近距離恋愛 4


入鉄砲と出女というのは一昔前関所を越える際に警戒されていたものだが、今であっても隠れ里のある火の国の出入国は大幅に制限されていた。
旅の必需品である道中手形は幾度も審査を受けなければ取得できず、人々はおいそれと他国に旅行をすることなどできない。
例外となるのは物資を運搬する役目を担う商人か、国政を担う役人、そして国を守る忍者達。
サクラの婚前旅行が簡単に許可されたのは彼女が中忍であることと、火影自らが身元引受人になったおかげだ。
そしてサクラがわざわざ国外に出る旅行を望んだのはもちろん理由があってのことだった。

「天候に恵まれて、本当によかったわ」
晴天の空を見上げたサクラは、しみじみとした口調で言う。
これならば新天地へと旅立つ二人にぴったりの門出だ。
「出発しましょうか」
「ああ、そうだね」
サクラの言葉に一郎が続く。
そして彼らの後ろには、一郎の実家の店で働いていた青年の姿があった。
大きな荷物を背負い、サクラ達と同様に旅支度を整えた姿だ。
他の者には内緒だったが、サクラが手続きをした道中手形は3人分。
サクラと一郎、そしてこの青年の分だ。

 

「あれ・・・・」
里を出るには必ず通らなければならない門が視界に入ったとき、サクラは建物の影に見知った人物を見つけ、驚きの声をあげた。
スケジュールに追われる生活を送っているはずのエリート上忍が、サクラ達一行をじっと見据えている。
記憶には無いが、出立の日時を教えていたのかもしれない。
「カカシ先生、何、わざわざ見送りに来てくれたの?」
小走りで自分に近づいてきたサクラに笑顔で応えると、カカシはおもむろに手を伸ばす。
そして、何事かと身構えるサクラを、カカシはありったけの力をこめて抱きしめた。
骨が折れるほどではないとはいえ、相当の圧力だ。
「・・・・あ、あの、痛いんですけど」
「うん」
「離してくださいよ」
突然のことに、多少怒気を含んだ声で言ったのだがカカシは無言のままだ。
「先生?」
「いやだ」

断定的な返答にサクラは目を丸くする。
ただ見送りに来たわけではないことは確かだが、カカシの意図がまるで分からなかった。
「だ、大丈夫ですか。なんだか、様子が変ですけど」
「うん」
サクラが暴れたからか、わずかばかり力が緩んだことでカカシの顔を覗き込むことが出来るようになった。
だが、何か反発すればまた拘束が強くなりそうで、サクラは何とか笑顔を作って喋りだす。
「あの、早く離してくださいよ、本当に。怒ってないですから」
「離したら、サクラ、俺をおいて行っちゃうでしょう」
「ええ、まぁ・・・・」
「じゃあ、離さない」
そのまま再びぎゅうっと抱きしめられる。
「行っちゃいやだ」

何の冗談かと思った。
我侭を繰り返すカカシを笑い飛ばそうとしたサクラだったが、彼の体が微かに震えていることに気づくと、到底そんなことは出来なくなる。
彼は真剣だ。
本気でサクラを引きとめようとしている。
人にしろ物にしろ、カカシがここまで何かに執着を見せたことなど今までなかった。
会話を聞くと恋人同士の別れ話のもつれというよりは、離れていく母親を行かせまいと泣く幼子を髣髴とさせる場面だ。
「何だ。サクラちゃん、やっぱり付き合ってる人いたんじゃないか」
困惑しきりのサクラは、背後に立つ一郎の言葉にハッと我に返る。
「へっ、いや、カカシ先生はそういうのと違う・・・っていうか、本当にカカシ先生!?誰か変化の術を使ってるんじゃないでしょうね」
「とりあえず、ここじゃ目立つから別のところで話をしない?」

 

 

 

発端は、一郎が父親に恋人との仲を反対されたことだった。
監禁同然に座敷に閉じ込められた一郎が外に出る条件は、父親の決めた相手、サクラと結婚して店を継ぐこと。
一郎から全てを聞いたサクラは、一も二もなく協力することを申し出た。
幼馴染である一郎が困っているならば当然助けたい、そして彼と恋人との関係も成就させてあげたかった。
しかし、木ノ葉隠れの里から出ることが出来ないのではいくら逃げたとしても、商売柄、顔の広い父親に見つけ出されて同じように監禁されるのがおちだ。
そうして考え出したしたのが、一郎と恋人との国外への駆け落ちだった。

「店の方は妹の姫子が婿を取れば何とかなると思うんですが、婚約者に逃げられたとなればサクラちゃんの立場が悪くなるでしょうし、僕としては反対したんですけど・・・・」
「これしか方法がないのよ。一郎さんの恋を応援したいし、私には恋人もいなくて結婚の予定だって全然ないから平気だって言ったの。仲良くデートしてるふりをしたから、今は一郎さんのお父さんもすっかり油断してるしね」
「・・・はぁ」
近くの茶店で全ての経緯を聞いたカカシは、力なく返事を返す。
後々ご破算となるのが分かっているのだから、サクラが結婚話を誰にも語ろうとせず、秘密裏に進めようとするはずだ。
「でもサクラ、俺には相談してくれたって・・・」
「手形を用意してくれた火影様以外は、いのにも内緒なのよ。どこから話がもれるか分からないでしょう」
ウインクをされて、カカシは盛大にため息をつく。
何も知らないとはいえ、サクラの旅立ちに焦って突っ走ってしまったことが、今更のように恥ずかしくなってきた。

「それで、一郎さんの駆け落ち相手というのはどこにいるんですか」
気を取り直して訊ねると、サクラは一郎の隣りへと視線を移した。
「隣りに座ってるでしょう、さっきから」
「えっ・・・・」
一郎の傍らに座っているのは、最初に彼を見たときに一緒にいた使用人の青年だ。
一見して男物と分かる服装で上背があるため、勘違いしていた。
「ああ、女性の方だったんですね」
「違います」
青年の口から出た低い声音は正真正銘の男のものだ。
「・・・・実は一郎さんが女性だったとか」
「違います」
苦笑して答える一郎に、カカシの頭は盛大に混乱した。
「・・・・あれ?」
「先生、そのあたりは深く考えなくていいから」
首を傾げて悩み始めたカカシに、サクラは諭すように言う。
カカシにはよく理解できない世界だったが、とりあえず、父親が何故一郎と恋人との仲を反対したのかは、よく分かったような気がした。

 

 

「新たな世界に旅立つ二人・・・ロマンチックですねぇ」
仲良く手を繋いで遠ざかっていく二人を、サクラはうっとりとした眼差しで見つめている。
このまま山を一つ越えれば、さすがに父親も追ってこられないだろう。
「・・・そうね」
男同士のカップルだと思わなければ、確かに逃避行はロマンチックかもしれない。
そして、二人の姿が見えなくなるのと同時に、カカシの中に新たな不安が芽生え始める。
非常に、不自然に、サクラを引き止めてしまった。
今まで一郎のことで頭が占められていたが、この後サクラがどういった態度で自分に接してくるか全く考えていない。

おずおずと傍らへと目を向けると、自分を見上げてにっこりと微笑むサクラがいた。
「カカシ先生って、意外と過保護だったんですねぇ」
「えっ・・・」
「前から生徒思いの先生だって分かっていましたけど、まさか父親でもない人に婚前旅行を止められるとは思わなかったですよ。一郎さんにも誤解されて」
「えっ、あの、サクラ・・・・」
「はい?」
邪気の無い笑みを向けられたカカシは、脱力してその場に座り込みそうになる。
かなり熱烈な告白のつもりだったのに、全然、伝わっていない。
今の状態ならばたとえ「好きだ」と言っても普通に「私も好きですよ(他意はなく)」と答えられそうだ。
「大丈夫です、先生に彼女が出来るまでそばにいますから。先生にガッツがあることが今回分かりましたし、私、カカシ先生のお嫁さんを探してみせますよ。やっぱり一人は寂しいですよね」
「・・・・ハハハッ」
内心の憔悴を見せることなく、カカシは乾いた笑い声で応える。
サクラがとことん色恋に鈍いのが致命的だが、とりあえず今回の結婚話は回避できて、自分の気持ちも自覚できた。
それだけでも前進だろうか。

 

「あ、そうだ。私、暫くカカシ先生の家にご厄介になりますから、よろしくお願いしますね」
「・・・・はあ!?」
「いえ、本当はこの道中手形を使って暫く雲隠れするつもりだったんですよ。事情を知った実家の父とか、一郎さんの両親が怖いんで。でも、先生にあそこまで引き止められたら行けないですよね」
旅行鞄を持ったサクラは、すでにカカシの家へと向かう道を歩き始めている。
サクラの一人旅を心配して待っているよりは近くにいた方が安心かもしれないが、あまり近すぎるのも精神衛生上よくない。
何しろサクラを一人の女の子として好きだと分かってしまったのだ。
「・・・どうなっても知らないよ」
「家賃はちゃんと払いますって」
見当違いな返答をするサクラに、カカシは引きつった笑顔を返すしかない。
果たして、自分の我慢の限界が来るのが先か、サクラが振り向いてくれるのが先か。
すでに隠れてキスをしてしまったことを考えると、どうにも旗色の悪い話のようだった。


あとがき??
たいした話じゃないのに、長々とすみませんでした!
かけおち話は遠藤淑子先生のエヴァンジェリン姫の話も混じっていますが、あまり関係ないか。


戻る