ぽっかぽか 3


雇い主に忠実に従い、ただ任務を全うすること。

いかなる理由があれ、忍びの第一条件だ。
ただ城の警備のみを任された者が禁じられた場所に足を踏み入れ、あまつさえ内部の人間の拉致を考えるとは、掟に十分すぎるほど違反している。
だが、事情を知ったからには、見過ごせるはずがない。
昔の規則に縛られる生き方をしていた頃ならば、目を瞑っていただろう。
しかし、オビトの教訓があったこと以上に、同じ年頃の息子を持つ親として、放っておくことはどうしても出来なかったのだ。
彼に罪はない。
一人の人物の醜悪な嫉妬のために、命を落とす者がいていいはずがなかった。

 

 

 

「ねぇ、正直な気持ち、聞かせてよ。こんなところに居たくないでしょう?」
カカシの再三の問い掛けに、少年は黙って首を振っている。
閉め切ったことでカビ臭く、日中であれ満足な光も差し込まない、牢獄。
逃げ出せないよう、足首には念入りに鎖が巻かれていた。
与えられる日に二回の食事は野菜がいくらか浮いたスープだけだ。
早く死ぬことを望まれている境遇としか思えない。
それなのに、カカシが鉄格子の向こう側からいくら呼び掛けても、少年はけして首を縦に振らないのだ。
幼いながらに、自分が逃げ出せば、母にその責めがいくことを承知している。
その姿がより一層、不憫なものにさせた。

「お母さんね、君が暮らしていたときの家にはいなかったよ」
部屋の隅に寄り、怯えたようにカカシを見ていた少年は初めて反応を示す。
時間がなかった。
逃走経路を確保するための数日のカカシの行動は、不審に思われているはずだ。
だが、無理矢理彼をここから出したところで、意味はない。
この状況を打破する意思を彼自身が持たなければ、里まで逃げ延びることは不可能だ。
説得は慎重に行わなければならなかった。

 

「君のことがどこかから漏れないよう、隠されたみたいだ。でも、絶対俺が探し出してみせる」
「・・・・」
「お母さんに、会いたいだろ」
おずおずと近寄ってきた少年に、カカシはやんわりと言う。
まだ、甘えたいさかりだ。
彼だけでなく、母親の方も彼の身を案じているに違いない。
懐かしい母の記憶が脳裏をかすめ、はらはらと涙を流した少年に、カカシはなおも語りかける。

「うちの里のボスね、おっかないけど、いい人なんだ。事情を知ればきっと協力してくれる。悪いようにはしないよ」
「・・・・る、から」
「え?」
ぼそぼそと喋る彼の声に耳を傾けると、幾分音量があがった。
「・・・・迷惑が、かかる、から・・・いなくなると」
自分を間近で見据える彼の悲しげな瞳に、カカシは胸がつぶれそうになる。
上手く感情を言葉に出来ないのは、それだけ長い間、人と会話をしていない証拠だ。
やせ細った体でそのような余裕はないというのに、彼は最後まで人を思いやっていた。
大人でもなかなか出来ないことだ。
彼をここまで育てた母親が、またそうした人物だったのだろう。

 

「俺ね、子供が二人いるんだよ。上が女の子で、下が君を同じくらいの男の子。二人とも、生意気なんことも言うけれど、可愛くて仕方がないんだ」
「・・・・」
「仕事であまりそばにいてあげられないけど、どこにいても、いつでも、家族のことを思い出す。君のお母さんも同じだよ。きっと君に会いたがっている」
話しながら、カカシの瞼に浮かんだのは、最愛の子供達とサクラのこと。
彼らの笑顔こそが生きる糧で、他に必要なものは何もない。
口から出る言葉は全て真実だった。

「君が不幸なら、君が大切に思っているお母さんはもっと不幸だ。だから、ここから出よう」
少年の真っ直ぐな眼差しを受け止め、カカシははっきりとした声音で言う。
差し出して手を握り返してきた少年に、カカシは思わず安堵の笑みを浮かべた。
母はすでに消されていることも考えられる。
それならば、里で小桜や快の兄弟として育てるだけだ。
生きていても死んでいても、子供がこの場所に留まることを、実の母親が望んでいるはずがなかった。


あとがき??
3は1より時間が遡っています。
気が向いたときに書いているもので、続きはまた数ヶ月後か?


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