パパバカ 2


「お帰りなさい」
「ただいまー」
仕事から帰ったカカシは、鍵をかけると振り向いてサクラの額にキスをした。
毎日、出かけるときと帰宅したときの習慣だ。
サクラもいつも通り笑顔で受け入れるが、カカシが動いた瞬間、その表情は僅かに陰る。
「サクラ?」
急に抱きついてきたサクラに、カカシは怪訝な表情になった。
妙な違和感の原因は、カカシの服に残っている香水の匂い。
それはサクラ嗅いだことのない香りで、家の中で付いたものではない。

「・・・先生、残業で帰りが遅くなったのよね」
「そうだよ」
顔色一つ変えずに答えると、カカシはサクラに満面の笑みを向ける。
「サクラ、どこか具合が悪いところとかない?風邪とかひいたら大変だよ」
「・・・・平気」
腹部に手を置いたサクラは俯きながら答える。
二人の第一子が生まれるのは来年の春、まだ半年以上先の話だ。
カカシが靴を脱いで家にあがったあとも、サクラは落ち着かない気持ちで彼の横顔を見つめていた。

 

 

 

 

「それで、毎晩のように帰りが遅いんだ」
「・・・そう」
「そのたびに、女物の香水の匂いがしてるんだ」
「・・・・そう」
「それは、危ない兆候ねー。妻の妊娠中って旦那が一番浮気する時期らしいわよ」
「・・・・・」
遠慮のないいのの言葉に、サクラはひたすら頭を垂れている。
家の中にいても、嫌な想像ばかりが膨らみ気分は滅入るばかりだ。
今日は久しぶりにいのと外出したのだが、話題がカカシのことになると、サクラが思っていた通りのことを指摘されてしまった。
これでは気晴らしの意味がない。

「・・・・それで、何で観る映画がこれなのよ」
「今、大ヒット上映中なのよ。まさかそんな事情があるなんて知らないし、チケット買っちゃったから」
サクラは映画が始まる前の劇場内で、一番憂鬱な顔をした客だった。
『姉さん不倫です 〜身重の妻を捨てた夫〜』。
サブタイトルも含め、サクラにとってまさにタイムリーな演目だ。
主演俳優がお気に入りな役者なだけあり、いのは楽しんでいるようだが、サクラはそれどころではなかった。
妻が妊娠中、近所に住む美人の人妻と浮気をする夫が、物語とはいえ許せない。
しかも、夫はその女性と会う時間、妻には仕事と偽っているのだ。
到底最後まで観ることが出来ず、濡れ場の真っ最中のシーンでサクラは劇場を飛び出してしまった。

 

 

タイミングが悪いとは、こういうことだろうかと、サクラは思う。
途中で退席したおかげで出くわすことになった。
映画館の前の通りを仲良く歩く、カカシと美人の人妻に。
気のせいかもしれないが、彼女の顔は映画の主演女優とよく似ている気がした。
つまり、体に凹凸の少ないサクラとは正反対の、とんでもなく色気のある美女だ。

「さ、サクラ!!?」
自分達を凝視する存在に気付いたカカシは、振り向くなり目を見開いて驚く。
明らかに動揺しているその姿が、またサクラの疑惑を深めていった。
サクラのあとを追いかけてきたいのは、その場の微妙な雰囲気を気遣い、さり気なくカカシに話しかける。
「カカシ先生、お久しぶり。今、丁度サクラと映画を観た帰りなんですー」
「そう、いつもサクラと仲良くしてくれて有難うね」
落ち着きを取り戻して笑顔になったカカシは、傍らの女性に対してサクラ達の紹介を始めた。
「俺の女房のサクラ、こっちが友達のいのちゃん」
「まぁ・・・・本当に可愛らしい人ね」

サクラを見つめたその女性は、口元を綻ばせてくすりと笑った。
その意味ありげな笑いが、サクラにはどうにも引っかかってしまう。
薬指の指輪を見れば彼女が結婚していると分かるが、同じ人妻でもまだ十代のサクラとその女性とでは醸し出す空気がまるで違った。
子供っぽいと笑われたようで、サクラは顔をあげることが出来ない。
端から見て、サクラよりも歳の近い彼女の方がカカシの妻に相応しい女性に思えてしまう。

 

「こんなに素敵な旦那様がいて、奥さんはとても幸せですね」
「・・・え?」
思いがけず優しい声音を耳にして、サクラははっとなる。
見ると、サクラの思いとは裏腹に、その女性は穏やかな笑みを浮かべていた。
そこに嫉妬の陰は微塵もない。
「あー、もうばれちゃったから仕方ないけど、この人は手芸教室の先生なんだ」
「えっ、しゅ、手芸!?」
「そう、手芸」
驚くサクラといのは、互いの顔を見合わせた。
上忍のカカシと手芸。
あまりに接点がなさすぎる。

「近くの公民館で、最近「赤ん坊の洋服を作る会」の生徒を募集したんです。カカシさんはその唯一の男性の生徒さんなんですよ」
「そういうこと。毎日遅かったのは、実は公民館へ寄っていたからなんだ」
「は、はぁ・・・・赤ん坊って」
「うちの子に決まってるじゃないの」
当然のように言うカカシに、サクラはぽかんと口を開ける。

 

「先生、サクラの子が生まれるのって、まだずっと先だし・・・・男の子か女の子かも分からないわよ」
「大丈夫、黄色とかオレンジの生地を使うから、どっちでも大丈夫だよ。生まれる前に十着は作ろうかと思って」
いのが呆然とするサクラの代わりに訊ねると、カカシは胸を張って答えた。
しかし、世間一般で考えて、そのような教室に参加するのは母親だけだろう。
だが、臆面もなくそうした教室に通っているところが、カカシらしい気もする。

「何で・・・仕事だなんて嘘ついていたのよ」
「サクラを驚かせようと思ったんだ。これから教室に行くんだけれど、ほら、だいぶ出来てきたでしょう」
まだ袖が一つしかついていない未完成のベビー服を鞄から出したカカシは、目の前のサクラを見るなりギョッとした。
サクラが、大粒の涙をハンカチで拭っている。
「え、な、何で、サクラ?」
「先生―」
カカシに抱きつくサクラはしゃくりをあげながら言葉を続ける。
「ご、ごめんなさいっ」

 

 

 

聞けば、手芸教室の美人先生とは、サクラと会う少し前に偶然道で一緒になっただけということだった。
カカシに負けず劣らず、自分の夫もいい男なのだと自慢する彼女は、幸せな家庭を持っているのだとよく分かる。
カカシを疑っていた自分が恥ずかしく、サクラは自宅へと向かう道すがら、まともに彼の顔を見ることが出来なかった。

「俺にはサクラだけだって。疑うなんて馬鹿だなぁ」
「ごめんなさい・・・」
まだ鼻を赤くしているサクラが歩きながら鼻水をかむと、カカシは苦笑してその肩を抱く。
「先生も是非にって言っていたし、次からはサクラも一緒に教室に行こうな。今日休んだ分も頑張らないと」
「うん」
「でもさ、本当にサクラが来てくれると有り難いよ。これで、あのおばあさんから逃げられるかも・・・」
伏し目がちに呟くカカシに、サクラは何のことかと首を傾げる。

「それがさ、ひ孫の服を作りに来てるおばあさんが死んだじーさんに似てるとかで、俺にくっついてくるんだよねぇ。悪い人じゃないんだけれど、厚化粧と香水の匂いが物凄くて。この前はおはぎを作って持ってきてくれたよ」
「へぇ・・・・」
曖昧に相槌を打ちながら、年輩の女性にくっつかれて困っているカカシを想像したサクラは、思わずふき出してしまった。
ベビー服を手作りし、お年寄りに好かれる上忍など、この世界にカカシだけかもしれない。

「どうかした?」
「うん」
カカシを見上げたサクラはにっこりと笑う。
「こんなに素敵な旦那様がいて、幸せだと思って」


あとがき??
先生の浮気って、このシリーズだとあり得ないですねぇ。
前にも同じようなネタで書きましたが、それ以上にサクラちゃんが動揺しているのは、まだ子供が生まれる前で若かったからですね。
っていうか、いのちゃん、あれは妊婦に見せる映画じゃないって。(^_^;)胎教にどう影響するのか。
元ネタは加藤四季先生の『お嬢様と私』でした。


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