教えを受ける者 1


日直のサクラが、学級日誌を職員室に届けたときのことだ。
担任が席を外していたため、近くにいた教員が対応したのだが、そのときの彼の印象は最悪だった。
「ああ、君が春野サクラ?」
服に付いた名札を見た若い教員は、ハハハッと笑いながらサクラの額を小突く。
「山田先生が言ってた通り、暗い感じの子だなぁー。友達がいなくて可哀相だから、仕方なく話し相手になってあげてるそうだけど」
「・・・・」
「その前髪邪魔じゃないの?」
その顔を見ると、悪気は全くないのだろう。
楽しげに笑う男の指に、噛みついてやろうかと思った。

もともと引っ込み思案で内向的な性格のサクラが、より人との接触を避けるようになったのは、このことが原因だ。
成績が飛び抜けて良かったこともあり、クラスメートからも虐められたが、アカデミーの担任だけは優しかった。
だが、他の学年を担当している教員の言葉で、担任さえも自分を馬鹿にしていたことをサクラは知ってしまう。
以来、サクラは誰に対しても打ち解けて話すことはなくなり、それまで以上に頑なな子供になっていった。
信頼して裏切られるよりは、最初から一人でいた方がずっとマシだ。

 

 

 

「頑張ったご褒美に、今日はお前達にラーメンでもご馳走しようかな」
「やったーー!!」
ナルトはカカシの提案に万歳で応え、サスケも珍しく彼らにくっついて一楽に行く気のようだ。
一人だけ踵を返したサクラに、カカシは手招きをしながら呼びかける。
「サクラも一緒に行こうよー」
「任務が終わったらもう自由のはずです」
体の向きを変えることなく、首だけで振り向いたサクラは彼の誘いをすげなく断った。
すたすたとその場を立ち去ったサクラだったが、自分の背中を見つめるカカシの困惑した顔が目に浮かぶようだ。

アカデミーを卒業し、7班が結成された当初から、カカシはチームワークを大事にしろと繰り返し言っていた。
一人でいるサクラに何かと声をかけてくるが、それは彼女にとって迷惑以外の何ものでもない。
きちんと彼の指示の通りに動いているのだから、何も文句はないはずだ。
やっかいな生徒だと分かれば、アカデミーの教師達と同じように、彼も自分にかまってこなくなる。
早くその日が来ることだけが、今のサクラの望みだった。

 

 

「手伝って」
「・・・・・」
任務終了後、カカシに腕を引かれて立ち止まったサクラは、彼を見上げて無言の返事をする。
サクラは一貫して冷淡な態度をとり続けていたが、カカシはなかなか諦めの悪い性格らしい。
ふと気づくと傍らにいるため、驚くこともしばしばだ。
「何をですか?」
「任務の報告書を書くの。いやー、実は一週間分ためちゃって」
「一週間!!三日以内に提出する決まりでしょう」
「よく知ってるねー」
「常識です!」
サクラは思わず甲高い声を出したが、カカシは構わずにこにこと笑っている。

「実は7班の仕事以外に、夜にも任務がいくつか入ってたんだよねー。それで特例で提出期限を延ばしてもらったの。まだ時間あると思っていたのにぎりぎりになっちゃって。お礼はするから、少しだけ手伝ってよ」
「・・・・それは命令ですか?」
「うん、命令」
そう言えばサクラが逆らえないのを知っているのか、カカシはしっかりと頷いた。
カカシが心底恨めしかったが、生真面目な性格のサクラはどうもその言葉に弱い。
「分かりました・・・。でも、お礼はいりません」

 

 

「・・・・・・私は手伝うって言ったんですけど」
居眠りをするカカシを横目で眺め、サクラは小さくため息をつく。
頭でも叩いて起こそうかと思ったが、この一週間夜も任務が入っていたと聞いた。
最初に来たときは他にも数人忍びの姿があったが、今、上忍専用控え室にいるのはカカシとサクラの二人だけだ。
きょろきょろを周りを見回したサクラは、椅子の上に置かれた保温用の膝掛けに目を留める。
「・・・これでいいかな」
立ち上がってそれをカカシの肩にかけると、サクラは再び机に向かう。
考えてみると、あれこれ話しかけてくるカカシが眠ってくれていた方が早く終わりそうだ。
気づくとじっと顔を見ているのだから、何ともやりにくかった。

 

カカシがようやく目を覚ましたのは、丁度サクラが全ての報告書を書き終えたあとだ。
わざとそれまで待っていたのかと思ったが、寝ぼけ眼で目を擦る姿を見ると、本当に偶然のようだった。
サクラらしい几帳面な文字で要点を纏めて書かれた報告書は、今までカカシが書き殴った報告書に比べると、雲泥の差の出来だ。
すっかり満足したらしく、報告書に目を通したカカシは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「有り難うーー、助かったよ!」
「・・・・帰ります」
両手を広げたカカシに抱きつかれそうになったサクラは、いち早く危機を察知し、椅子から立ち上がった。
遅くなることを伝えていないため、母親が心配しているはずだ。

「待って。これ、お礼だよ」
そのまま扉に直行しようとしたサクラの手を掴み、カカシはポケットから出した紙包みを強引に押しつける。
「いりません」
「じゃあ、上司からの命令ー。受け取りなさい」

何かというと「命令」を繰り返すカカシに、サクラは不満げな様子で口を尖らせた。
「・・・・・・・横暴」
サクラが低い声で呟いても、カカシはいつものように明るく微笑んでいるだけだ。
本当に嫌なら断ればいいのだが、そうした気にならないのが、サクラは自分でも不思議だった。


あとがき??
西炯子先生の『波のむこうに』を読んで書きたくなったんですが、あまり反映されていない・・・。
ああ、サクラの担任はイルカ先生じゃないようですよ。山田先生。適当すぎるネーミング・・・。
いのちゃんがいない設定なので、サクラは前髪でおでこを隠しています。性格も少し地味な設定。
サスケにキャーキャーも言っていないですね。
・・・何だか今見てるドラマ『ハケンの品格』の春子のイメージのような。


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