遺言ですよ


休日の夕方、サクラは風呂敷包みを持ってうちにやってきた。
何かと思ったら、30センチ弱の陶器の人形。
花の籠を持った少女が、スカートのすそをなびかせて微笑んでいる。

 

「何、これ?」
「友達が捨てるっていうからもらってきたの。この後ろのところが、ちょっと欠けちゃってるのよね」
「ふーん・・・・。で、何でサクラの家じゃなくてうちに持ってきたわけ?」
「えへへー。実はこの人形、私にちょっと似てるって言われたから愛着がわいたのよ。それで、先生が他の女の子を家に入れないように見張ってもらおうと思って」
「それは、困ったねぇ」

サクラは苦笑する俺の言葉など聞いていないように人形の包み紙を取っている。
そして本が数冊置かれた棚の上に人形を置いたが、その場所は出入り口のすぐ近くだ。
以前に、俺はサクラの用意した花瓶を二度ほど割っている。

「そんなところに置いたら、また割っちゃうよ」
「そうね。カカシ先生、意外とそそっかしいものね」
振り向いたサクラは、笑顔で言う。
「割れてもいいのよ。形あるものはそのうち壊れて無くなっちゃうんだから。それよりカカシ先生」
サクラは急に口調を変えると、俺を上目遣いで睨んだ。

「この前の任務にまた遅刻したんだって?聞いたわよ」
「あははは・・・」
「誤魔化さないの!!みんなに迷惑がかかるのよ。先生の遅れる時間って、毎回一時間や二時間じゃないんだから」
「サクラが毎朝起こしに来てくれたら大丈夫だよー。何なら一緒に住んじゃおうか」
「却下!遅刻をやめないと、嫌いになるわよ」
肩に置いた俺の手をはねのけると、彼女は厳しい眼差しを俺に向ける。
サクラは、俺が一番言われて嫌なことを、知っているんだ。
「サクラに嫌われたら、俺、縄で首をくくって死んじゃうよ」

 

もちろん、それはふざけて言ったこと。
現に死んだのは俺ではなく、サクラの方だった。

 

 

 

あの日、サクラは任務で一週間ほど里から離れると俺に告げた。
でも、それは真っ赤な嘘。
一週間後は、ちょうどサクラの通夜の日だった。

家族以外、誰にも内緒で大事な手術を受けたサクラ。
そして、手術は失敗に終わり、サクラは呆気なくこの世を去った。
あまりに突然の死に、驚かない者はいなかっただろう。

俺はといえば、ただ呆然としていただけだ。
どうして信じられる。
少し前まで、普通に笑っていたのに。
体の調子が悪そうにも、見えなかった。
だからこそ、よけいに胸が痛い。
みんなの前で辛い顔をしないように我慢していたのかと思うと、可哀相で涙が出た。

 

 

 

 

「・・・・何やってるの」
「ちょっと、自殺でもしようかと思って」
扉を開けるなり、目を丸くして問うナルトに俺は淡々と返事をした。

つくづくタイミングの悪い奴だと思う。
手頃な場所に縄をつるし、俺は首をくくって死ぬ準備をしていた。
もっと楽に死ねる方法は沢山あるけれど、苦しんで死なないとサクラに申し訳ない。
それに、サクラにも首つり自殺をすると言っていたような気がする。

「だ、だ、だ、駄目だよ!!!何してるんだよ!!」
荷物を放り出したナルトは、あとは足下の台を蹴るのみとなった俺に慌てて駆け寄った。
第一発見者の来るのが少し早すぎるんだ。
なるべく早く死体が見つかるよう、玄関の鍵をかけていなかったのが仇になってしまった。

 

「邪魔するな。俺は死んであの世のサクラに文句言ってやるんだ」
「何を!?」
「病気のことや、手術のことを言わなかったことだよ」
「それは、カカシ先生に心配かけたくなかったからだろ」
「心配したかったんだよ、俺は!」
それまでなるべく穏便に話していた俺は、思わず声を荒げる。
「だって、そうだろ。俺はサクラとだったら喜びも悲しみも、何だって共有したかった。それなのにサクラは俺に黙って死んだ。そんなの許せるか」
堪えていた涙が出そうになって、俺はナルトから目線をそらした。

「サクラは苦しんでいたんだ。それなのに俺は全然気づいてやれなかった」
「サクラちゃんは先生に死んで欲しいなんて思ってないよ、絶対!!」
「何で分かるんだよ。お前はサクラじゃない。サクラが死ぬなって言うんだったら俺も従うさ」
「・・・・」
「じゃあな」
ナルトを無視した俺はさっさと踏み台を蹴飛ばす。
「ギャーーー!!!ちょっと、カカシ先生、早まらないでよ!」

 

 

気が動転したナルトは俺の足にしがみついて悲鳴をあげたけれど、それは逆効果だろう。
ナルトの力も加わって俺の死期は一層早まった。
相変わらず間が抜けている奴だなぁと霞む視界で思ったときに、何の前触れもなく、縄が切れた。
ぶちりと大きな音を立てて。
ナルトの体の上に落ちた俺は全く怪我はしなかったが、壁に当たったときの振動で棚の上にある置物が落っこちた。

釈然としない。
忍びとして道具の手入れは欠かさず行い、不備はないかチェックもしていたのに、何故縄が切れたのだろう。
首に微かに残った痣をさすりながら、俺は縄の切れ端を眺めた。

 

 

「あの、これ何だか高そうだけど・・・・・」
死にきれず、気が抜けて座り込んだ俺にナルトが割れた置物を持って来た。
それは、サクラからの最後のプレゼントだった。
浮気見張り用の。
今となっては、ただのゴミだ。

「別にいいよ。それ、サクラがもらってきたやつだし、サクラは割ってもしょうがないって言ってた」
「・・・・・・割ってもいいって、言ったの」
「割ってもいいっていうか、そのうち壊れるっていうか。何だよ?」
熱心に割れた人形を見つめるナルトに、俺は首を傾げる。
「この置物、中は空洞なんだ。どこかに穴があったんだと思うけど、こんなの入ってた」
ナルトは自分の目の前に一枚の紙切れを突きつけた。
それは紛れもなくサクラの筆跡で、俺の目は釘付けになる。

 

 

今度は遅刻してもいいわよ。
あと100年くらい。

ちゃんと待ってるから。

 

 

「遺言だねぇ」
ナルトが泣き笑いの顔でこっちを見ている。
用具入れに入っていた縄に切れ目を入れたのは、サクラだったのかもしれない。
あの子は、本当に聡い子だった。
俺の行動を見抜くなんて、わけないはずだ。

「参った・・・・」
額に手を当てた俺は、ナルトと同じように笑った。
不思議なことに、頭から死という言葉が消えている。
俺に憑いていた死神を、サクラは連れて行ってしまったようだ。

生きていても、死んでいても、俺はサクラには逆らえない。
さすがに100年も待たせることはないだろうけど。


あとがき??
死にネタは何度か書きましたが、今まででベストは『メッセージ』でした。
何となくね。


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