サクラコール


カカシが風邪をひいて任務を休んだ。
代理で隊長を勤めたヤマトにはカカシのような遅刻癖がないため、その日の仕事は大幅にはかどり、かなり早い時間に任務終了となった。
解散してからサクラがふと思い出したのは、ポケットに入っている鍵のことだ。
先週、七班以外の任務で遠出をしたカカシから、サクラはスペアキーを渡されていた。
急に入った仕事なため現場に直行しなければならず、室内にある観葉植物の水やりと簡単な掃除を頼まれたのだ。

「そういえば、返すの忘れてたわ・・・・」
ポケットから出した鍵を眺めたサクラは、振り返ってカカシの家のある方角を見やる。
ふいに一人寂しく寝込んでいるカカシの姿が脳裏を過ぎり、思わず顔をしかめた。
こんなものを渡されなければ、忘れたままでいられたはずだ。
だが、一度思い出したからには、家に帰ってもカカシのことが気になって何も手に付きそうになかった。

 

 

 

「・・・・お邪魔しまーす」
スペアキーで扉を開けたサクラは、おずおずと中の様子を窺った。
プライベートなことは殆ど話さないため、カカシに看病をしてくれる恋人がいるかどうか定かではない。
一応、病人でも食べられそうな栄養のある物を買い込んできたが、先客がいればすぐに帰るつもりだ。
「・・・カカシ先生?」
小さく呼びかけてみたが、ベッドで横になるカカシ以外に人の気配は感じられなかった。
安心して靴を脱いだサクラは、買い物袋を置いてカカシに歩み寄る。

「先生、大丈夫?」
「・・・・来てくれたんだ」
起きていたらしく、すぐに目を開けたカカシはにっこりと笑った。
「有り難う、おユキちゃん」
釣られて微笑んだサクラは、カカシの口から出た女の名前に、笑顔を凍り付かせる。
聞いたこともない名前だ。
「・・・・・・誰、それ」

帰ってしまおうと思ったサクラだったが、熱に浮かされたカカシが呼ぶ名前は、その後も次々と変わっていった。
ランちゃん、弁天さん、しのぶ、了子ちゃん、飛鳥ちゃん、その他延々と続いていく。
一体どれだけの女性とお付き合いしていたのか、怒りを通り越して、サクラは呆れてしまった。
さすがは木ノ葉隠れの里きっての天才忍者といったところだろうか。
サクラにスペアキーを渡して掃除を頼んだことや室内に女の気配を感じる物がないこと、熱を出しても見舞いに来ないことを考えると、現在進行形で恋人と思われる人物はいないらしい。

 

 

「先生、随分汗かいたみたいだし、気持ち悪いでしょう。これ、着替えだから」
「・・・ん」
「はい、両手上げてーー」
医療忍者として病人の世話をしたことがあるため、サクラは手際よくカカシの服を脱がしていく。
「じゃあ、簡単に体を拭くから。少し我慢して起きててね」
「・・・ん」
警戒することもなく、言われるまま素直に行動するカカシは、ぼんやりとした眼差しをサクラに向けていた。
目の前にいる人物をちゃんとサクラと認識しているかは不明だ。

ふと顔を上げたサクラと目が合うと、カカシは曖昧な微笑みを浮かべてみせた。
唾を飲み込んだサクラの動きが止まってしまったのは、いつになく弱々しい笑みを浮かべるカカシが妙に艶めいて見えたせいだ。
半裸状態で頬は赤く上気し、視線は曖昧で気だるい空気を纏っている。
一言で表現するなら「色っぽい」というところか。
来訪者を知らせるチャイムの音で我に返ったサクラは、体を拭いていたタオルを放り出し、倒けつ転びつ玄関へと向かった。

「あれ、サクラちゃん」
扉を開けると、立っていたのはフルーツの盛り合わせのカゴを持ったナルトだった。
「サクラちゃんも来てたんだねー。俺もお見舞いに来たってばよ」
そのまま上がり込もうとするナルトを、サクラは何とか押し止める。
「あの、今、駄目だから!」
「え?」
「カカシ先生、本当にヤバイから!とにかく駄目なのよ」
今のカカシを他の人間の目に触れさせたくない。
自分でも何を言っているのかよく分かっていないサクラだが、緊急事態だということは伝わったらしい。
フルーツのカゴを抱えなおしたナルトは、不安げな表情でサクラを見つめる。
「・・・・そんなに酷いの、風邪?」
「ああ、まあ・・・・、そんな感じ」

 

 

いろいろと苦労はあったものの、カカシに新しいパジャマを着せて、お粥を食べさせ、よく効く薬も飲ませた。
これでサクラの出来ることは終了だ。
洗い物を終えたサクラは、うとうととしているカカシのところまで行き、小さな声で呼びかけた。
「じゃあ先生、私、帰るから。明日も具合が悪かったら、無理しないで休んでね」
「・・・・・」
焦点の合わない目でサクラを見ていたカカシは、枕元にあったサクラの手を掴む。
「行かないで」
今度はどこの女と間違えているのか、すがるような眼差しだ。
あまりに無防備で、サクラはまるで幼子にせがまれている母親のような心境になってしまう。
「あのね、先生、私は・・・・」
「サクラ」
カカシは掴んだ掌に力をこめる。
「ずっと俺のそばにいてよ、サクラ」

苦しげな息を吐いたカカシは、気力がつきたのか、サクラの手を握ったまま目を閉じた。
サクラがその気になれば、彼の手を振り払って帰るのは簡単だ。
それなのに、どうしてかサクラはカカシのベッドから離れることが出来ない。
「・・・・・・最期に呼ぶなんて、反則でしょう」

 

 

 

サクラが付き添っていたのが良かったのか、薬が効いたのか、翌朝になるとカカシの風邪は大分治っていた。
まだ微熱があるが、意識ははっきりとしていてサクラを誰かと間違えることもない。
サクラが寝ないで看病したことを知ってしきりに頭を下げたものの、昨日の記憶は殆どないようだった。

「風邪は万病のもとと言いますし、今日までは一日安静にしていてくださいね。みんなには私が伝えますから」
「うん。本当に有り難うねー」
鼻をすすりながら、玄関先まで見送りに出てきたカカシに、サクラは振り返って訊ねた。
「カカシ先生、おユキちゃんって、誰ですか?」
「えっ・・・・・・」
「ランちゃん、弁天さん、しのぶ、了子ちゃん、飛鳥ちゃんは?」
絶句したカカシにサクラはさらに畳みかける。
カカシの顔色はみるみるうちに悪くなり、これ以上虐めるのは体にも悪そうだった。

「じゃあ、カカシ先生の知り合いで私と同じ名前の人っている?」
「・・・・・いないけど。何で」
最期の質問には、カカシが暫く考えてから返事をしてきた。
「別に。じゃあ、お大事に」
駆け出したサクラは、カカシに後ろ向きに手を振る。
サクラが満面の笑みを浮かべていることも知らず、カカシは首を傾げて家の中へと入っていった。

 

「あっ」
カカシの家から100メートルほど来た場所で、サクラは小さく声をあげて立ち止まる。
ポケットを探るとカカシの家のスペアキーがまだそこに入っていた。
テーブルにでも置いてくるはずが、また返すのを忘れてしまったようだ。
「・・・・・・ま、いっか」
暫くして再び歩き始めたサクラは、含み笑いをした後、鼻歌を歌い出す。
他に「サクラ」という名前がないのなら、あのときのカカシの言葉や表情は全てサクラのものということだ。
過去の女性遍歴を考えると少々不安はあるが、また熱を出したときにでも本音を聞き出せばいいかもしれない。


あとがき??
女の子の名前は全部『うる星やつら』のキャラですよ。(^_^;)
お色気カカシを書きたかっただけでした。
すみません、うちのカカシ先生、すっかり受け身のキャラに・・・・。
危うくサクラ嬢が獣のように襲いかかるところでした。(?)


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