか何とも思っていないんだから、そんなはずないでしょう!」
「そうそう」
鼻息を荒くして詰め寄るサクラの頭に、カカシは軽く手を置く。
「そうやって、思ったことをすぐ言ってくれる、元気な女の子が好みのタイプなんだ。向こう見ずなくらいが丁度良いかな」

優しく微笑まれたサクラは、何も言い返すことが出来ずに視線を逸らす。
本当に、カカシのことは好きでも何でもないのだ。
彼の笑顔を見て安心したなど、勘違いに違いなかった。

 

 

 

ジャガイモとニンジンはゆでる時間が短かったためか、非常に固い。
ハンバーグも形が崩れて焦げている部分の方が多かった。
「サクラ、料理の腕、あげたねー」
「・・・初めて食べるんでしょう」
テーブルの上を片付け、並んで手作り弁当を食べる二人は食事の最中も言い争っている。
サクラは我ながら弁当の出来の悪さに泣きたくなったのだが、カカシは文句一つ言わずに食べていた。
むしろ、褒められている。

「有難う、美味しかったよ」
「・・・・どういたしまして」
「明日はどんなお弁当か楽しみだなぁ」
「明日も持ってこいっての!!?」
目くじらを立てるサクラだったが、彼女はカカシが何も言わずとも作っていたはずだ。
自分の料理の腕がこの程度だと思われるのは、どうも我慢できない。

「洗っておいた方がいいよね。貸して」
「ん・・・」
カラになった弁当箱をカカシに渡しながら、サクラは何となしにヒナタの言葉を思い出す。
カカシは優しい。
だらしなく、いい加減で、保健医として最悪だと思うが、それだけは当たっているようだった。


あとがき??
お待たせしてすみませんでした!(涙)そして、無駄に長くなってしまって・・・。
申し訳ない。
一応、昔書いた『保健室の先生』の続きですが、それを読まなくても大丈夫です。
八犬さんからのリクエストが「保健医カカシ」のみだったので、本当に好きなように書かせて頂きました。
うちの保健医カカシは『ジャングルはいつもハレのちグゥ』のクライヴ先生が元なので、ところどころ名残を残してみたり・・・。
まだ続きがあるのですが、この辺で。

素敵らイラストを頂いたお礼として、八犬さんに捧げます!
今後とも、見捨てずにお付き合い頂けると嬉しいです!!


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