先生の背中に羽がある


アカデミー在学中、学業の方では満点だったサクラだがそれ以外のことはごく平均的な成績だった。
スタミナ不足で術は長い時間発動できず、体術の面でもいささかスピードに欠ける。
それならばと、手裏剣術の特訓を始めたサクラだったがこれもまたコツがつかめずに悪戦苦闘する毎日だ。
アカデミーの卒業式を終えて数日、演習場に置かれた専用の的と睨めっこするサクラは3時間の練習のあとに暫しの休憩を取る。
いのも誘わず一人きりなため、集中できるのはいいがおかげで時間を忘れてしまった。

 

「・・・・全然駄目だわ」
全く見当違いの方向に飛び、地面に転がっている手裏剣を眺めてサクラは大きなため息をつく。
手裏剣の投げられない忍者など聞いたことがない。
やればやるほど下手になっているような気がするのが悲しかった。
「どうしたらいいのかしら・・・・」
「んー、フォームがいけないんだと思うよ」
スポーツドリンクを飲みながら、独り言を呟いたつもりだったサクラは、突然背後から聞こえた返答に目を丸くする。
慌てて振り返ると、そこにいたのは腕組みをして立つ見知らぬ男だ。
片目を額当てで隠した怪しい容貌の彼は、サクラと目が合うとにっこりと微笑む。
近づいてくる男を見て思わず身構えたサクラだったが、彼はいつの間にか取り出した手裏剣を的に向かって真っ直ぐに投げた。
それは吸い寄せられるように的の真ん中に命中する。

「こうやって左足を前に出して、重心は体の中心ね。ほら、やってみて」
「は、はあ」
「もっと脇も締めて」
指導されるまま、姿勢を正したサクラは肩に入っていた余分な力を抜いて的を見つめる。
先程の彼の投げ方を頭でイメージして手裏剣を放ると、同じように的の中心に当たった。
それまではいくら頑張っても駄目だったというのに、まるで魔法にかけられたようだ。
「はい、出来たー」
我が事のように喜んでみせた男は、呆然とするサクラの頭に手を置いて優しい微笑みを浮かべる。
「じゃ、頑張ってね」
サクラに小さく手を振ると、男は踵を返して町へと続く小道を歩き出した。
彼の気配が消えてからようやく我に返ったサクラは、目を何度も擦って呟く。
「・・・・な、何、あれ」

 

普通ならば「変な人」と思うだけで終わっていたかもしれないが、サクラは確かに見たのだ。
彼の背中に白い羽のようなものがくっついていた。
忍びの装束を身に付けていたが、妖怪や物の怪の類だろうか。
いや、長時間直射日光を浴びすぎて幻覚を見たのかもしれなかった。
「・・・今日はもう、帰ろうかな」
混乱する頭を振ったサクラは、自分は疲れているのだと納得して荷物をまとめ始める。
そうでなければ、背中に羽の生えた生物を目撃するはずがない。
まさかそれから三日後に、自分の担当上忍として彼に再会することになるとは、このときサクラは思いもしなかった。

 

 

 

「・・・ねえ、ナルト」
「何―?」
「あんたさ、カカシ先生の後ろに、何か変な物見えたりしない?」
ひそひそと話すサクラの言葉を聞くなり、ナルトは愛読書を読みふけるカカシへと目を向ける。
下忍達が草むしり任務にいそしむ間、木陰で涼むいつも通りのカカシだ。
「ごめん。俺、霊感全然ないからさー、背後霊とかそういうの見えないんだ」
「いや、そんなんじゃなくて・・・・・」
どう説明すればいいか分からず、サクラは悶々とした気持ちを抱えたまま手元の雑草を摘むことに意識を集中させた。
あれ以来、サクラの目にはカカシの背中の羽がはっきりと見えているのだが、どうやら他の人間は気づいていないようだ。
うかつに変な発言をすれば頭がおかしいと思われる可能性もあり、サクラは誰にも言えずに日々を過ごしている。
これといって何か弊害があるわけではないが、カカシが視界に入るたびに背後が気になって仕方がなかった。

「サクラー」
任務終了後、カカシに呼び止められたサクラはその場で飛び上がりそうになる。
振り向くと、人当たりの良い笑みを浮かべるカカシがサクラを手招きしていた。
おずおずと近づいたサクラは、自分の顔というよりは、後方を凝視しているように見えるカカシにびくつきながら訊ねる。
「な、何ですか」
「えーと、今日ちょっと先生仕事を手伝ってくれない?」
「・・・えっ」
「暫くさぼっていたら机が書類の山になっちゃってさ。お願い!」
どんなに頼りなくて怪しい人物でも、カカシは一応上司だ。
頭を下げられてしまっては、部下であるサクラに断れるはずがなかった。

 

「サクラはアカデミーで優秀な生徒だったって聞いてたけど。やっぱり仕事が早いねー」
「褒めても何も出てきませんよ」
カカシの差し入れの肉まんを食べるサクラは、つっけんどんな口調で応える。
ほんの1、2時間のことだと思っていたというのに、窓の外を見るとすでに日が暮れ始めていた。
カカシの上忍仲間の姿もすでに控え室から消えている。
サクラにすれば、これほど仕事の書類をため込むとは、上忍としての資質に問題があるとしか思えない。

「あのさー、先生・・・・」
「ん?」
顔を上げたカカシはサクラと同様に肉まんを頬張っており、素顔の彼に意表を突かれたサクラは少しばかり呆気に取られる。
あれほどナルトやサスケと彼のマスクの下を見るために躍起になったというのに、意外にもあっさりと見てしまった。
しかも、タラコ唇でも何でもなく、全く普通の顔だ。
「どうかした?」
「あ、あの、付いてますよ」
動揺を誤魔化すようにカカシの頬に手を添えたサクラは、肉まんの皮の切れ端を取り払う。
「ん、有り難う」

カカシが微笑んだ瞬間、周りの空気が一変したように見えた。
もちろん、全ては目の錯覚でサクラが瞬きする間に消えてしまう。
「また頼んでいい?」
ごしごしと目を擦るサクラの顔を覗き込み、カカシは朗らかな笑顔で問いかける。
「・・・見返りは?」
「今度はあんみつおごってあげる」
何故だか分からないが、サクラはその申し出を断る気持ちにならなかった。
羽があることといい、先程一瞬花が咲いたような背景が見えたことといい、カカシはやはり普通ではないらしい。
いや、それともサクラの方に何か問題があるのだろうか。

 

 

 

「あのさ、人の背中に羽が見えるのって、どういうことだと思う?」
「はあ?」
カカシと別れたあと、いのが店番をする花屋に立ち寄ったサクラは、自分の目撃談ということは伏せたまま状況を簡単に説明する。
サクラが一人で考えるには限界があり、誰かにいいアドバイスを貰いたかった。
アカデミーにいた頃から女子のリーダー的立場にいたいのならば、誰かの相談に乗ることがよくあるため、似たような症例を聞いたことがあるかもしれない。
藁にもすがる気持ちだったのだが、いのは思いの外あっさりとサクラの悩みに対する答えを導き出した。

「そーゆーのって、映画や小説によく出てくるわよね。ベタな展開ってやつよ」
「え?」
「あんただって少女漫画くらい読むでしょう」
出合った瞬間に、その人だけ周りの通行人と違って光り輝いて見える。
または、スローモーションになってしまったり、体に電気が走ったようなショック症状があったりと、様々だ。
俗に人はそれを「一目惚れ」と呼ぶ。
「ひ、一目惚れーー!?」
素っ頓狂な声をあげたサクラは、目を見開いた表情のまま固まった。

相手は上忍で、年の差が14もあって、先生で、いつもエッチな本ばかり読んでいる人だ。
よく知りもしない相手に、恋をするなど考えられない。
だからこそ「一目惚れ」という珍しい現象なのかもしれないが、自分の身に起きるなどまだ信じられなかった。
「で、誰のことなのよ、その羽の人って」
テーブルに頬杖をついて訊ねるいのに、サクラは頬を引きつらせたまま低い声を絞り出す。
「・・・・ひ、秘密」

 

 

 

「なあなあ、アスマ、知ってるかー?うちの班のサクラって、背中に羽が付いてるんだぞ」
「ああ?」
居酒屋でカカシと向かい合わせに座るアスマは、妙なことを言い出したカカシを見て眉をひそめた。
酒を飲んでテンションの上がったカカシは、そのままべらべらと喋り続ける。
「最初見たときびっくりしてさぁ。何かちっこいし、可愛いし、羽付いてるし、新種の生き物かと思ったんだけど、手裏剣投げの練習をしているみたいだったから、つい投げ方のコツを教えちゃったよ」
つまみを口に入れると、カカシは怪訝そうに首を傾げた。
「他の人にはサクラの羽が見えていないみたいなんだよね。これって何なんだろう??」
「・・・さあな。頭のネジが一本取れたんだろ」


あとがき??
川原泉先生の『あの子の背中に羽がある』をカカサク(サクカカ?)にしてみました。
銀魂の銀神で書く予定なんですが、カカサクだとどうなるだろうと思いまして。
原作にはまだ続きがありますが、一応ここまで。
元ネタ漫画は単行本『レナード現象には理由がある』に収録されていますので、興味がありましたらチェックしてみてください。おすすめ!


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