近距離恋愛 1


おせっかいな人間はどこにでもいるもので、近くに住む主婦が見合い写真を持って再三家を訪ねてきた。
30にもなって一人身だと周りの人間がいろいろと気を回すものらしい。
「仕事が忙しいから」と適当な理由をつけて断ってきたカカシだったが、近頃では上司である火影にまで「そろそろ身を固めた方がいい」と言われる始末だ。
いい出会いがあればカカシとて考えないこともないかもしれないが、今のところまったくその気がないのだから誰が何を言っても疎ましいだけだ。

 

「結婚のことだが」
休憩室で涼んでいたカカシは、背後からかけられた言葉に、据わった目をして振り返る。
射抜くようなその眼差しに、アスマは多少なりともひるんだようだ。
「・・・・・なんだよ、その顔」
「いや、お前まで「結婚」なんて言い出すとは思わなかったから。で、何?」
「サクラのことだよ。結婚するんだってな」
カカシの隣りに座ったアスマは、「よっこらしょ」と年寄りじみたことを言いながら団扇を仰いだ。
その言葉があまりに突拍子も無かったため、そのまま聞き流しそうになったカカシは改めて傍らを見やる。
「・・・へっ、なんだって?」
「お前の班のサクラが結婚するんだろう。とうとう生徒に先を越されたなぁ」
「そんなの、聞いてないんだけど。何かの間違いじゃないの」
「確かな話だ。何しろ、サクラの相手は里でも有数の商家の跡取り息子だからな。そのうちいやでも噂になるだろ」
「・・・・・・」
アスマは先ほどから真面目な表情で話し続けている。
エイプリルフールというわけでもなく、彼がそんな嘘を言っても何のメリットもないはずだ。

「なんだ、聞いてなかったのか。サクラとは最近会ってなかったのか?」
「・・・・・昨日も普通にうちに遊びに来てたけど」
サクラが一人暮らしをしているアパートには冷房装置がないらしく、ちょくちょく土産片手にカカシの家に顔を出すのだが、そんな話は聞いていない。
昨日サクラが話していたのは、夏のバーゲンセールで何を買ったかだ。
ナルトやサスケも誘って4人で海に行く計画を立てていたようだったが、「結婚」を匂わせることなど一言も漏らさなかった。
カレンダーと睨めっこをするサクラを思い出したカカシは、アスマの結婚話とどうしても結びつけることが出来ず、首を傾げる。
「サクラはまだ子供だし、結婚なんて早いだろう」
「確かに早いだろうが、16は法的に結婚が認められている年だ」
首を回した扇風機の風が顔を撫でていった。
室内温度を高めに設定してあったが、扇風機のおかげで休憩室は随分と居心地がいい。
「子供だけど、大人でもあるんだろ」

 

 

話に現実味が無かった。
少し聞いて回ったが、サクラの結婚について知っているのはごく小数の人間だ。
しかし、先方の商家に関係する人々に伝わっているのだから、たぶん間違いはない。
「うーん・・・・・」
珍しく、愛読書を読むことなく腕組みをして往来を歩くカカシは、先ほどから唸り声を発し続けている。
先ほどから妙に胸のあたりがもやもやとしている。
そう、丁度アスマに会った後あたりからだろうか。
あれほど熱心に読みふけっていたイチャパラシリーズですら手に取る気分ではない。
何か、物凄く、嫌な感じだ。

「カカシ先生ー」
ふと顔をあげると、帽子にノースリーブワンピースという涼しげな服装をしたサクラがカカシに手を振っていた。
あれが昨日バーゲンセールで購入した話していた服かもしれない。
いつもはその笑顔につられて自然と顔が緩むのだが、駆け寄ったサクラが近づくにつれ、胸の燻りがひどくなったように思える。
「どーしたんですか、そんな怖い顔して」
「怖い顔?」
「ええ。周りを歩いている人達が避けて通ってるの、気づかなかったですか?」
「・・・・・・」
まるで自覚が無かった。
だが、サクラが言うからにはそうなのだろう。
無意識に自分の両頬を撫でたカカシは、再び表情を険しくしてサクラを見下ろす。

「サクラ。俺に何か言いたいことない?」
「・・・はぁ?何のことですか」
「結婚のこととか」
「えっ、カカシ先生、とうとう結婚するんですか!!?」
「とうとうって・・・。結婚するのはサクラの方でしょう」
カカシが半眼で訊ねると、サクラは目を皿のように丸くした。
「ど、どこからその話を!」
「内緒。でも、確かな筋の情報だよ」
カカシに断定的に言われ、サクラは困ったように視線を泳がせる。

 

「で、本当なの?」
「えーと・・・・、まぁ、本当、です」
頬をかきながら呟くとカカシの片眉が微かに動いたが、サクラは気づかずに続けた。
「うちのお父さんと先方のお父さんが同級生で、今でも仲がいいんですよ。それで自分達の子供に年の近い男女がいたから、結婚させようって話になったみたいで。そもそもきっかけは賭け将棋なんです。私が生まれた頃にうちのお父さんが将棋でボロ負けして、娘を嫁にやるって約束をしたそうですよ」
「何それ。そんな古い約束、時効じゃないの!?」
「それが、先方はそう思ってなかったようなんですよね。私が16になると同時に昔の話を持ち出してきて・・・・・」
「そんなの駄目だよ」
サクラがびくつくほど鋭い声で言うと、カカシは彼女の両肩を掴んでその顔を覗き込んだ。
「当人同士の意思が一番大事だし、親が決めたから結婚なんていまどきはやらないだろ。流されるみたいにして結婚だなんてサクラらしくない」
「は、はぁ・・・」
「今からでも遅くないから、ちゃんと断るべきだよ」

サクラの翡翠色の瞳がじっとカカシを見つめている。
その距離感に改めて気づいたカカシが手を離すと、サクラは口元を緩めて微かな笑みを浮かべていた。
何も、面白いことを言った覚えはない。
「・・・・何?」
「いえ、カカシ先生がそんなに力説するの、初めて見たから」
何事にもたいした関心を示さず、流されるように生きているのはカカシ自身だ。
任務中でもあまり強い感情を表に出さず、常に飄々とした態度を崩さないカカシが、他人に干渉することなど滅多にない。
そのカカシが意外なことを言い出したから、思わず笑ってしまったのだ。
「大丈夫ですよ。一郎さんはいい人ですし、悪いようにはなりません。そんなに心配しないでください」
生徒思いの優しい教師に向かって、サクラは柔らかな笑みを浮かべながら言う。
ふわふわとした優しい笑顔なのに、カカシは妙に息苦しさを感じた。
望んでいたのはそんな言葉ではなかった。

 

「あそこにいるのが私のフィアンセですよ」
方角が同じだったため少しの間肩を並べて歩いたが、サクラはすぐに立ち止まる。
待ち合わせをしていたらしく、サクラが指差した先には、彼女より少し年上と思われる青年二人が立っていた。
サクラに気づいて微笑を浮かべたのが、おそらく許婚の方だろう。
「隣りにいる彼も素敵でしょう。一郎さんのお店で働いてる人なのよ」
「・・・・・」
自慢げに言われても、どう反応すればいいか分からない。
確かに、二人とも長身でなかなかの男前だ。
品のよさが感じられる顔立ちで、金持ちの道楽息子のようにも見えなかった。
「じゃあね、先生」
あっさりとした別れの挨拶と共に踵を返すと、水色のスカートが翻る。

サクラの後姿を見送りながら、カカシは自分がひどく傷ついていることを自覚した。
これほど近くにいながら、結婚話を秘密にされていたからだろうか。
サクラが嫁にいってしまう。
もっとずっと、遠い未来の話だと思っていたのに、急に現実が押し寄せてきたような感覚だった。


あとがき??
カカシ先生の切ない夏が始まるんでしょうかね。
タイトルは洋画から。あらすじを見ていて、なんだかカカサクで書きたくなった。設定少し違いますが。


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