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「家の人に迎えに来てもらった方がいいんじゃない?」
すっかり暗くなった外の様子に、いのは心配げに声をかけた。
「何よ、いつもこのぐらいの時間に帰ってるでしょう」
「うん・・・・でも、昨日うちの近所で野犬に子供が襲われる事件があったのよ。命に別状はなかったみたいだけど、隣町でも似たようなことがあったらしいし」
「大丈夫よ。私だってくノ一なんだから、犬くらい追っ払えるわ」
仕事は雑用ばかりでも、サクラは忍者としての自負がある。
確かに帰り道は灯りの少ない場所も通るが、近くに家は沢山あるのだから、何かあれば大きな声を出せば平気だ。

「本当に、気を付けてよ」
「うん。また、明日ね」
手を振るサクラは、笑顔でいのの花屋から駆け出す。
「あー、はいはい・・・・」
闇の中を行くサクラの後ろ姿を見送っていたいのは、電話の音に反応して店の奥へと入っていく。
何故だか、ひどく胸騒ぎがした。
店の窓から覗く月は異様に赤く、何かが起こる予兆のようだ。
「もしもしー、山中ですけどー・・・・」

 

 

 

小さなうめき声が、聞こえたような気がした。
夜道を歩くサクラは、その場で立ち止まり、耳をそばだてる。
路地の突き当たり、ゴミ捨て場の周辺は電球が切れかかり、ちかちかと光りが点滅していた。
不安はあったが、誰か困っている者がいるのなら、助けないわけにいかない。

「あの・・・・大丈夫ですか・・・」
ポーチから出したペンライトを持ち、サクラは気配のする方へと近づいていく。
薄明かりの下、蹲っている黒い服の人間が見える。
「あの」
再び声を掛けようとして、次にサクラが感じたのは血の匂い。
鋭く磨かれたかぎ爪には赤い染みがこびりつき、鈍い色の瞳が振り向きざまにサクラの姿を確認する。
黒衣の男が組み敷いていたのは、彼に襲われたと思われる若い女の遺体だ。
それがすでに死んでいると分かったのは、彼女の体が散り散りに切り裂かれていたからだった。

「見たな・・・・・」
いのには威勢のいいことを言ったが、残酷な光景を目にしたサクラは声を出すことも出来ずに硬直する。
野犬に襲われたという子供が目撃したのは、おそらく彼だ。
焦点の曖昧な眼差しは彼が狂気の縁に立っていることを物語っている。
子供の目に彼は恐ろしい獣に映り、かぎ爪にやられた傷を見た大人が野犬と判断したのだろう。
目はつり上がった、すでに人とは思えない形相で、黒服の男はサクラへと攻撃を仕掛けてきた。
元は中忍、いや、それ以上のランクの忍者だったのか、彼には一分の隙も見当たらない。

 

『可哀相にね・・・』

 

ろくな抵抗もできないまま殺されたサクラは、翌朝喉笛を裂かれた無惨な姿で発見される。
凶暴な野犬の仕業とされ事件は迷宮入り。
忍者崩れの殺人鬼はそのまま里に居座り続けるのだ。
考えるだけで恐ろしい現実だった。

 

 

「サクラ!!」
放心状態だったサクラは、力強く呼びかけられ、ようやく我に返る。
倒れたサクラの肩を掴み、真上から見つめるのは彼女が最も心を許す人だ。
「・・・カ、カカシ先生・・・・」
「大丈夫か」
「うん」
転倒した拍子に頭を打ったようだが、怪我はしていなかった。
上体を起こし、地面に座り込むサクラはその方角へと恐る恐る顔を向ける。
サクラを殺そうとした黒衣の男は、うつぶせの状態で突っ伏し、そこからはすでに生きているものの気配が感じられない。
やったのが誰かは明白だ。

「良かった・・・・」
抱きしめられ、その人の胸に顔を埋めて初めて、サクラは危機を脱したことを実感できた。
だが、タイミングが良すぎる。
いのの花屋までサクラを迎えに来たのだとしても、道をそれて路地に入り込んでいるのだ。
入れ違いになるはずだった。
「先生、何でここに?」
「これのおかげだよ」
一度サクラの体を離すと、カカシは彼女の左手を指差した。
カカシに渡されて以来、付けっぱなしになっている銀色の指輪。
おぼろげだが、カカシが「時空間忍術の目印」と言っていたのを覚えている。
「いのちゃんに電話して店を出たことを聞いたんだけれど、これがなかったら、正確な距離は分からなかった」

 

そして、カカシが来なければ、サクラはこの場で殺されていた。
カカシの顔を見つめるサクラの耳にもう占い師の声は聞こえてこない。
運命が変わり始めたということを、このときサクラは感じずにはいられなかった。

 

 

 

夜な夜な人を襲うと噂のあった野犬の正体が人であったことは、翌日の新聞で大きく報道される。
任務中に両手を失い仕事を辞めた元上忍の男は、家に籠もりがちでここ数ヶ月は隣人も姿を見たことがなかった。
大きな殺傷能力を持った義手は彼が自ら作ったもので、通り魔まがいの犯行はその性能を確かめるものだったようだ。
放っておけばさらなる犠牲者が出ていたに違いない。

サクラはというとあの事件以来、何故だか体がすっと軽くなったような気持ちだ。
13歳の誕生日をすぎても何事も起こらないところを見ると、死の危機は脱したのだと思っている。
数日前、占い師に再び会いに行ったサクラだが、彼女はあいにく不在だった。
近くに住む者の話だと、彼女は近頃ふらふらと知人の家に泊まり歩き、滅多に帰ってこないようだ。

 

 

「サクラ、ちょっと本屋に寄ってもいい?すぐ戻ってくるから」
「うん」
日曜の午後、カカシと肩を並べて歩くサクラは、今では素直に彼と手を繋ぐ間柄になっていた。
走っていったカカシを見つめ、周りの店へと目を向けたサクラは通り過ぎた老婆の姿にハッとなる。
すぐに雑踏に紛れてしまったが、一瞬垣間見た横顔はサクラが会いたいと願っていた占い師に違いない。
人を掻き分けてあとを追ったサクラは、角を曲がろうとした老婆を何とか掴まえる。

「おばあさん!!」
「・・・・誰だい?」
「あの、私、一度貴方に占って頂いた・・・・下忍になれるかどうか、聞いた者なんですけれど」
「・・・ああ」
大きな声を呼び止めたサクラを不審な眼差しで見ていた老婆は、段々と思い出したのか、しっかりと頷いてみせた。
「あの、私は・・・・」
「大丈夫だよ、もう死相はどこにもない」
続く言葉を看破し、指先へと視線を向けた老婆はよく通る声音でサクラに告げる。
「その手から伸びた赤い糸があんたの大事な人に繋がったらしい、それにすがって生き延びたようだね。彼と一緒にいるかぎりは平穏に過ごせることだろうよ」

唖然とするサクラに、老婆はようやく表情を緩めてサクラを見つめた。
「良かったね」
優しく微笑まれたサクラは、それだけで胸がいっぱいになる。
以前とは正反対の、実に頼もしい予言だ。
そして彼女の笑顔からは占いが外れたことを喜んでいるような、そうした思いが感じられた。
嘘の言えない性分から苦労の人生を送っているが、悪い結果よりも良い未来を口にする方が、彼女とて嬉しいのかもしれない。
「有り難うございました!」

 

鼻歌を歌うサクラは、背後の気配に振り返る。
いつの間にか戻ってきたカカシはサクラが立ち話をしていた相手に興味があるのか、不思議そうに老婆の後姿を見つめていた。
「あれ、誰?」
「うん。とーってもよく当たる、占い師のおばーちゃんよ」
サクラは笑顔のまま手を伸ばし、それは元のようにカカシと繋がれる。
彼らの目には見えない二人の間の糸が、老婆には見えていたのだろうか。
「私達、幸せになれるって」


あとがき??
『蒼穹の昴』、文秀と玲玲が元ネタです。もーー、これ、玲玲が可愛すぎなんですよ。(涙)
時空間忍術、四代目しか使えない技だとしても、気にしないで下さい・・・・。
タイトルの「12」はサクラちゃんが死ぬ決められた年。
「+」はカカシ先生と出会ったことで、どんどん寿命が延びて年齢がプラスされていくんですよーってことを表していました。
最初に考えたとおりのラストとはいえ、完結までに時間がかかって、すみませんでした。


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