パパバカ


ぎゃあぎゃあと泣く赤ん坊の声と、それをあやす父親。
ここはいつから託児所になったのだろうと誰もが思う。
だが、相手は彼らの上司である上忍だ。
真っ当に不平不満を言えるはずがない。

「あー、悪いねぇ、騒がしくて」
「・・・いえ」
カカシの部下である中忍の一人は、俯きながら答える。
幸いこの日は大きな事件はなく、カカシが所属する部隊は全員室内での書類整理に追われていた。
だが、机に向かって筆を持つと、赤子がぐずりだすのだ。
これでは仕事に集中しようがない。

「実家のお母さんが風邪で寝込んでいるとかで、サクラがそっちに行っちゃってるんだよ。その間、小桜を一人にするわけにいかないし」
「・・・大変ですね」
「うん。本当は仕事なんて休んで小桜の面倒を見たかったけれど、有給全部使っちゃったしね」
カカシは紐でくくりつけて抱える小桜を見ながら説明する。
その崩れきった笑顔を見れば、彼が娘をどれだけ大事にしているのかよく分かった。

 

「可愛いお嬢さんですね」
カカシの背後にいたくの一が、小桜の顔を間近に見つめながら言う。
明るい桃色の髪に、ぱっちりとした緑の瞳。
カカシには全く似ておらず、誰が見ても「愛らしい」という印象を抱くことだろう。
「将来、美人になりますよ」
柔らな頬を指で触りながら呟いたくの一に、カカシは満面の笑みで頷く。

「実は最近悩んでいるんだけどさ」
「何ですか?」
「呼び方は「パパ」かな、それとも「お父さん」?「お父様」もいいかと思うけど、「父上」はちょっと堅苦しいよね」
「はぁ・・・でも、ちゃんと喋れるようになるのはもっと先ですよ」
「いいじゃないか、今から想像しても。うーん・・・、やっぱり「パパ」かな。「パパ、大好きv」とか言われちゃうんだよ、あーー、困ったなぁ。俺にはサクラがいるのにー」
エヘヘッと笑い妄想を続けるカカシを、もはや誰も相手にしない。
真面目に仕事を続けながら、平和なのは良いことだと思う部下一同だった。

 

 

 

「でもさ、本当に可愛いよね」
「赤ん坊はみんな可愛いものだよ」
高く抱え上げると、小桜は嬉しそうに笑い声を立てる。
カカシがミルクを作るまで、小桜の世話を任された中忍二人は顔を綻ばせて小桜を見つめていた。
泣き続けているときは厄介な存在だと思われた赤ん坊だが、こうして笑っていると本当に天使のようだ。
すっかり小桜に心を奪われていた中忍は、資料が山と積まれた机を見るなり、はたと気付く。

「そういえば、お前、さっき持ってきた書類間違えていたぞ」
「え、嘘!?」
「火影様に直に届けるものだからな。昇進試験が近いってのにまずいんじゃないか」
「ちょっと待ってくれよ。どこだよ、どこ?」
慌てた中忍は、小桜をちょこんと椅子に座らせると書類の訂正箇所へと目を走らせる。
そのまま討論を続ける彼らの頭から、小桜のことはすっかり消え去っていた。
元々が仕事をする場所なのだから、それも当然のことだ。
椅子の上のクッションごと床に落ちた小桜が、這いながら部屋の外に出たことにも、彼らは全く気付いていなかった。

 

 

「あー、疲れたーー」
報告書を受付に提出し終え、伸びをしたナルトは大口を開けて欠伸をした。
朝早くからの任務で体は疲れ切っている。
だから、最初に廊下を横切ったピンクの物体を見たときは、自分は寝ぼけているのかと思った。
「・・・・小桜ちゃんに似ていたような」
だが、忍びの集まるこの建物に、赤ん坊がいるはずがない。

「幻覚を見るほど疲れているのかなぁ」
目を擦りながら歩くナルトは、廊下の角を曲がり小桜が這っていったあとを追う。
確かに、そこに赤ん坊はいた。
疲れたのか、尻を床につけて座る小桜はきょろきょろと周りを見回している。
「こ、こ、小桜ちゃん!!本物?」
慌てて駆け寄ったナルトを見上げると、小桜はすぐに笑みを浮かべて手を伸ばしてきた。

「何でこんなところにいるの、サクラちゃんは?」
訊ねたところで、答えが返ってくるはずがない。
ナルトに抱かれた小桜は安心しきった表情で彼の服を握り締めている。
理由は分からないが、小桜が怪我をする前に自分が見付けて良かったとナルトは胸をなで下ろす。
職業柄、そこかしこに危険な武器や薬品を置く部屋があり、子供の散歩にこの建物ほど不適切な場所はなかった。

 

 

 

 

「私の留守中、自分がしっかり面倒を見るなんて言っておいて。先生は何をしてるのかしらね!」
「まぁまぁ」
小桜をベビーベッドに寝かしつけたあと、怒りをあらわにするサクラをナルトは何とかなだめる。
だが、サクラが激昂するのも仕方がないことだった。
ナルトが早々に発見しなければ、小桜は階段から落ちるなりして怪我をしていたはずだ。
小桜を無事家まで送り届けたナルトに、サクラはいくら礼を言っても足りない気持ちだった。

「一応、カカシ先生が勤務している場所も覗いたんだけど、誰もいなかったんだよね。忙しいのかもよ」
「だからって、我が子を見捨てて仕事に熱中するなんて許せないわ。もう口きいてあげないんだから」
怒りの冷めやらぬサクラは拳を握り締めて声高に主張する。
その頃、話題の中心人物であるカカシは、幽鬼のような顔で仕事場を彷徨っていた。

 

「・・・・もう、駄目だ」
「そんなこと言わないでくださいよ!絶対、どこかに隠れていますって」
「小桜は赤ん坊だぞ。そう長いこと周りをうろついたり出来るはずがない。あんなに、あんなに可愛いんだから、誰かが攫っていったのかもしれないし」
青ざめた表情で言うカカシは、両手で顔を覆ってシクシクと泣き始めた。
「俺の小桜が・・・ああ、サクラに何て言えばいいんだ」
「ちょっとカカシさん、上忍なんだからもっとしゃんとしていてくださいよー。部署の仲間が総出で探しているんですから絶対に見つかります」
「五月蠅いよ」
慰めるように肩に置かれた手を振り払うと、カカシは最後に小桜が目撃された椅子に座り込む。

「あいつらは?」
思えば、先程から小桜の世話を頼んだ中忍二人を見かけない。
「里から出る準備でもしてるんじゃないですか。カカシさん、「小桜に何かあったら、殺す」って脅していたでしょう」
「当然だろー。ありとあらゆる拷問をして生き地獄を味あわせるよ。もちろん、死んだ後も地獄まで追いかけていってやる」
「・・・・」
当たり前のように言うカカシの目は真剣だ。
サクラから電話で連絡がくるまでの間、一番不安な思いをしたのはカカシ以上に、中忍の二人かもしれなかった。


あとがき??
赤ん坊な小桜ちゃん、見てみたいなぁ・・・。


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