教えを受ける者 3


「ナルトさぁ、あんた・・・」
「何?」
「服、お尻に大きな穴が空いてるわよ」
「えっ、嘘!!!」
とっさに尻に手を当て振り向いたナルトだが、位置的に鏡を使わないと見ることが出来ない。
「どこかに引っかけたんじゃないの?パンツ丸見えだし」
「ギャー、恥ずかしいーーーー。俺、これで商店街通ってきたってばよ」
「馬鹿が・・・」
冷笑するサスケに反抗する気力すら起きず、ナルトはがっくりと項垂れている。

「どうせ先生、あと2時間は来ないだろうから着替えに行ったら?」
「・・・・・・・ここに来る前に、洗濯して代えの服全部干してきたってばよ」
「・・・・」
落ち込むナルトを見つめたサクラは、ため息をついてからナルトのズボンを軽く引っぱった。
「あんた、これ脱ぎなさい」
「ええっ!!」
「ソーイングセット持ってるから、繕ってあげる。ただし、縫い目が雑だとか文句言わないように」
「でも・・・」
「早くしてよ!」

 

半ば強引にナルトからズボンをはぎ取ったサクラだったが、作業は早く、仕上げも丁寧なものだった。
感激したナルトは思わずサクラに飛びつき、即座に顔面にパンチを食らっている。
「サクラちゃん、最近ちょっと優しくなったよなぁv」
「そうか?」
鼻血をティッシュで拭くナルトに半眼で答えながらも、サスケが読んでいるのは彼女から借りた巻物だ。
忍術の面ではサスケに遠く及ばないものの、知識に関してサクラは上忍にも劣らないものを持っている。
帰り際に少し訊ねてみたのだが、その翌日にサクラはサスケの疑問点に関する書物を持参し、彼に丁寧に説明をした。
以前のサクラならば二人と積極的に話すことはなかったのだから、たいした進歩だ。

「それに、顔だってよく見ると可愛いしv」
「そうか?」
頬を染めて語るナルトの視線を追ったサスケは、木陰の下で分厚い参考書を読んでいるサクラへと目をやる。
少し距離があるため、二人のひそひそ話が耳に届いていないのかサクラは難しい顔をしていた。
それでも、髪型を変えて額を出してから、幾分サクラの表情が明るくなった気がする。
サスケには女の美醜の基準がよく分からなかったが、彼女の笑った顔は確かに「可愛い」と表現するのが正しいように思った。

 

 

 

サクラがふとその看板に目を留めたのは、近頃ドラマで活躍している俳優の写真が使われていたからだ。
母が彼に夢中になっているのだが、サクラはたいして興味を持っていない。
「サクラー、俺とのデート中に他の男に見とれないでよ」
「見とれてなんていません。それに、デート中でもないですよ」
不機嫌そうな声を耳にしたサクラは、無表情のままカカシを見上げて言った。
任務終了後、新たな参考書を買うため本屋に向かうサクラに、カカシが勝手に付いてきたのだ。

「俺さ、あの看板の俳優に似てるって言われたことあるんだよ。サクラもそう思う?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・いいよ、無理して答えなくても」
ひたすら無言でカカシの顔を凝視しているサクラに、彼は目元の涙を拭う振りをしながら答える。
「いえ、あの俳優さんよりカカシ先生の方が男前だと思ったから」
「えっ、本当!?」
「はい」
サクラは頷いて応えたが、それにしてはカカシを見つめる瞳にはあまり特別な感情は浮かんでいない。
カカシがこれほど口説いているというのに、振り返らなかった女の子はサクラが初めてだ。
だからこそ気になったということもあるが、今ではそうした素っ気なさや、その裏に隠れた優しさも含めてサクラを可愛いと思うようになっている。
7班が結成されてすぐの頃から電話で交流したため、サクラの母親とは仲良くなれたが、肝心のサクラとの距離を縮めるにはまだ努力が必要なようだ。

 

「じゃあさ、サクラは俺と一緒にいてドキトキとかしないの?サクラの目で見て、一応男前なんでしょう」
「私の恋愛対象からカカシ先生は除外されていますから」
「何でー?」
「格好いい人は私なんか見向きもしないんです。今までの統計からいって」
「はあ・・・・」
「だから一定の水準以上の顔の作りの人を見ても、最初から何とも思わないんですよ、不思議なことに」
分かったような、分からなかったような、不思議な理論にカカシは首を傾げている。
容姿が整っているから見向きもされないとは、普通は逆ではないだろうか。
近頃ナルトに心を許しているように見えるのは、彼がサクラの基準より下に位置しているせいかもしれない。

「じゃあさ・・・」
カカシが顔を寄せると、サクラは自然と体を後退させたが、肩を掴まれて逃げられなくなる。
驚いて身を固くしたサクラのおでこにキスをしたカカシは、彼女の瞳を至近距離で見つめて満面の笑みを浮かべた。
「これでも、何とも思わない?」
口をぱくぱくと動かし、次第に顔を赤くしていったサクラは、カカシの体を力一杯突き飛ばす。
「ば、ば、馬鹿ーーーー!!!」
頭がパニック状態になったため、何を買いに本屋に行くのかも忘れてしまった。
近くにいた主婦がひそひそ話をして自分達を見ているのも、また恥ずかしさに拍車を掛ける。

「こ、こ、こんな人通りの多い道で、信じられない!」
「ごめんー。今度は二人きりのときにするから安心して」
「しなくていいです!!」
周囲の視線から逃げるように歩き出したサクラは、烈火のごとく怒っていたが、カカシはにこにこと笑って追いかける。
初めて見る赤くなって照れた顔もまた可愛らしい。
この調子ならば、今日からはきちんとカカシを異性として意識してくれそうだ。

 

「あれ、サクラ、そっち本屋じゃないよ」
「予定変更して今日は帰るの。先生は付いてこないで!」
「ああ、本屋より俺とあの茶屋で一緒にお喋りした方がいいって思ったんだね。分かった」
相変わらず人の話を聞いていないカカシは、急ぎ足で歩くサクラの腕を掴んで、近くの茶店を指差した。
「二人の未来について、あそこで思う存分話し合おう!」
「もう嫌ーーーー!!人さらいーーー!!!」
自由になる方の片手を振り回すサクラは、有らん限りの声を張り上げる。
カカシの力が緩んだ隙に腕を振り払って逃げようと思ったのだが、助けは予想外のところからやってきた。

「人さらいって、カカシ、何やってるのよ」
二人が入ろうと思っていた茶店から顔を出したのは、同じ木ノ葉隠れの額当てをしたくノ一だ。
その美貌に見とれていると、サクラはカカシの掌で口を塞がれ、全く声を出せなくなる。
「ああ、何でもないから心配しないでー。ただの痴話げんか。俺達本当はラブラブなんだ」
「・・・・そうは見えないけど」
サクラはふがふがと口を動かして不満を訴えたが、カカシは構わずに喋り続ける。
「この子は同じ7班の春野サクラだよ。前に話しただろ」
「・・・・その子が、春野サクラ?」
少しの間を空けて、彼女はサクラの顔をまじまじと見つめた。
カカシの手はすでに離れていたが、畏縮したサクラは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。

アカデミー時代に、同じようなことがあった。
表面ではサクラを可愛がっていた担任が、それと裏腹の言葉を仲間の教師達と吹聴していたのだ。
「カカシが言っていたとおり・・・・」
びくついたサクラの頭に、くノ一が優しく触れた。
「可愛い子ね」
「でしょう〜。あと何年かしたら、絶対ミス木ノ葉にもなれると思うんだよね」
傍らにいるカカシが何故か胸を張って答え、頭を撫でるくノ一が微笑むと、サクラの体からは一気に力が抜けていった。
アカデミー時代から、ずっとサクラの心を苛んでいた暗いものが、急に取り払われたような気がする。
それを持っていったのは、サクラの傍らで脳天気に笑っているカカシだ。

 

「ラブラブなのはいいけど、あんまり騒がしくしないでよね。お店のすぐ前なんだから、迷惑よ」
「御意ー」
立ち去るくノ一にひらひらと手を振ったカカシは、笑顔のままサクラに向き直った。
「じゃあ、サクラ、入ろうか。何食べたいー?」
にこやかに話しかけたカカシは、サクラの頬を濡らす涙に気づくなり、目を見開く。
「サクラ、ど、どうしたの!具合でも悪いの」
必死な声音で訊ねるカカシに、サクラは首を振って答える。
「カカシ先生・・・・」
「ん、何?」
「有り難う」


あとがき??
長かったですねぇ。タイトルは「生徒」を辞書で調べたら、ああだったので。あまり考えることなく。
サクラが孤立していた分、ナルトと坊ちゃんが仲良しっぽいのが良かったと思いました。
以下はおまけ。


『上忍控え室でのひとこま』

 

「サクラの友達が増えたのはいいけどさぁ」
「何?」
「あんなに可愛いんだから、悪い虫が付かないか心配だよー」
カカシが机に突っ伏すと、報告書を眺めていた紅が振り返った。
「そういえば、昨日男の子と一緒にいたわね。図書館に行く道で、偶然告白場面に出くわしたんだけど」
「ええ!!!」
席を立った紅を目で追いかけ、カカシは必死な様子で訊ねた。
「どんな奴!?そいつの名前と住所、教えて」
一体、それを聞き出してどうしようというのか。
聞かずとも分かる気がして、紅は小さくため息をついた。

「落ち着きなさいよ。サクラは「今は誰とも付き合う気はないって」答えていたから」
「えっ」
瞬間、カカシの顔がぱぁっと輝く。
「サクラ・・・・、俺のためにちゃんと断ってくれたんだ。何て健気な」
「誰とも付き合わないって言ってるじゃないのよ」
背後に立つ紅は、ファイルでカカシの頭を軽く叩く。
どうして自分は例外だと思えるのか、その自信はどこから来るのか、全く謎だ。
だが、カカシのように全てにおいて前向きならば、人生も良いように変わっていくものなのかもしれなかった。


戻る