星明かりの夜に


200年に一度の周期で出現するというその彗星は、発見者の名前から「主水彗星」と名づけられ、肉眼で確認できるものの中で一番の明るさを持つといわれている。
今ほど天体について研究されていない昔は災いの象徴とされていたが、今ではその逆だ。
どの国でも観た者に何かしらの幸福を与えると言われていた。
噂の信憑性はさておき、彗星の到来が珍しいことには変わりはなく、木ノ葉では新聞でも連日その話題でもちきりだ。

「うん、それならしょうがないわよ。気にしないでいいから。じゃあね・・・」
携帯電話を切ったサクラは、足元の小石を蹴りながら小さくため息をつく。
明日いよいよそのときが来るというのに、一緒に彗星を観に行く約束をしたいのは、母親が急に熱を出して行けなくなったらしい。
他の友達にも連絡してみたが、彼女は恋人との先約がすでに入っていた。
何しろ200年に一度のイベントなのだから、大事な人を一緒に観測したいという気持ちは分かる。
「せっかくとっておきのベストスポットを見つけたっていうのに、一人ぼっちだなんて・・・・寂しすぎる」
結婚10年以上経ってもいまだにラブラブなサクラの両親は、子供そっちのけで二日前からより綺麗な星空を眺められる彗星観測ツアーに行ってしまった。
さらに目ぼしい知り合いは全て任務が入っていて里にいない。

 

「誰か他に暇そうな人は・・・・」
ぶつぶつと呟きながら街中をうろついていたサクラは、はたと立ち止まる。
サクラが知る中で一番暇そうな人物、はたけカカシが眠そうな顔で背中を丸めて歩いていた。
いや、上忍で一応エリートのカカシにはそれなりに仕事が入っているのだろうが、クリスマスや正月といったイベント時には一人で家で寝ていたという話を聞くにつれ「暇な人」という印象がついている。
さらに家族や恋人は現在おらず、完全にフリーな人間だ。

「カカシ先生、こんにちはー」
「んー」
素早く前に回りこんで進路を妨害したサクラは、にっこりと笑ってカカシを見上げる。
「明日の夜、何か予定は入ってますか?」
「別に。仕事のあとはご飯食べて寝るだけだけど」
「そんなことだろうと思った!じゃあ、私と二人で話題の彗星を観に行きましょうよ」
「・・・・・・・・」
「・・・何ですか、その沈黙は」
無言のままじっと顔を見つめられたサクラは、居心地が悪そうに訊ねる。
「いや、サクラは俺と観たいの、彗星?」
「うん。建物の屋上とか、木ノ葉岳の山頂とかが人気スポットらしいけど、他に誰も来ないようないい場所知ってるんですよ。二人っきりで静かに観られます」
「・・・誰も来ない、いい場所、二人っきり」
流石に「皆に断られた」ということを伏せたのだが、カカシは何故かサクラの言葉をいちいち繰り返している。
怪訝に思ったサクラが何かを言う前に、カカシが口を開いた。
「サクラがその気なら、別にいいよ」
「うん?」
何か含みのある返答のような気がしたが、了解を得られたサクラはにこにこと笑ってカカシの掌を両手で握った。
「約束ですよ。明日、家まで迎えに行くから」
「分かったよ」

 

それからカカシと別れて暫く経った頃だった。
直前に予定をキャンセルしたことを気にしているのか、再度詫びの電話をしてきたいのに、サクラは笑顔で答える。
「ああ、そのことなら大丈夫よ。カカシ先生と行く約束したから」
『・・・・・ええ、マジで!!?』
大げさに高い声を出したいのに、歩きながら喋っていたサクラは思わず立ち止まった。
「えっ、何、その驚きようは」
『だって、あの「主水彗星」よ。あんたカカシ先生のこと好きだったの?』
「・・・・はあ!?」
今度はサクラが驚く番だった。
まるで会話がかみ合っていない。
「何、何でそんな話になってるの!」
『サクラ、まさか知らないでカカシ先生誘ったの・・・』
携帯電話の向こうから、いのに盛大なため息が届いたような気がした。

 

 

いのの話を纏めると、経緯はこうだ。
“異性と手を繋ぎながら「主水彗星」を見ると二人は何があろうと絶対に結ばれる”という噂が最近巷で広まっている。
200年前に彗星と絡んだ、敵対関係にあった家の男女が結ばれた伝説が元らしいが、そのあたりの細かいことはこの際どうでもいい。
問題は、その「主水彗星」の効力をカカシが知っていたかどうかだ。

『当然知ってるでしょう。だって、TVでばんばん言っていたし。あんたが知らないことの方が驚きよ』
「・・・・・ちょっと仕事が立て込んで、何日か資料室にこもっていたんだってば」
うなだれるサクラは、もはや立つ気力もなくその場で座り込んでいる。
そう考えると、先ほどのカカシの微妙な反応も頷けた。
知らなかったとはいえ、「他に誰も来ない」「いい場所」などと大胆な誘い方をしたことがめちゃくちゃ恥ずかしい。
カカシのことが好きだと、あらぬ誤解を受けても仕方がない気がする。
『まー、噂が本当かどうかこれで分かるかもね。じゃあねー』
「えっ、ちょ、ちょっと!」
サクラが慌てたときには、すでに電話は切れていた。
「ひ、人事だと思って」
泣きそうになったサクラだが、確かにこれは自分で解決しなければならない問題だ。
約束は約束なのだから反故にするわけにいかず、彗星も観たい。
とりあえず明日が正念場だった。

 

 

 

「先生、違うんです!!」
翌日の夕方、カカシの家に到着したときのサクラの第一声がそれだ。
ぽかんとした顔で玄関先に立つカカシは、改めてサクラに訊ねる。
「え、何が?」
「わ、私、彗星を一緒に観た男女が結ばれるとか、そういうの知らなくて。今夜カカシ先生とどうにかなりたいとか、そういうことは全然思ってなくて、あの、その・・・・」
あたふたと弁解するサクラを眺めていたカカシは、ふいに表情を和らげて、くすくすと笑った。
「そんなの知ってるよ」
「えっ!」
「サクラが全く意識しないで俺を誘ってるって、見てれば分かるしさ」
「そ、そうですか・・・・」
拍子抜けしたサクラの頭に、カカシは軽く手を置いた。
「で、行くの行かないの?あんな噂はデマだと俺は思ってるけど」
「い、行く、行きますよ!」
「そう、よかった」
柔らかく微笑むカカシを見たサクラは、そのときになって初めて気づく。
先ほどまでやましい気持ちがないことを分かって欲しいと必死だったが、噂を知ったあとも、カカシと彗星を観ること自体はとくに嫌だとか、中止にしたいとは思わなかった。
これはどういう意味だろう。

 

「先生、夜道が危ないから、手を繋いでもいいですか」
「いいよー」
何気なく差し出された手に、サクラは思い切って掴まる。
サクラの取って置きの場所は人が来ないというだけあって、電灯の少ない暗い道を通るため、言い訳には聞こえないはずだ。
「・・・先生は噂を信じないんですよね」
「まあね」
「もしも、もしもの話ですよ。私が彗星の噂を知った上でカカシ先生を誘っていたら、先生はOKしてくれました?」
「うん」

あまり考えることなく返事が返ってくる。
それは、「主水彗星」を一緒に見ると結ばれるという噂を信じていないからなのか、別に意図があるのか。
飄々とした彼の横顔からは読み取れない。
それがずるいと思うサクラだったが、自分の胸のうちすら明確でない今は、こうして気軽に手を繋げる距離が丁度いいような気もした。


あとがき??

拍手用SSだったのに、妙に長くなったからこっちに。
恋の一歩手前な感じの二人。先生はのらりくらりとサクラを翻弄してくれるといいと思います。
それにしても、彗星の名前が主水。昔の人ならこんな名前かと思って・・・さ。


戻る