死出の旅


一週間に一度は来ていたサクラからの手紙が、ある日ぱったりと途絶えた。
最期の手紙には、体調を崩して暫く仕事を休んでいるとあったため、心配が募る。
だが、初めての出会いから今まで、サクラは滅多に風邪すらひかず完全な健康体だった。
暫くすればいつものように里での日々を書きつづった手紙が来るだろうと、カカシは簡単に考えていたのだ。

里を遠く離れた菜の国での任務が、半年ばかり続いたときだろうか。
綱手の補佐をして働いているはずのナルトが、突然カカシを訪ねてやって来た。
里からは忍びの脚力でも2週間はかかる距離だ。
自分の手が必要になるほど大きな騒動が起きたのかと思ったカカシだが、危機的状況なのは里ではなかった。

 

「血を吐いた?」
「・・・・うん」
用意された別室でカカシに一部始終を話したナルトは、暗い面持ちで俯いている。
どうやらサクラの病を思った以上に深刻なものだったらしい。
無理に仕事を続けていたサクラは職場で倒れ、今では布団から起き上がることすら困難らしい。
医療のエキスパートである綱手は年に一度の五影会議のため砂の国に出かけており、大事な弟子を心配していても、簡単に里に帰ることは出来ない。
ナルトはあえてサクラの病名を伏せて語ったが、症状を聞いたカカシはすでに悟っていた。
今まで、何人もの仲間が同じ病で先立っているから分かる。
死の病とされる、労咳だ。
しかも血を吐くとなると、取り返しのつかないところまで病が進行しているのだろう。
綱手が治療したところで、延命は出来ても完全に治すことは不可能だった。

「俺もサスケも、もう、本当にどうしたらいいか・・・・」
思わず涙ぐんだナルトは、今携わっている任務を他の者に任せ、一刻も早く里に戻って欲しいとカカシに頼み込む。
サクラの死という信じられない出来事に、胸がつぶれる思いをしているようだ。
今はそれぞれ別の部隊で働いているが、元七班の仲間として、最期に一目なりともサクラに会わせたいと思っているらしい。
「先生、里に帰ってくれるでしょう」
「・・・・・・嫌」
「えっ」
カカシの呟きを聞いたナルトは、思わず大きな声で聞き返す。
「嫌だ。俺は医術のことなんて分からないし、行ったって意味がないよ。それでサクラにもしものことがあれば、最初からそういう運命だったってことでしょう。墓参りなら仕事が終わって里に帰ればいくらでも出来るし、慌てる必要はないよ」
あっけらかんと答えたカカシに、ナルトは目と口を大きく開けたまま絶句する。
仲間を大事にしろとナルトに厳しく教え込んだのは目の前にいるカカシだ。
その彼の口からこうした返答を聞くとは、今の今まで全く考えもしないことだった。

 

 

 

「ナルト、小田原城って象がいるんだよ、象。お城に象ってミスマッチで面白いよねぇ。見に行こうよ〜」
「別にどうでもいいよ、そんなの!!!」
自分の服の袖を引っ張って強請るカカシに対して、ナルトはついに癇癪を起こした。
カカシを説き伏せて何とか里に向かって歩み出したというのに、ここ一週間ほど寄り道ばかりだ。
竜宮城に行った浦島太郎の墓や、由緒ある神社、海を望む橋など、道々にある名所旧跡はあらかた回っている。
ナルトとしては一刻も早く里にいるサクラの元へたどり着きたいというのに、これでは観光をしに来たようなものだった。
「先生、里に帰る気、あるの!!?」
「・・・・どうだろう」
首を傾げるカカシを見て、ナルトは怒る気も失せてため息をつく。
ここ数日いつもにもまして、カカシが変な気がする。
いや、今までもこうだったのかもしれないが、サクラのことがあって自分の気が高ぶっているのだろうとナルトは一人納得していた。

「じゃあ、そろそろ日が暮れるし、次の宿場町まで急いで宿の手配を・・・・・ん?」
頼りないカカシに代わって次の予定の算段をしていたナルトは、向こうの道からやってくる人影に目を留め、「あっ!」と声をあげた。
その類い希な美貌を、見間違うはずがない。
カカシと同じく、七班の元メンバーであるサスケだった。
二人に気づいたサスケは真っ直ぐに彼らに近づいてくるが、幾分表情が硬いように思える。
それが悲しみによるものだと考えてしまうのは、彼がナルト達に会いに来た理由を何となく察したせいだろうか。

「先の宿場町で聞き込みをしたが、お前達のような二人連れは来ていないと言われた・・・・。まさかとは思ったが、まだこんなところで道草を食っていたのか」
「いや・・・その、悪い」
全てはカカシのせいとはいえ、頭をかくナルトは思わず謝ってしまう。
「それより、何でお前がここにいるんだよ。サクラちゃんのそばにいてやってくれって言っただろう」
「その必要がなくなったから来たんだ」
「えっ・・・・」
淡々としたサスケの一言を聞くなり、ナルトの体が硬直する。
心臓がいやに早くなり、視界がぐらぐらと揺れているように見えた。
伏し目がちに語るサスケから、少しも目が離せない。
「サクラは、もう・・・」
サスケが言葉を発するのと、木々が風でざわつき、烏達が飛び去っていったのはほぼ同時だ。
山に沈みゆく赤い太陽が、今の彼らの心境を象徴しているかのようだった。

 

 

 

「カカシ先生のばかばかばかぁーー!!だ、だから俺は、早くって・・・うっうう、サクラちゃんーー」
「お前、泣くか怒るかどっちかにしろ」
サスケに会ってからずっとナルトは泣き続け、木ノ葉隠れの里の門が見えてもまだ嗚咽を漏らしている。
体中の水分が目から出ているのではないかと心配になるが、泣きやむ気配はない。
通行手形を見せると門の守りを任されている忍びは怪訝そうにナルトを見たが、とくに何も言わなかった。
一緒にいるカカシとサスケの方が恥ずかしい。

「俺は、本当に、本当に、サクラちゃんのことが好きだったし、これからだって・・・・」
「そういうことは本人に言え」
自分の腕にすがって鼻水だらけの顔を向けてくるナルトに、サスケは顔をしかめている。
「な、何言ってるんだよ。サクラちゃんは、もう・・・・・・・・・・・・・」
そのままサスケの視線の先を追ったナルトは、里の入り口に立つ人物を見るなり、目を見開く。
いっさいの思考が停止した。
自分がどこにいるのかも分からなくなり、ナルトはただただ呆然と彼女を見つめ続ける。
「お帰りなさい」
手を後ろで組み、三人に向かってにっこりと微笑んだのは、淡い桃色の髪をした少女だ。
病など全く感じさせず、自分の足でしっかりと立っている。

 

「い、い、生きてる!?動いて大丈夫なの?」
「あれ、サスケくんから聞いてない?」
ナルトが駆け寄ると、サクラは不思議そうに首を傾げた。
「ただ胃腸が爛れていただけなのに、労咳と勘違いしたお医者さんが間違った治療をしていたから悪化して血を吐いたらしいの。火影様が会議から戻られて、ちゃんとしたお薬をもらっているからもう平気よ。まだ全快ってわけじゃないけど、みんなが帰ってくるっていうからここで待っていたの」
にこにこと笑うサクラを見ているうちに、再びナルトは泣き出した。
そして、後方にいるサスケに怒鳴りつける。
「お前、紛らわしいんだよ!!辛気くさい顔しやがって、馬鹿野郎!」
「俺は、「サクラはもう回復した」って言おうとしたんだ。それをお前達が突然止めたんだろう」
「・・・・・そうだけど」

あのときはサクラの訃報を聞くのが堪えられなくて、ついサスケの言葉を遮ってしまった。
そして、ナルトはふと気づく。
カカシも、同じ気持ちだったのではないだろうか。
労咳ならば遅かれ早かれ、サクラは死ぬ。
そのことを知るのが怖くて、のらりくらりと、遠回りばかりして里に帰ろうとはしなかった。
見ることも、聞くこともしなければ、心の中のサクラは死なない。
いつかサクラから手紙が届くことを信じて待っていられるのだ。

 

「先生・・・・」
ナルトが振り向くと、丁度カカシが手を伸ばしてサクラの体を抱きすくめるところだった
皆が呆気にとられる中、彼は静かに泣いている。
考えてみれば、先ほどからカカシは一言も喋っていない。
喋れなかったというのが正しいだろうか。
大人しく彼の腕の中に収まっているサクラは、手を彼の背中に回して優しく撫でさすった。
「私はここにいるよ、先生」
「・・・・」
どんなときも、間が抜けたような表情で、何を考えているのかよく分からない上忍。
そうしたイメージはいっぺんに消えてしまった。
サクラにしがみついて泣いている姿は、小さな子供のようだ。

「先生って、サクラちゃんのこと好きだったんだ・・・・」
小さく呟いたナルトに、サスケは無言の返事をする。
本当ならば、ライバルとして二人の邪魔をするべきなのだろう。
そうした気持ちがちっとも沸いてこなかったのは、サクラに会えた安堵感が痛いほど伝わったせいかもしれなかった。


あとがき??
十時半睡の『東海道をゆく』が元ネタです。
お気に入りの台詞は「辛気くさい顔しやがって、馬鹿野郎!」でした。
坊ちゃんもいい味出してるなぁ。やっぱり7班が好きですよ、私。
本当はサクラは登場しないはずでした。


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