はたけの家訓


「サクラ、目玉が落っこちちゃうよ」
口元のマスクを戻したカカシはくすくすと笑ったが、サクラは大きく目を見開いたまま声を出せずにいた。
草むしり任務が終わったあと、ゴミ袋を集積場へと運ぶサクラにカカシが言ったのだ。
「顔に泥が付いている」と。
頬を撫でられたサクラは何の警戒も無しにカカシを見上げたのだが、そのまま口を塞がれて全ての思考が停止した。
互いの距離が妙に近い。
いや、これはキスをされているのだと思ったときには、カカシはすでに顔を離している。
そして、冒頭の台詞がサクラの耳に届いたのだ。

 

「な、な、何するのよーーー!!!!」
「キス」
「分かってるわよ、そんなの!!」
ひとしきり騒いだあと、事態を呑み込んだサクラは真っ青な顔で項垂れる。
「ファーストキスだったのに・・・・」
大事にしていたものを不意打ちで失うなど、最悪だった。
しかも、周りにはゴミ袋がいくつも転がり、相手は恋人でも何でもない担任のカカシだ。
ロマンチックな雰囲気など欠片もない。

「俺もだよ」
「・・・・何が」
「ファーストキスだったの」
暗い顔で俯くサクラは、暫くその言葉の意味を考える。
当たり前のことだが、ファーストキスは初めてキスすることだ。
カカシのような成人男性、しかも年中18禁本を読んでいる彼が初めてだと言っても、冗談としか思えない。

 

「嘘つき。先生、女の人にもてもてだって自慢してたじゃない」
「恋人がいたけど、キスはしなかったんだよ。はたけ家の代々の決まり事でね」
「・・・・決まり事?」
「うん。はたけ家の人間は、初めてキスした相手と結婚しなきゃいけないの」
「・・・・・はぁ!!?」
唐突に飛び出した「結婚」の二文字に、サクラは素っ頓狂な声をあげた。
「このマスクは簡単にキスをしないように、戒めで付けているんだよ。決まりを守らなければ、先祖の霊に呪い殺されるんだ」
「ちょ、ちょっと、そんな、どうするのよ!!」
慌てるサクラを見て微笑むと、カカシは彼女の体を抱き寄せる。

「幸せになろうねv」
「何、勝手にプロポーズめいたこと言ってるのよ!!!!冗談じゃないわ!!嫌、絶対に嫌よ!」
「でも、キスをした責任は取ってもらわないと」
「私の意思じゃないわよ!先生が無理矢理やったんでしょう!!!」
叫びすぎて酸欠になったサクラは、ふらつく体を支えるためにカカシの服に掴まった。
けしてカカシに寄り添ったわけではないが、目眩がするのだから仕方がない。

 

「んー、それじゃあサクラ、俺と結婚するのと俺に殺されるのと、どっちがいい?」
「何、その究極の選択は!!?」
弾かれたように顔を上げたサクラを、カカシは申し訳なさそうに見つめる。
「はたけ家の決まり事でね、キスをした相手は愛するか殺すかしないといけないの」
「そんな・・・・」
サクラはそのまま絶句した。
カカシと結婚など、絶対にしたくない。
殺されるのもごめんだ。
となると、キスをしたという事実を消す以外に方法はなかった。

「・・・・先生、一度くらいなら、はずみで許してもらえるかも。幸い誰も見ていなかったし、このままうやむやに」
「カカシ先生、サクラちゃん、何やってるのさー。早く帰ろうよーーー」
話を遮られ、振り返ると、ゴミ袋を持ったまま戻ってこない二人を捜しに来たナルトが仁王立ちしていた。
カカシが「解散」と言うまで、ナルトとサスケは待機していなければならないのだ。
おそらく、サスケもイライラしてカカシとサクラの帰りを待っていることだろう。
「ああ、ごめ・・・」
続くサクラの言葉は吸い込まれるようにして消えていく。
唇に伝わる柔らかな感触は、先ほどと全く同じものだ。
サクラの顔をしっかりと掴んでいるカカシは、涙目の彼女に対してにっこりと微笑んでみせた。

 

「せ、先生、ずるいーー!!俺もサクラちゃんとチューしたい!」
駆けだしたナルトはカカシに詰め寄り、どこかずれた抗議をしている。
まずはサクラに強引にキスをしたカカシを非難するべきだが、「羨ましい」という思いの方が強いらしい。
「ど、どうしよう、サクラ。目撃者が現れてしまったよ」
わざとらしくおろおろとするカカシを横目に、肩を抱かれたサクラは低い声で呟いた。
「・・・・カカシ先生なんか、嫌い」


あとがき??
殺すか愛するか、究極の選択ですね。(笑)
前にも同じネタで書きましたが、再び。
ああ、ちなみに、はたけ家の決まり事は全部カカシ先生の創作です。
素直に信じるサクラちゃんはとても可愛い子だと思うカカシ先生でした。


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