陽炎の女


「先生って、料理上手いよね」
カカシの作った夕食を、二人向かい合わせに座って食べながら、何故かサクラは不満げだ。
サクラが腕によりをかけたものよりずっと美味いというのは、女としてのプライドを大いに傷つけられた。
同じ食材を使っているというのに、この違いは何なのだろう。
「んー、一人暮らしが長かったからねぇ。自然と家事は得意になるっていうか」
「ふーん・・・」
ぱくぱくと料理に手をつけながら、サクラはさりげなく部屋を見回す。
どこも綺麗に整えられ、サクラがあえて片付けをする必要はなさそうだ。
普段のだらしなさそうな生活態度から、どれほど荒れているかと思ったのだが、いつ来ても塵一つ落ちていない。

「でも、先生、毎日インスタント食品ばっかり食べてるって言ってたじゃない。だからたまには私が何かを作ってあげようかと思ってこの家に来たのに」
そして、興味本位でカカシの家に訪れていたサクラは、今ではすっかり餌付けされてしまった状態だ。
腹が減るとカカシの顔が思い出され、彼の手料理を食べたくなってしまう。
家でカカシの真似をして作ってみても、同じ味はどうしても出せなかった。
「サクラがこうして顔を見せるようになったからだよ。一人分って作るのが面倒だから適当だったけど、一緒に食べる人がいるとやる気が出るしね。サクラ、おかわりは?」
「えーと、あと少し」
「はいはい」
カカシに促されて茶碗を差し出すと、彼はにこにこ顔でお櫃の蓋を開ける。
どうも師弟関係が逆転しているようだが、今は任務中ではないのだから煩く言う人間もいなかった。

「明日も来ていいー?」
「あー、明日はちょっと、仕事で帰りが遅いかも」
「そう、残念」
茶をすすったサクラは、そのまま付けっぱなしになっていた
TVへと目を向けた。
親元を離れて一人暮らしを始めたサクラだが、近頃は自宅よりカカシの家で過ごす時間の方が長いような気もする。
食事を終えてソファーでごろりと横になったときなど、たまに「こんなにくつろいでいいものだろうか」と思うが、家主が文句を言わないのだから構わないはずだ。
「サクラー、すいか買っておいたけど、食べる?」
「うん!」
カカシの呼びかけに、サクラは半身を起こして答える。
やっぱりカカシの家は居心地がよかった。

 

 

 

「ねえねえ、カカシ先輩に恋人ができたって話、聞いた?」
綱手の手伝いを終えてくノ一専用控え室に入ったサクラは、先輩くノ一達のこの言葉に反応し、その場で立ち止まった。
カカシに恋人ができたなど、初耳だ。
昨日、カカシはそれらしいことをサクラに一言も言わなかった。
いや、ただの生徒であるサクラにそうしたことをわざわざ伝える必要もないが、会話の中で女性の存在を匂わせることがあってもいいように思える。
「えー、ショック!!」
「私、ねらってたのに」
「どんな女なの」
サクラが耳をそばだてていることに気づかないのか、いよいよ彼女達の会話は核心に近づいてきた。
「まだ中忍みたいだけど、すっごい美人らしいわよ。ミス木ノ葉に選ばれたこともあるって」
「じゃあ、私達の入り込む余地なんかないってことー」
「がっかり」

そろそろと歩いて彼女達から離れたサクラは、未整理の書類を抱えたまま、その部屋を後にした。
就業時間まではまだ間があったが、どうも仕事を続けるような心境ではない。
考えてみると、カカシは名の通った上忍で、見た目も性格もそれほど悪くないのだから、恋人がいない方が不思議だったのだ。
そしてカカシに本当に恋人が出来たのなら、彼の家に行くのは控えた方がいい。
生徒とはいえ、若い娘がうろちょろしていては、その恋人もいい気持ちはしないはずだ。

なんとなく気落ちして家路に着いたサクラだったが、偶然にも、くノ一の先輩達の話が本当だと確信する現場に居合わせてしまった。
いのの花屋に向かう途中、カカシが黒髪の美しい女性と歩いているのを見つけ、サクラは慌てて路地裏に隠れる。
すぐに角を曲がって見えなくなったが、彼女のモデルのような完璧な体形はまさにミス木ノ葉の称号にふさわしかった。
匂い立つ美女というのは、彼女のことを言うのだろう。
「・・・・帰りが遅いって、どんな仕事なのよ」
急にむかむかとした思いがこみ上げてきたサクラは、苛立ち紛れに地団太を踏む。
カカシがサクラに嘘をついてデートをする理由が全く分からない。
恋人がいると知れば、サクラは面白がって質問攻めにすると思っているのだろうか。
「先生の馬鹿!」

 

 

 

仕事帰りに自然とその道を歩きそうになるのを必死でこらえ、サクラがカカシに会わなくなって一週間が過ぎた。
七班で活動していた頃と違い、綱手の下で働き始めたサクラは、その気にならなければ何日でもカカシと顔を合わせずにすむ。
「おなか減った・・・・」
机に突っ伏したサクラは、泣きそうな声で呟いた。
驚いたのは、サクラの隣で医療忍術についての書類を読んでいた中忍の青年だ。
「そういえば、もうお昼だよね。何か食べに行く?」
「あ、いえ、お弁当持ってきているので大丈夫です。なんだか疲れたみたいで、変なこと言ってすみません」
顔を赤くしたサクラは、照れ笑いと共に弁解した。
カカシの料理を食べないために禁断症状が出てきた、とは言えるはずがない。

「じゃあ、僕は外に食べに行くけど・・・・」
「あ、はい。いってらっしゃい」
書庫から出て行く青年に笑顔で応えたサクラは、再び机の上にある紙の束に手を伸ばした。
綱手から整理を頼まれた書類は部屋の隅に山となって積まれている。
これをきちんと内容に沿ってファイリングしなければならず、先輩である中忍と二人がかりでもあと三日はかかりそうだ。
「サクラちゃん」
扉が開く音と同時に聞こえたのは、先ほど食事に行ったはずの青年の声だ。
「お客さんみたいだけど」
「はいー?」
振り向きながら声を出したサクラは、青年の傍らに立つ人物を見るなり思わず顔をしかめる。
「げっ」
「・・・恩師に向かって、その態度はないんじゃないの」

 

ふてくされて書類に目を通すサクラを、カカシは隣の席に座ってずっと眺めている。
無言のまま見つめられていては、仕事がやりにくいことこの上ない。
文句を言おうと口を開きかけたサクラに、カカシは機先を制して訊ねた。
「サクラさ、恋人ができたの」
「・・・はぁ!?」
思いがけないカカシの問いかけに、素っ頓狂な声をあげたサクラは、怪訝そうに彼の顔を見据える。
「いませんよ、そんなの。何ですか藪から棒に」
「だって、近頃全然うちに来なくなったし・・・・それに」
カカシは先ほどまでこの部屋にいた彼の荷物にちらりと目をやり、サクラはその意味をすぐに察した。
「あの人は医療忍者の先輩ですよ。大体、恋人ができたのは先生の方でしょう」
「えっ、何、それ」
「先生、この前仕事だって言って女の人と会ってたじゃないですか。私に嘘なんてつかなくていいのに」
「ちょ、ちょっと待って。何のこと?」

珍しく慌てた様子のカカシをサクラは訝しげに見つめた。
どうも話がかみ合っていない。
顔を突き合わせた二人は、互いに意見を出し合い、何が起こっているのかを段々と把握し始めた。
サクラがカカシの家から遠のいた理由であるあの女性は、カカシの言った通り、仕事の依頼人でとくに親密な関係ではないらしい。
拍子抜けしたサクラだったが、確かに、妙な噂を聞いていなければすぐにカカシの恋人と決め付けなかったかもしれない。
「じゃ、じゃあ、先生に恋人ができたって話はどこから出てきたんですか。火のないところに煙はたたないって言いますけど」
「あの、それ、サクラのことだと思うんだけど。たぶん」
「えっ!!?」
カカシの予想外の言葉に、サクラは目を大きく見開いた。
「だって、相手はミス木ノ葉にも選ばれた超美人ですよ!!」
「中忍ってのは当たっていたでしょう。噂って尾ひれがつくものからさ。サクラは毎日うちに入り浸っていたし、一緒に商店街で買い物したりしていたから、誤解されても仕方がないと思うけど」
「・・・・・そんな」

 

つまり、サクラがこの一週間カカシの料理を我慢していたことは、全く無意味だったのだ。
うなだれたサクラは急に腕を引かれ、驚いた顔でカカシを見上げる。
抗議しようとしたときには口をふさがれ、解放されたのは息苦しさに喘ぐサクラが眩暈を覚える寸前のことだった。
とはいえ、しっかりとカカシに抱きしめられているのだから、本当の意味での自由でない。
「あのさ、噂を本当にしてみる気、ない」
「・・・・キスしてから言わないでくださいよ」
「だって、不安だったんだよ。サクラが急に来なくなっちゃって、嫌われたのかと思った」
「わ、私だって、ずっとずっと恋しかったんです、カカシ先生の料理が。夢にまで見ちゃって・・・」
瞳を潤ませて語るサクラをカカシは複雑な表情で見つめたが、サクラは今度は自分の方から彼に口づけて言葉を続けた。
「でも、料理の味がどんなでも、先生の顔が目の前にあれば何でも良かったんだと思います」


あとがき??
料理上手の彼氏は良いと思う。


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