サラダの記念日


「先生、大好きv」
「・・・・・・」
今日もサクラは元気だ。
毎日のようにカカシの家を訪れて、サクラは同じ言葉を繰り返す。
生徒に好かれるのはもちろん嬉しいが、サクラの「好き」は師弟愛とは違った意味のようだから困りものだ。
サクラがもう少し幼ければ笑って受け流せる、もう少し年長ならば拒絶もできる。
15歳というのはどうにも微妙な年頃だった。

「自分で言うのもなんだけど、俺なんかのどこがいいの?」
「そういう卑屈な考え方をするところかなぁ。根暗で後ろ向きな人っていいわよね」
「・・・・」
振り向いたサクラににっこりと笑って言われて、どう答えたらいいのかわからない。
悪気はないのだから悪口とはいえないのかもしれないが少々落ち込みそうだ。
「あとは、生徒思いで優しいところ」
わざとらしく間を空けたサクラは、肩を落としたカカシを見て笑顔で続けた。
「大好きよ」

何の思惑も感じられない、素直な笑顔を向けられたカカシは落ち着かない気持ちで視線をそらす。
仕事柄、互いの心の裏を探りあうことが日常だったカカシには、サクラの言葉はあまりに真っ直ぐすぎた。
「・・・子供はいいよね、そうやってすぐに「好き」とか「嫌い」とか口に出せて」
「あら、子供だからじゃないわよ」
サクラは口を尖らせてすねてみせる。
「私だからよ」

 

 

 

考えてみると、長らく「好き」などという言葉を女の子に言っていなかった。
毎日執拗に繰り返される「好き」「好き」攻撃。
絶対に洗脳だ。
彼女がサスケを追いかけていたときも思ったが、好きな相手に面と向かって「好き」と言うのはなかなか勇気がいることだ。
サクラは恐れずに向かってくる。
綱手に弟子入りをしてから、ますます逞しさに磨きがかかったようだった。

「いくらなんでも、無防備すぎじゃないかねぇ・・・・」
自分のベッドを占領して熟睡しているサクラを見下ろし、タオルを首にかけたカカシは乱暴に頭をかく。
どうも今日は荷物が多いと思っていたが、最初から泊まるつもりだったらしい。
夕食のあと、くつろいで
TVを見ていたはずのサクラはいつの間にか洗面台や風呂場を占領し、そのうちパジャマに着替えて眠ってしまった。
両親の許可は取ってあるそうだが、カカシの許可はまるで取っていないところがサクラの豪胆なところだ。
風呂から出てあとは寝るだけとなったカカシは、腕組みをして考え始める。
サクラならばどんな突拍子もない行動を取っても、迷惑に思うどころか、好ましい印象しか抱けないのが不思議だ。

「好き」

呟いた瞬間、サクラの瞳がぱっと開き、カカシのいる方へと首が傾く。
心臓が壊れるかと思うほど驚いたカカシだったが、サクラはすぐに目を閉じて元のようにすやすやと寝息を立て始めた。
寝ぼけていたのかもしれない。
ホッとしたような、少しばかり残念なような。
指通りの良いサクラの髪に触れたカカシは小さくため息をつく。
とりあえず、今夜はもう来客用の布団を床に敷いて休んだ方がよさそうだった。

 

 

 

「先生が私に「好き」って言ってくれる夢を見ちゃった」
翌朝、朝食の席でのサクラの第一声に、カカシは口に含んだ茶を噴出しそうになる。
「幸せだったなぁ・・・・」
サクラは動揺するカカシには目もくれず、まだ夢の中にいるような眼差しで話し続けた。
「優しくキスしてくれて、添い寝もばっちりで、それから・・・」
「そ、そこまでやってない!」
思わずカカシが声を荒げると、にやりと笑ったサクラと目が合う。
カカシが自分の失態に気付いたときにはもう遅かった。
「じゃあ、「好き」って言ってくれたところまでは現実なんだ」
「あのな、それは別に深い意味じゃなくて・・・」
「メモメモ〜〜」
カカシの弁解を無視したサクラは、いそいそと鞄からスケジュール帳を引っ張り出した。
鼻歌を歌いながらメモを取るサクラを、再び湯飲みを手に取ったカカシは半眼で見据える。

「何書いてるの」
「昨日を『先生が私に初めて「好き」って言ってくれた記念日』にするの。毎年お祝いしないとね〜♪」
「・・・・女の子って、記念日とか作るの好きだよね」
「うん。ねえ、『初めてキスしてくれた記念日』はいつごろ来るかしら?」
首を傾げたサクラに訊ねられ、湯飲みを握り締めたカカシは大きく咳き込む。
「先生?」
「こ、このサラダ、美味しいよ」
話題を変えるために、カカシは適当に食卓の皿を指差して言う。
考えてみると、味噌汁や煮物類はサクラの手作りだが、サラダはちぎったレタスにスーパーで買ったドレッシングがかけてあるだけだ。
選択を間違えたかと焦ったカカシがおずおずとサクラを窺うと、彼女はいつものように、明るい笑顔を浮べている。
「じゃあ、今日は『サラダ記念日』ね」

茶をすするカカシは、自分ならば『サクラが可愛い記念日』にすると思ったが、口に出してはもちろん言わなかった。


あとがき??
先生がナルチョに「好き」って言っていて羨ましかったので、サクラにも言って頂きました。
タイトルとか最後は俵万智『サラダ記念日』か。


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