ぽっかぽか 4


「菜の国の当主の御落胤!?詢が?」
「うん。カカシ先生が若君の詢を城から連れだしたせいで、先方は大激怒。城の警備をするはずの忍者が若君を誘拐したんじゃシャレにならないからねぇ」
喫茶店で小桜と向かい合わせに座るナルトは、彼女が食べかけているパフェの生クリームをすくい、スプーンを口に運ぶ。
もぐもぐと口を動かしているが、小桜はそれどころではない。
「でも、パパは隠し子だって認めたわよ」
「カカシ先生がどう言ったかは知らないけど、あの子は殿様の落とし胤に間違いないよ。まだ小さいうちに母の手から離れて城に呼ばれたんだ。菜の国で今度大きな祭りがあるからカカシ先生はその警備の指揮を任されていたんだけれど、この騒動。綱手のばーちゃんも面目丸つぶれでカカシ先生に自宅謹慎を申しつけたってわけ」

「・・・・・」
「どうかした?」
「・・・だって、変よ。あの子がお城の若君だなんて。そんなこと、あるはずない」
唇を噛む小桜は膝の上の掌を握り締める。
深刻な表情で考え込む小桜に、ナルトは首を傾げた。
「小桜ちゃん、何か知ってるの」
「・・・・パパはずっと家を留守にしているし。ママは何か聞いているかもしれないけど」

 

サクラに頼まれ、小桜が快や詢と一緒に風呂に入ったときのことだ。
詢の体のそこかしこにある痣に、小桜は仰天した。
青黒く染みになった痣は、一度や二度のことではなく、長い間暴行されたのだと分かる。
そして、サクラや快が親身に詢の世話をするのは、このことが原因なのかと思い至った。
思えば、最初に彼が家に来たとき、カカシが与えたとおぼしき上着以外は、冬だというのに薄い着物を一つ纏っただけ。
それも一目で古着と分かる粗末なものだった。
本当に若君ならば、何不自由ない贅沢な生活をしていたはずだ。
異様に細い手足、そして何の料理を食べても「美味しい」という彼の姿に、てっきり貧しい家の出なのだと小桜は思っていた。

「当主様がお忍びで外に出かけたときに、手を付けた町娘の子だからね。お城では相当ひどい扱いを受けていたって話だよ」
「えっ?」
「詢様を引き取りたいって言ったのは、当主様の正妻なんだ。自分が生んだのは女の子一人だけ、家臣達は詢様を跡目として育てるのかと思ったんだけれど、それが大間違い。当主様にぶつけられない強い嫉妬を、小さい詢様にぶつけるために城に引き入れたんだって」
「・・・それじゃあ」
「詢様は生まれてからずっと牢に入れられて育ったから、人間らしい生活はしていない。当主様も身分の高い公家出の奥さんには頭が上がらない状況らしいよ」
「・・・・」
「そうした事情があるからさ、綱手のばーちゃんも若君を城から連れだしたカカシ先生を自宅謹慎だけで許したんだ。理由もなしに任務放棄したら処刑されてもおかしくないし、先生もその覚悟があったから動いたんだと思うけれど」

 

全ての事情を聞き終えた小桜は、沈痛な面持ちで声を絞り出す。
「何だか、・・・・信じられない。お金持ちの若君なのに、あんな子がいるなんて」
「そうだね。だから、小桜ちゃんは恵まれているんだよ」
ナルトは泣きそうな顔をしている小桜の頭を優しく叩く。
「俺は両親がいないし、サスケもそうだ。アカデミーにいた頃も、両親がそろっている家の方が少なかった。でも、小桜ちゃんには優しいパパとママがいて、弟の快もいる。今の境遇に感謝しなきゃ」
「・・・・」
「パパと仲良くね」
「・・・うん」
近頃の父親に対する自分の冷たい態度を思い出し、俯いた小桜にナルトはにっこりと笑いかける。
「カカシ先生は俺の自慢の先生だよ。どんな主でも黙って仕えるのが忍びの掟だけれど、先生は掟よりも大事なものがあるのをちゃんと分かっているんだ」

 

 

 

詢がはたけ家に連れられて来て、数日経ったある日のことだった。
帰宅したカカシが伴っていたのは、長い黒髪を後ろに縛った若い女性。
その面立ちから、詢と関わりがあることは一目で分かった。

「菜の国を駆けずり回ってようやく見付けた。詢の母親だよ」
涙を流して詢を抱きしめる母親を見つめながら、カカシは小声でサクラに伝える。
「お城で幸せに暮らしているとずっと思っていたらしい。だから、今の詢の状態を知ったら、すぐにここまで駆けつけてくれたんだ」
「・・・そう」
「証拠はあるし、説得に折れて証言してくれる人も出てきたからね。この子の虐待の事実を近隣諸国にばらまくって言ったら、向こうの奥方も口をつぐんでくれたよ。当主様が亡くなられたとき、詢が遺産を放棄するって約束すれば、母親のところに戻っていいって」

離ればなれだった母子の涙の再会に、サクラと小桜は思わずもらい泣きをしていた。
そして、何度もカカシに頭を下げながら国元に帰っていく彼らの後ろ姿を、はたけ家の面々は揃って見送る。
勝手な行動を取ったことで自宅謹慎は2ヶ月に延び、減給まで言い渡されてしまったが、カカシが気にしている様子は全くなかった。

 

 

「何、小桜?」
家に戻るなり、にこにこと笑顔で近づいてきた小桜に、カカシは喜ぶより訝りながら訊ねる。
「肩、もんであげる」
「・・・どういう風の吹き回しだ」
「いいじゃない、たまには」
椅子に座るカカシの背後に回った小桜は、その肩を力強く揉み始めた。
「お疲れ様でした」

ひたすら気味悪がっているカカシを、ナルトとサクラは微笑んで見つめている。
いつでも暖かく、居心地の良い家。
そうした空気を作っているのが誰なのか、ようやく分かってきた小桜だった。


あとがき??
うちのカカシ先生には、いろいろと理想が詰まっているのです。


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