小桜のママ
「小桜―、新しいゲームソフト買ったんだってな。今日、お前の家行ってもいいか?」
アカデミーの昼休み、小桜は同級生の男子に声をかけられる。
彼はスポーツ万能で性格も明るくクラスの中心的人物だ。
秀治郎の名前からヒデと呼ばれ、女子生徒からの人気も高かった。
断られることなど微塵も考えていない秀治郎だが、彼の顔をじっと見据えた小桜はきっぱりとした口調で言う。
「駄目」
「え、何で?」
「嫌な予感がするから」振り向きもせず行ってしまう小桜を、秀治郎は唖然と見送る。
廊下に佇む彼の肩を叩いたクラスメートは、一部始終を見ていたらしく、同じく怪訝な表情だった。
「あいつな、絶対家に友達を呼ばないんだぜ。変だよな」
「・・・そうなんだ」
「噂なんだけど、母ちゃんがすげー怖い顔しているから誰にも見せたくないんだって」彼のその言葉で、はたけ家に行く気は一気にそがれた。
だが、小桜と親しい女子の中には彼女の家に行ったことがある者もおり、全く正反対のことを言い出す。
「小桜のママ、可愛い感じの人よ。小桜にそっくりで」
「ねー。手作りのお菓子も美味しかったし、また行きたいわ」
彼女達は朗らかに笑い、嘘を言っているようにも見えない。首を傾げる秀治郎は、新作のゲームソフトよりも、小桜の母親に興味が沸いてくる。
本当に怖い顔なのか、違うのなら何故小桜が家に人を呼ばないのか、気になりだしたら止まらない。
全ては実際に目で見て確かめれば解決することだった。
「もー、本当に1時間だけだからね。ゲームで遊んだらすぐ帰るのよ」
「うん、分かったよ」
渋る小桜の後を歩く秀治郎は笑顔で頷く。
小桜の家は閑静な住宅街に建つ一軒家だ。
父親が名の知れた上忍ということで、暮らしぶりはなかなか豊かなようだった。
門から玄関までは綺麗に掃き清められており、ガーデニングの花々もよく手入れをされている。
「私よ―、ただいま」
インターホンで声を伝え、小桜が取り付けられたカメラに向かって手を振るとすぐにも扉が開かれた。「おかえりなさいー。今日は早かったのね」
サンダルを履きながら現れたサクラは、小桜に向かって明るく微笑みかける。
甘い匂いがするのは小桜と快の下校時間に合わせて菓子を作っている最中だったからだ。
白いエプロンを付け、優しく笑うその姿は理想の母親そのものだった。「どうしたの、小桜。寒いから早く中に・・・」
小桜の肩に手を置き、サクラはようやく彼女の後ろに立つ秀治郎の存在に気付く。
「お友達?」
「うん・・・まぁ、一応」
それまで呆然と立ちつくしていた秀治郎は、ぼそぼそと喋る小桜の声を聞くなり我に返った。
「あ、あの、こんにちは」
「いらっしゃい。もうすぐケーキが焼けるから、早く入って」
にっこりと笑うサクラを見上げる秀治郎の顔は真っ赤だ。
嫌な予感が的中したことを悟る小桜だったが、全ては後の祭りだった。
「本当にお母さん?お姉さんじゃなくて」
「そうよ。まだ20代半ばだけど、あれでも二児の母親だから」
「信じられない・・・」
熱にうかされたように呟き、当初の目的だったゲームをすっかり忘れている秀治郎を横目に、小桜はため息を付く。
人当たりが良く、どんな話題でも丁寧に受け答えるサクラは誰に紹介しても気に入られる。
だからこそ問題なのだ。「遅くなってごめんねー。お茶、持ってきたわよ」
ノックの音と共に扉が開き、ケーキとティーカップの乗った盆を持つサクラが部屋に入ってくる。
思わず居住まいを正した秀治郎だったが、後ろを振り向いた小桜の顔からは一気に血の気が引いた。
「パ、パパ・・・・」
「えっ」
最初はサクラ一人かと思われたが、よく見ると扉の影から小桜の部屋の様子を窺う人物がいる。
どうも怪しい外見に見えるのは、顔の大半を隠すマスクと斜めに付けた額当てのせいだろうか。「ああ、先方の都合が悪いとかで、早く帰って来たのよ。小桜のお友達が来てるって言ったら、是非挨拶したいって」
にこにこと笑うサクラとは対称的に、小桜の気持ちはどんどん沈んでいく。
不思議に思う秀治郎だが、その意味はすぐに知ることが出来た。
「で、本当のところ、小桜とはどういう関係なのかな・・・」
カカシは笑顔で訊ねてきた。
だが、顔は笑っていても目には殺気が漲っている。
そもそも喉元にクナイを突きつけられてまともに喋れという方が無理なのだ。
こうなると、薄ら笑いを浮かべられている方が怖い。「ちょっとー、ヒデはただの同級生だって言ったでしょ。可哀相だからやめてよ」
怯えている秀治郎に代わり、小桜は必死に弁明する。
盆を持ったサクラがいなくなったとたん、こうした切羽詰まった状態となり、秀治郎の頭はまだ混乱していた。
「もー、パパがそんなだから、うちには男の子の友達が呼べないのよ!」
「何、他にもいるのか!?うちの可愛い小桜に近寄る輩が!!」吠えるカカシに、秀治郎は必死に悲鳴を堪えていた。
なるべく彼を刺激して欲しくないのだが、小桜はなおも続ける。
「その子は大丈夫よ。私より、ママの方に気があるみたいだから」
「・・・・・・・・なんだって」秀治郎にとっては、それが致命的となる一言だった。
「秀治郎の奴、どうしたんだ。あんなに面変わりして・・・」
翌日、アカデミーにやってきた秀治郎を一目見るなり、彼の友人達は囁き合う。
いつでも明るい笑顔を浮かべている秀治郎が、別人のようにやつれていた。
皆の疑問は、秀治郎が小桜の家に行ったという事実を知ることで、全て解消される。
「やっぱり、あそこの母ちゃんが怖いって、本当だったんだ」
「小桜は可愛いのにな・・・・」
よほどの恐怖体験をしなければ、一日であそこまで憔悴することはないだろう。こうして小桜につく悪い虫を次々排除していったカカシだが、一番の敵が家に出入り自由なナルトだということをまだ知らなかった。
あとがき??
大人気ない父ちゃんです・・・・。小桜10歳くらい。
しかし、大なり小なり、娘がボーイフレンドを連れてきたら、父は不安だったりするんですかね??はて。
この後、果敢にもはたけ家へと潜入した権兵衛くんの証言により、怖いのは母ではなく父だと発覚するらしいです。
秀治郎の名前は『新選組!』からですが、たぶん漢字違う。