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任務が終わってからの数時間はサクラの勉強タイムだった。
図書館の机に向かうサクラの傍らには、彼女にストーカー中のカカシが座っている。
何かを話しかけるわけでもなく、イチャイチャシリーズに目を通しているカカシは、たまにサクラが難しい問題を質問しても簡単に答えを返した。
普段は上忍の威厳など皆無だが、忍びとして必要な知識は一通り頭に入っているらしく、その点ではサクラは彼を尊敬している。

 

「えーとね、口で言うよりやってみた方が早いかもしれない。こうやってみて」
幻術返しの理論を訊ねられたカカシは、サクラの目の前で印を組んで説明し出す。
カカシに才があると言われたサクラは最近では幻術についての文献を多く読みあさっていた。
今日は相手にかけられた幻術を跳ね返すための手順についてだ。
「こ、こう?」
「違う。こーするの」
サクラは真剣な表情で指を組み合わせていたが、彼女に顔を近づけたカカシはにやりと笑う。

「サクラ、隙だらけー」
「ギャーーー!!!」
額にキスをされたサクラは、甲高い叫び声と共に後退り、慌ててカカシから距離をとった。
閲覧室の視線が自分に集中したのを感じたが、サクラは怖くて周囲を確認出来ない。
ほんの2、3人しかいないが、これだけ大騒ぎすれば気に障ったはずだ。
真っ赤な顔で額を押さえる自分をにやにや笑いで見ているカカシが、ひどく憎らしく感じられる。

「ひ、人が真面目にやってるのに・・・」
「俺だって大真面目だよー。ちょっとした気のゆるみが命取りになるってことを、身をもってサクラに教えてあげたのさ」
「・・・・」
「俺はいつだってサクラのことを考えているんだから」
口をとがらせたサクラは、笑顔のカカシを鋭く睨みつけた。
確かに、忍びとして常に緊張感を持つことは悪くない。
だが、毎日飛びつかれたり、キスをされたりするのは、嫌がらせにしか思えなかった。

 

「先生、もう帰ってよ!勉強の邪魔だから」
「サクラさー、何か急いでるの?」
自分を押しのけようとするサクラの手を取り、カカシはふいに真顔になる。
「このところ毎日閉じこもって本読んでるじゃないの。サクラはまだ若いし、時間だってたっぷりあるんだから、たまには外で遊んだ方がいいよ」
「・・・・・」
「何でもおごってあげるからさ。映画でも観に行こうよ。ねっ」
「やめて!!」
カカシの手を払いのけると、サクラは急に悲鳴じみた声をあげた。
「私には時間がないのよ!先生になんてかまっていられない、私に関わらないで!!」

サクラの剣幕に意表をつかれ、カカシは目を丸くしている。
閲覧室にいる数名の人間も同様だ。
「・・・・ごめんなさい」
カカシにではなく、部外者である彼らに向かって言うと、サクラは机に広げていた本を持って扉へと向かう。

 

 

『可哀相にね・・・』

 

いや、可哀相ではない。
アカデミーを優秀な成績で卒業し、優しい両親に大切に育てられ、大切な友達も沢山出来た。
今、死んだとしても、後悔するようなことは何もない。
心残りがあるとしたら、もっと勉強して、様々な知識を吸収したかったことくらいだ。
だから、暇さえあれば図書館へと向かっている。

カカシの存在は今のサクラには邪魔だ。
彼を見ていると、怖くなる。
13歳の誕生日まであと数日、どんなに長くとも、それがサクラの命の期限だった。

 

 

 

「先生にもらったの?」
ぼんやりと花を見ていたサクラは、その声で我に返る。
「えっ」
「その指輪。大事にしてるみたいね」
「・・・・」
からかうような口調で訊ねられ、サクラは気まずそうに俯いた。
ほとんど無意識だったが、考え事をしていると、サクラは自然とその指輪を触っている。
カカシには早く取る方法を教えて欲しいとせっついたが、今ではこれがないと無性に不安だ。

家ではきっとカカシが待っている。
彼はサクラの両親と仲が良く、このところ毎日のように家に入り浸っていた。
そして、サクラは彼を怒鳴って図書館を飛び出したのだから、きっと何があったのかと心配しているはずだ。
カカシの顔が見たくなくて、こうしていのの花屋で時間をつぶしているが、そろそろ閉店だろうか。

 

「いの・・・」
「ん?」
「私、カカシ先生のことが好きみたい」
深刻な顔で告白するサクラを見て、いのは「今更なにを言い出すのか」という顔で笑っている。
カカシは怖い。
彼といると、どんどん死ぬのが怖くなる。
心残りが出来てしまうのだ。

「もう死んじゃうのに・・・・どうしよう」
「嫌だ。まだあんな占い師の言うこと信じてるの。サクラ、どう見ても健康だし、危険な任務だって入ってないでしょう」
「うん・・・」
いのは最初からあの予言を信じていない。
だが、彼女の瞳を正面から見据えてしまったサクラは、あれが真実だと知っている。
このとき、サクラは初めてあの占い師を恨めしいと思った。

 

 

『可哀相にね・・・』

 

占い師の言葉が繰り返し耳にこだまする。
可哀相。
本当にその通りだ。
サクラはすでに、心穏やかに死を受け入れることなど出来ない。
傍らを共に歩きたい人を見つけてしまった。


あとがき??
次で終わり。長編はやはり飽き性の私は全く向かないようです。
きついですね。


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